生き残った人たち
「小七の船、戻ってきたって」
「ようやくでございますね」
「三娘ォ、問題はそこじゃないよォ」
「何?」
孫二娘が港の方を指した。
「使いの人、『かなり大勢乗ってる』って言ってたよォ」
「かなりって何人!?」
玉楼が少し考える。
「数えるのを諦めたそうでございます」
「何で玉楼まで情報持ってるの!?」
「王妃陛下がお聞きになっておられなかっただけでございます」
「アタシだけ知らないの!?」
孫二娘が笑った。
「三娘ォ、最近それ多いねェ」
「やめて!」
――そして港へ着いたアタシは、本当に数えるのを諦めることになった。
結婚式から三日後、港から使いが飛んできた。
阮小七の船が戻ったらしい。
そこまではいい。
問題は、使いの男が最後に付け足した一言だった。
「……かなり大勢、乗っております」
「かなりって何人?」
「数えるのを途中で諦めました」
嫌な予感しかしない。
李俊と玉楼、それに孫二娘まで連れて港へ出ると、沖から近づいてくる船の甲板には、遠目でも分かるくらい人影が詰まっていた。
「小七、何人拾ってきたの?」
「三娘ォ、あれはもう拾ったって人数じゃないねェ」
「避難船になってるじゃん!」
玉楼が目を細める。
「ですが、見覚えのある方が多うございます」
「やっぱり?」
船が岸へ寄せられ、渡し板が下ろされた。
最初に聞こえてきたのは、懐かしい声だった。
「三娘! 何だいその腹は! 二人目だって!?」
「会って最初にそこ!?」
顧大嫂だった。
その姿を見た瞬間、生きてた、という安心が胸いっぱいに広がった。
その直後には、もうアタシの腹を見ながらずかずか近づいてくる。
「ちょっと見ない間に王妃になったと思ったら、今度は二人目かい!」
「まだそんなに出てないでしょ!」
「これから出るんだろ!」
「何で怒られてるの!?」
横から、孫二娘の笑い声がした。
「大嫂ォ、相変わらず声でかいねェ」
顧大嫂の足が止まる。
ゆっくり振り向いた。
「……孫二娘?」
「久しぶりだねェ」
二人とも少しだけ黙る。
さすがに、ここは感動的な再会になると思った。
「アンタ、まだそんな喋り方してんのかい!」
「そっちこそ相変わらずうるさいねェ!」
ならなかった……
「誰がうるさい!」
「船が着く前から聞こえてたよォ!」
「久しぶりに会った相手へ最初にそれかい!」
「アタイが言わなくても三娘が言うよォ」
「勝手に巻き込むな!」
玉楼は驚きもしなかった。
むしろ二人を眺めて、懐かしそうに微笑んでいる。
「お二人とも、以前とお変わりございませんね」
「玉楼、笑ってないで止めて!」
「三娘様、以前も止まりませんでしたので」
「諦め早くない!?」
顧大嫂が玉楼を見る。
「玉楼も元気そうじゃないか!」
「はい、顧大嫂様もお変わりなく」
「変わらないって言われると、何か褒められてない気がするね」
「気のせいでございます」
絶対気のせいじゃない。
そして顧大嫂は、再びアタシへ向き直った。
「ちゃんと食ってるのかい?」
「食べてる」
「無茶してないだろうね?」
返事が一瞬遅れた。
顧大嫂の眉が上がる。
孫二娘まで腕を組んだ。
「今の間は怪しいねェ。心理学的にも、質問された直後に――」
「再会して五分で取り調べ始めないで!」
そこで船の方から、疲れた声が飛んできた。
「大嫂、道を空けろ。後ろが降りられん」
孫立だった。
その隣には孫新もいる。
「孫立!」
「王妃陛下、ご無沙汰しております」
「アンタまでその呼び方するの?」
「今は王妃陛下ですからな」
玉楼も頭を下げる。
「孫立殿、お久しゅうございます」
「玉楼殿も元気そうで何よりだ」
そのすぐ後ろから、黄信が姿を現した。
孫立と黄信が並んで渡し板を下りてくる姿を見た瞬間、胸の奥に何かが引っかかった。
孫立と黄信、そしてアタシ。
昔は、この三人が同じ場所にいれば、その少し先には林冲がいた。
大声で命令する人じゃなかった。
必要なことだけ言って、自分が先に馬を進める。
アタシが無茶をしていれば見ていたし、戦が終われば、ちゃんと戻ってきた者を確かめていた。
だから一瞬だけ、二人の後ろを見た。
遅れて林冲が船から降りてくるような気がした。
いるはずがないことくらい、分かってる。
それでも、身体のどこかに残っていた昔の感覚だけが、勝手に探してしまった。
黄信がアタシの前まで来て、一礼する。
「王妃陛下、ご無事で何よりです」
「黄信まで!」
孫立が笑った。
その顔まで昔と変わらなくて、余計に胸が詰まる。
「……二人とも、生きてたんだね」
「ああ」
孫立が頷き、黄信も静かに笑った。
三人いる。
でも、本当ならもう一人いてほしかった。
黄信が少しだけ海へ顔を向ける。
「林冲殿にも、見せたかったですな」
孫立はしばらく黙ったあと、
「……ああ」
とだけ答えた。
それ以上、誰も続けなかった。
アタシも何か言ったら泣きそうだった。
林冲はいない。
何度も分かっていたはずなのに、同じ麾下で戦った顔が揃ったせいで、その空いている場所だけが急にはっきり見えた。
「孫立! いつまで突っ立ってるんだい! 荷物持ちな!」
顧大嫂の声が飛ぶ。
「お前は少し義兄を立てろ!」
「今それ関係あるかい!」
思わず笑った。
林冲がいた頃だって、こんな感じだった。
誰かがしんみりすると、別の誰かが騒ぎ始める。
その騒がしさに、少しだけ救われた。
まだ船から人が降りてくる。
「朱仝!」
立派な髭を見つけて呼ぶと、朱仝が笑った。
「王妃陛下、お久しゅうございます」
「その呼び方、今日だけで何回聞くの!?」
その隣には李瑞蘭がいた。
「お久しゅうございます」
「瑞蘭も無事だったんだ」
「ええ、いろいろございましたが」
その一言では絶対に足りない。
でも、今の瑞蘭は以前より少し肩の力が抜けて見えた。
朱仝が隣にいるせいかもしれない。
「ここなら、しばらく書類から離れられるんじゃない?」
冗談で言ったら、瑞蘭が港の建物を見回した。
「それは、こちらの政庁がどれほど人手不足かによります」
「嫌なこと言わないで」
「陛下がこちらを見ておられますが?」
振り返ると李俊と目が合った。
まずい……
完全に人材を見る目だった。
「瑞蘭、今の聞かなかったことにして」
「わたくしにおっしゃられても」
今度は燕青が下りてきた。
その隣には玉蘭がいる。
「……玉蘭?」
「お久しぶりです」
「本当に来たんだ」
「来ました」
あまりにも普通に答えるから笑ってしまった。
玉蘭もわずかに笑う。
燕青が肩をすくめた。
「止めても来たでしょうね」
「止められておりません」
「そうでしたか」
「何その会話?」
孫二娘がすぐに寄ってくる。
「玉蘭、燕青と一緒なんだねェ」
「はい」
「へェ」
「その『へェ』には、どのような意味が含まれておりますか?」
「心理学的には――」
「分析は不要です」
早い……
孫二娘を一撃で止めた。
「強いね、玉蘭」
「何のお話でしょう?」
そこへ潘巧雲と白秀英も港まで出てきた。
巧雲は相変わらず、ただ歩いているだけなのに妙に色っぽい。
「皆様、本当にお揃いになったのですね」
「巧雲、今日もフェロモンすごいね」
「ですから、何のお話ですか?」
秀英は五人の子どもを連れたまま、船を見上げた。
「てか、まだ降りてくんの? 人数エグくない?」
「小七が本気出しすぎた」
「救助クエスト全回収じゃん」
「メタい!」
実際、まだ人が続いていた。
朱武と樊瑞が並んで下りてきたと思えば、裴宣は岸へ着くなり荷の確認を始め、蔣敬は港の倉庫を見ている。
凌振は停泊している船の構造に興味を示し、安道全はアタシを見るなり眉を寄せた。
「王妃陛下、後ほど脈を診せていただきます」
「到着直後に診察予約入れないで!」
「二人目なのでしょう?」
「情報回るの早すぎ!」
皇甫端は馬のいる方へ向かい、金大堅と蕭譲は王宮の建物を見ながら何か相談している。
楊林も、穆春も、鄒潤も、蔡慶もいた。
宋清の姿まで見えた時、さすがに言葉が止まった。
昔なら、これくらい人がいることを何とも思わなかった。
梁山泊には百八人もいた。
うるさくて、勝手で、面倒で、明日も同じ顔が揃うものだと思っていた。
でも、もう違う。
生きている人を見つけるたびに嬉しくなるのに、その横には、もう二度と会えない人の場所が浮かんでしまう。
林冲はいない。
梁山泊へ戻れば、いつもの顔に会える――そんな時代はもう終わった。
生き残った人を数えることは、戻らなかった人を思い出すことでもある。
だから、嬉しいだけじゃなかった。
それでも、これだけの人が海を越えてきた。
もう戻る場所を探しているんじゃない。
これから生きる場所を求めて、李俊のいる国へ来た。
アタシたちのいる場所へ。
「三娘様」
玉楼がそっと隣に立った。
「うん」
「皆様、生きておられましたね」
胸の奥が詰まった。
「……うん」
それしか言えなかった。
もう一言しゃべったら、林冲の名前を呼んでしまいそうだった。
ところが、余韻はやっぱり長く続かなかった。
「三娘!」
顧大嫂が戻ってきた。
「何!?」
「王宮の中、案内しな!」
「今!?」
「今後あたしが働く場所なんだろ!」
嫌な予感がした。
「……働く?」
「陛下から聞いたよ。内向きのことを手伝えってさ」
李俊を見る。
目を逸らした。
「李俊!」
「必要だろう」
「何が!?」
顧大嫂がアタシの肩を叩く。
「特にあんたの世話だって!」
「増えた!!」
孫二娘が腹を抱えた。
「三娘ォ、監視役が交代制になったねェ!」
「玉楼だけで十分だったのに!」
玉楼がにっこり笑う。
「わたくしも助かります」
「相棒まで裏切った!」
「裏切っておりません。顧大嫂様であれば安心してお任せできます」
「そこまで信用してるの!?」
「長いお付き合いでございますので」
顧大嫂が胸を叩く。
「安心しな! 玉楼がいない時は、あたしがきっちり見てやるよ!」
「だから安心要素どこ!?」
「三娘ォ、これでもう無茶できないねェ」
「アンタも元から監視側じゃん!」
笑い声が港いっぱいに広がった。
うるさい。
本当にうるさい。
でも、嫌じゃなかった。
あの人のいない場所は、これからも空いたままだ。
誰かが代わりになるわけじゃない。
それでも、残った人たちまで黙る必要はない。
むしろ、これくらいうるさい方がいい。
李俊が集まった面々を見回した。
さっきまでの夫の顔が消え、王の顔になる。
「今日は休め。長旅だった。食事と寝床は用意してある」
何人かが、ほっと息を吐いた。
李俊はそこで続けた。
「明日から、それぞれの役目を決める」
空気が変わった。
李瑞蘭がゆっくり顔を上げる。
「……やはり、そうなりますか」
蔣敬は早くも嫌そうな顔をし、裴宣は逆に何か考え始めている。
凌振は港を見ながら、少し楽しそうだった。
そして顧大嫂だけは迷いがない。
「じゃあ、まず三娘の世話だね!」
「明日からって言ったでしょ!?」
孫二娘の笑い声が、また港に響いた。
こうして、生き残った人たちは集まった。
いない人を忘れるためじゃない。
その人たちがいたことまで抱えて、この先を生きるために。
そして翌日。
今度は――仕事を決める戦いが始まる。
顧大嫂様がお戻りになりました。
そして王宮へ入られる前から、もう以前と同じでございます。
「玉楼! 三娘、ちゃんと食ってるのかい?」
「はい、ですが無茶をなさいます」
「報告しないで!」
「なら無茶しなきゃいいだろ!」
「帰って早々そこまで昔のままなの!?」
孫二娘様が楽しそうに笑われました。
「大嫂ォ、これで三娘の監視も楽になるねェ」
「アンタも手伝うんだよ」
「アタイも?」
「何で驚いてんだい」
「勝手に監視網を拡大しないで!」
わたくしも頷きます。
「三人体制であれば、より安心でございます」
「玉楼まで乗るな!」
顧大嫂様が胸を張られました。
「任せな。三娘が何かやらかしたら、すぐ捕まえるよ!」
「王妃を捕獲対象にするな!」
……顧大嫂様の復帰初日から、三娘様の逃げ道が一つ減りました。




