↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
209/210

生き残ったので、働いてください

昨日、あれだけ生き残った人たちと再会したんだから、今日は少しくらい余韻に浸ってもいいと思う。

「三娘ォ、それは正常な期待だねェ」

孫二娘が頷く横で、玉楼が静かに首を振った。

「ですが、陛下は朝から人を集めておられます」

「……何のために?」

顧大嫂が肩をすくめる。

「決まってるだろ。仕事だよ」

「早くない!?」

「生き残ったんだから働けるだろ?」

「顧大嫂まで李俊側!?」

孫二娘が楽しそうに笑った。

「喪失から日常へ戻るには、役割を持つことも大事なんだよォ」

「心理学で強制就職を正当化しないで!」

玉楼が一礼する。

「三娘様も王妃としてお仕事がございます」

「アタシも!?」

こうして――感動の再会から、まだ一日。

生存者たちの再就職戦争が始まった……

翌朝、王宮へ向かう途中で、アタシは昨日の自分を殴りたくなった。

昨日、港であれだけの人数を見て、もう驚くことはないと思っていたのだ。

阮小七の船から次々に人が降りてきて、途中から数えるのを諦めた。

それでも一晩眠れば、さすがに全員の顔くらいは把握できる。

そう思っていた。

「昨日で全員だと思ってたんだけど!?」

広間の手前で声を上げると、隣の玉楼が何事もなかったように答えた。

「昨日からいらっしゃいました。三娘様がお気づきでなかっただけでございます」

「人数が多すぎたの!」

「途中から数えることを放棄しておられましたので」

「そこまで見てた!?」

「三娘様の副将でございますから」

便利な言葉だな、副将……

玉楼の向こうでは、孫二娘が口元を押さえて笑っていた。

今日も無駄に艶っぽい。

朝からその色気は何なんだ。

「三娘ォ、人間は情報量が処理能力を超えると、細部をまとめて認識するようになるんだよォ。アンタは途中から『人、人、人、なんか知ってる顔』くらいになってたねェ」

「心理学で昨日のアタシを雑に説明しないで!」

「雑だったのはアンタの認識だよォ」

反論できない……

広間へ入ると、見慣れない女が一人、その傍らに少年が三人いた。

「秦明の妻、花宝燕殿だ。花栄殿の妹でもある」

李俊が先に教えてくれた。

秦明――

その名を聞いただけで、胸の奥に昔の景色が浮かびそうになる。

けれど、今日は感傷に立ち止まっている日じゃない。

花宝燕は静かに礼をした。

「王妃陛下、お目にかかれて光栄にございます」

「そんなに固くしなくていいわよ。アタシも、まだその呼ばれ方に慣れてないし」

「三娘様」

「玉楼、そこで注意しないで」

花宝燕の横にいた少年が、少し緊張しながら前へ出た。

「花逢春と申します」

花栄の息子。

そう思って顔を見ると、どこか面影があるような気もした。

でも、それを口にするのはやめた。

父親に似ていると言われることが、いつだって嬉しいとは限らない。

その隣にいたのが徐寧の息子・徐晟、さらに呼延灼の息子・呼延鈺だった。

三人ともまだ少年で、大人の武将たちと並べば身体つきも細い。

それでも姿勢はしっかりしていて、周りにいる連中が連中だけに、本人たちも気を抜けないらしい。

アタシは三人を見比べてから、李俊へ顔を向けた。

「この子たちも働かせる気?」

「学ばせる」

「似たようなものじゃない?」

「違う。まだ兵を預ける年じゃない」

その答えに、少し安心した。

「当面は大人について仕事を覚えろ。武だけでは国は動かん」

三人が揃って頭を下げた。

花栄、徐寧、呼延灼の子供たちが、今ここにいる。

昨日は生き残った人を数えた。

今日は、その先を見る日なのかもしれない。

……なんて、少し良いことを考えたところで、李俊が卓上の紙を持ち上げた。

「では、人事を決める」

早っ……

「余韻!」

「昨日やった」

「一日で使い切るものなの!?」

「食事も寝床も用意した。休ませた。次は働いてもらう」

広間の空気が一瞬だけ止まった。

生存者の感動的な再会、その翌朝に再就職説明会が始まった。

孫立には軍の編成と訓練、黄信にも軍務が任され、朱仝は兵の統率と治安を兼ねることになった。

「孫立殿と黄信殿は、兵の訓練にも入ってもらう」

孫立はすぐに頷いた。

「承知した」

黄信も穏やかに礼をする。

「働ける場所があるだけ、ありがたいことです」

その直後、顧大嫂が孫立の背中を叩いた。

「だったらしっかり働きな! また突っ立ってたら、今度は兵隊全部持たせるよ!」

「お前は俺の上官か!」

「身内だよ!」

相変わらず強い……

身内という立場が何より強い。

阮小七は水軍へ入り、童威と童猛もそこへ並ぶ。

童威の名が呼ばれた時、玉楼はアタシの隣から動かなかった。

李俊も、それを当然として話を進める。

「童威は水軍。玉楼はこれまで通り王妃付きだ。必要な時は水軍側の調整にも入れ」

「承知いたしました」

「……新婚なのに、いいの?」

「何がでございますか?」

「童威のところに、もっと行かなくて」

「夫婦になったことと、三娘様の副将であることは別でございます」

「その言い方、アタシが仕事みたいじゃない?」

「仕事でもございます」

「否定して!」

少し離れたところで童威が笑った。

「三娘様、玉楼はそのままでいい。無理にこっちへ寄越される方が困る」

「童威まで!?」

「王妃陛下を放っておく方が心配だ」

「なんで結婚した途端に夫婦そろってアタシを管理対象にするの!?」

「三娘ォ、共同養育みたいになってきたねェ」

「アタシは子供じゃない!」

さらに顧大嫂まで口を挟んだ。

「王宮の内向きはアタシも見るからね。逃げるなら先に言っときな」

「逃げる前提!?」

「三娘様は、逃走経路を先に確認される癖がございます」

「玉楼!?」

李俊がこめかみを押さえた。

「三娘」

「何?」

「仕事の話を続けていいか?」

「アタシのせい!?」

「半分は」

「残り半分は!?」

李俊は孫二娘を見た。

「アタイかい?」

「自覚あるんじゃん!」

広間に笑いが広がった。

梁山泊にいた頃なら、人事の場でこんな空気になっただろうか。

あの頃は戦の都合が先に立ち、誰がどこへ行くかも生き残るために決まっていた。

今は違う。

ここでは、戦場の外でも生きていける。

凌振には火器を任せ、安道全は医療、皇甫端は馬の管理へ回された。

蔣敬には財政、裴宣には法と裁定が任され、蕭譲と金大堅も、それぞれ文書と印璽・工芸という得意分野に落ち着いていく。

名前が呼ばれるたびに仕事が決まり、戦場以外にも必要な役目がいくらでもあることが分かってくる。

そうやって一人ずつ居場所ができていくのを見ていると、妙に胸が落ち着いた。

柴進の横には潘巧雲がいた。

「柴進殿には対外の折衝と人の取りまとめも頼む。潘巧雲殿は、その補佐を」

「はぁい、お任せください」

声だけなら普通なのに、なぜか周囲の男が二人ほど姿勢を正した。

相変わらずだ。

さすがフェロモンの悪魔――

「巧雲」

「なぁに、三娘ちゃん?」

「仕事するだけだよね?」

「もちろんよ。仕事以外に何するの?」

「その顔で言われると不安なの!」

柴進が遠い目をした。

「もう慣れた」

強くなったわね……柴進。

李応には交易や物資の管理が与えられ、その横で白秀英が髪を払う。

「りょーかい。帳面とか仕入れとか、そのへんウチも見るし。旦那一人に全部やらせたら、絶対抱え込むっしょ」

「お前は言い方を少し改めろ」

「内容合ってるじゃん」

「合っているのが腹立たしい」

朱仝の隣では、李瑞蘭が一歩出た。

「補佐します。ただし報告を怠った場合は怒ります。確認を省いても怒ります。勝手な現場判断を美談にしても怒ります」

「まだ何もしてないぞ!?」

「する前に言っているんです!」

「分かった分かった。ちゃんと報告する」

「『ちゃんと』では分かりません。いつ、誰に、何を報告するのか決めてください!」

「そこまで細かくするのか」

「当然です!」

朱仝は苦笑したが、反論はしなかった。

「分かった。そこも決めよう」

「最初からそうしてください!」

「はいはい」

かなり慣れてる……

燕青の横では、玉蘭がすでに紙を三枚ほど持っていた。

「燕青さんの担当範囲については、関係者を整理して窓口を一本化します。話が人づてになると事故が起きますので、依頼経路と決裁者を先に決めましょう」

李俊が一瞬だけ黙った。

「……もう始めているのか?」

「昨日のうちに必要だと思いましたので」

「助かる」

「ですよね」

管理職だ……

国が一つ、すごい勢いで会社みたいになっていく。

やがて、最初にいた三人の少年へ李俊の視線が戻った。

「花逢春、徐晟、呼延鈺」

「はい」

三人の声が重なる。

「今は役職を与えん。軍務、政務、水軍、好きなものだけを見るな。国がどう動くか、一通り見ろ。そのうえで、自分が何を担えるか考えろ」

花逢春が少しだけ顔を上げた。

「父のような武将を目指すだけでは、駄目でしょうか?」

「駄目ではない。ただ、父と同じになる必要もない」

静かな言葉だった。

花宝燕の表情が、ほんの少しだけ緩む。

アタシは三人へ目を向け、昨日とは違う意味で数えていた。

誰の子なのか、誰から何を受け継いだのか。

けれど、この子たちは、この子たち自身の人生をこれから作っていけばいい。

アタシだって、そうしたかった。

決められた相手に嫁いで、決められた筋書き通りに死ぬんじゃなく、自分で選びたかった。

逃げて、戦って、散々遠回りして、最後には李俊を選んだ。

だから、次の世代まで親の人生を背負わせる気はない。

「三娘」

気づくと、李俊がこっちを見ていた。

「何?」

「さっきから俺の顔を見ている」

「見てない!」

「見てたよォ」

「見ておられました」

「見てたね」

孫二娘、玉楼、顧大嫂。

三方向から刺された。

「なんで全員アタシの観察精度だけ高いの!?」

李俊が少し笑う。

「王妃らしくなったと思っただけだ」

「今の流れで!?」

「人の行き先を気にしている」

「それは前からでしょ!」

「前は、自分が生き残るので精一杯だった」

返す言葉が止まった。

そういうことを、こいつは急に言う。

「三娘ォ、顔赤いよォ」

「うるさい!」

「夫婦間の肯定的フィードバックは関係満足度を――」

「分析するな!」

玉楼が静かに李俊へ礼をした。

「陛下、今後とも三娘様をよろしくお願いいたします」

「玉楼!? 何で保護者側なの!?」

「長くお仕えしておりますので」

「一つしか違わないでしょうが!」

人事はその後も続いた。

役目を聞いて文句をつける者がいれば、隣で笑う者もいる。

「それならできる」と、ほっとした顔で頷いた者もいた。

生き残ったから終わりじゃない。

飯を食べて、眠って、働く。

時には誰かと喧嘩して、それでも好きな相手と一緒になり、子供が育って、自分たちは年を取っていく。

そういう当たり前を続けるために、この国がある。

梁山泊の続きを作るためでも、死んだ人たちの代わりになるためでもない。

ここにいる人間が、ここから先を生きるためだ。

李俊が最後の紙を卓上へ置いた。

「以上だ。細かな調整は各担当で詰めろ。足りないものがあれば申し出ろ」

すると玉蘭がすぐに手を挙げた。

「では、担当者一覧と連絡経路を文書化します。口頭だけですと三日後には『聞いていない』が発生しますので」

「頼む」

「会議の頻度を減らすために定例報告の形式も決めます」

「……頼む」

李俊の声が少しだけ弱くなった。

怖い……

国王より管理職が強い瞬間を見た。

「ねえ李俊」

「何だ?」

「この国、滅びない気がしてきた」

「理由は?」

アタシは玉蘭を見た。

「会議が減りそうだから」

李俊は少し黙ってから、真顔で頷いた。

「それは大事だ」

そこ!?

こうして、梁山泊を生き残った人たちの新しい仕事が決まった。

昨日まで流れ着いた者だった人たちが、今日からこの国の人間になる。

そして、花栄、徐寧、呼延灼の子供たちも、その輪の中へ入った。

この時のアタシは、まだ知らない。

今日、広間の隅で緊張していた少年たちが、やがてこの国の次の世代を支えることになるなんて。

まして、そのうちの一人を前にして、いつかアタシ自身が――

花嫁の母親として、泣くことになるなんて……

三娘様は、本日も大変お元気でございました。

「その言い方やめて! 絶対ろくな意味じゃない!」

「事実でございます」

孫二娘様が笑いながら、三娘様の肩へ腕を回します。

「三娘ォ、王妃になっても反応が全然変わらないねェ」

「変わったわよ!」

「どこがだい?」

顧大嫂様まで加わりました。

「逃げ道が減った」

「そこ!?」

確かに以前より、三娘様を見ている者は増えております。

陛下がおられ、孫二娘様がおられ、顧大嫂様も戻られました。

「玉楼まで数えなさいよ!」

「私は最初からおりますので」

「それが一番怖い!」

孫二娘様が楽しそうに頷きます。

「社会的支援は多いほどいいんだよォ」

「監視を支援って呼ぶな!」

……ですが。

三娘様には、まだご自身でも知らない役目が残っているようでございます。

次は――母親として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。