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ちゃんと花嫁になれた

「玉楼、今日ってアンタの結婚式だよね?」

「はい、そのはずでございます」

「じゃあ、何でアタシまで婚礼衣装着ることになってるの!?」

孫二娘が肩を揺らした。

「三娘ォ、二か月前から決まってたじゃないかァ」

「決まってたけど納得は別!」

「王妃陛下の婚礼でございますので」

「その肩書き使うと逃げ道なくなるんだけど!」

「そもそも三娘ォ、李俊と式してなかっただろォ?」

「子どもまでいるのに今さら!?」

玉楼が微笑んだ。

「では、お嫌でございますか?」

「……それ聞くのズルくない?」

孫二娘が笑う。

「顔に出てるよォ」

「何が!?」

――その時はまだ、自分がどれだけこの日を待っていたのか、アタシ自身も分かってなかった。

「何でアタシまで花嫁になってるの?」

鏡の中の自分を見ながら言うと、隣に座っていた玉楼が小さく笑った。

「二か月前にもご説明したはずでございます」

「説明はされたけど!」

「では、何がご不満で?」

「不満じゃないから困ってるの!」

玉楼と童威の婚姻が決まってから、およそ二か月。

本来なら今日は、二人の婚礼だった。

そこまでは分かる。

問題は、準備を始めた李俊が途中で思い出したように、

――俺たちも婚礼をしていないな。

と言い出したことだった。

その一言で、なぜか王と王妃まで同じ日に婚礼を挙げることになった。

しかも理由を聞いたら、

――一度で済む。

だった。

王と王妃の結婚式を事務処理みたいに追加するな。

二か月前は本気でそう思っていた。

今日、この衣装を見るまでは。

「三娘ォ、さっきから鏡ばっかり見てるねェ」

後ろから孫二娘が覗き込む。

「見てない!」

「見てるよォ」

「確認してるだけ!」

「何を確認してるんだい?」

聞かれて、答えに詰まった。

何を見てるんだろう。

衣装は、想像していたよりずっと豪華だった。

玉楼の婚礼衣装も十分華やかなのに、アタシの方は王妃だからと王宮の人たちが本気を出したらしい。

細かな刺繍が袖から裾まで続き、髪にも普段なら絶対につけないような飾りがいくつも挿されている。

鏡に映っているのに、自分じゃないみたいだった。

「……これ、本当にアタシ?」

孫二娘の表情から、一瞬だけ笑いが消えた。

「三娘ォ」

「何?」

「綺麗だよ」

「急に真面目になるのやめてよ」

泣きそうになるから。

そう言って笑おうとしたのに、うまく笑えなかった。

前の人生では、結婚式なんて特別な夢だと思ったことすらなかった。

いつか誰かと結婚するなら、式を挙げて、綺麗な服を着て、家族や友達に祝われる。

そんな未来が、自分にも普通に来るんだと思っていた。

でも、こっちへ来てからは全部変わった。

まず生き残らなきゃいけなかった。

王英の妻にされる未来から逃げて、扈家荘を失って、それでも死にたくなくて梁山泊で戦った。

誰かに嫁ぐことが幸せとは限らない。

むしろ、自分の知らないところで相手を決められて、そのまま人生まで決められることだってある。

そんな世界だった。

だから李俊を好きになって、李俊と一緒になれた時、それだけで十分だと思った。

アタシが選んだ人だった。

誰かに押しつけられた相手じゃない。

その人との子どもまで生まれ、海を渡って、気づけば王妃になっていた。

今は二人目までお腹にいる。

もう結婚式なんて必要ない。

とっくに通り過ぎたものだと思っていた。

そう思っていたはずなのに――

目の前に婚礼衣装を置かれた時、全部ひっくり返った。

今日、アタシは花嫁になる。

逃げたくて仕方なかった婚姻じゃない。

生き残るために拒んだ相手でもない。

自分で好きになって、自分で一緒にいると決めた人のところへ行く。

しかも王妃として、みんなに祝ってもらう。

「……何これ」

「三娘様?」

玉楼が心配そうに顔を覗き込んだ。

「今になって、すごく嬉しくなってきた」

「今になって、でございますか?」

「だって、もう無いと思ってたんだもん」

口に出した途端、目の奥が熱くなった。

「アタシ、結婚式したかったんだ」

自分で言って、自分で驚いた。

忘れたんじゃない。

諦めていた。

孫二娘は何も茶化さなかった。

玉楼も少し目を潤ませながら笑う。

「では本日は、存分に花嫁になってくださいませ」

「……うん」

「ただし、走らないでくださいませ」

「そこ今言う!?」

孫二娘が吹き出した。

「玉楼ォ、せっかくいい話だったのに、一瞬で妊婦管理に戻ったねェ」

「大切なことでございます!」

「結婚式の日まで管理される王妃って何!?」

泣きそうだったのに、結局笑ってしまった。

隣を見る。

玉楼も今日はいつもの姿じゃない。

鎧もなければ、方天画戟もない。

婚礼衣装をまとって、少し恥ずかしそうにしている。

「玉楼」

「はい」

「アタシたち、本当に同じ日に花嫁になるんだね」

「三娘様は、すでに王妃陛下でございますが」

「今日だけそこ忘れて!」

玉楼がまた笑った。

戦場では、何度も二人で並んだ。

アタシが前へ飛び込み、玉楼が横を固める。

陸でも海でも、それが当たり前だった。

今日は二人とも武器を持っていない。

「……ここまで来たね」

玉楼が一瞬黙った。

それから、静かに頷く。

「はい」

それだけで十分だった。

そこへ潘巧雲が入ってきた。

花嫁でもないのに、今日も何でこの人が一番色っぽいの?

「お二人とも、とてもお綺麗です」

「巧雲、今日くらいフェロモン抑えられない?」

「何のお話ですか?」

本人に自覚がない。

一番困るやつだ。

その後ろから白秀英まで顔を出した。

五人の子どもを連れ、お腹には六人目。

二か月経って、さすがに前より分かりやすくなっている。

「うわ、三娘マジ花嫁じゃん!」

「感想軽すぎない?」

「だって王妃なのに今さら結婚式って、イベント発生順バグってんじゃん」

「それはアタシも思ってる!」

秀英がアタシのお腹を見る。

「しかも二人目入り」

「そこまで含めてバグ扱いするな!」

孫二娘が腹を抱えた。

玉楼まで笑っている。

「玉楼、アンタも花嫁側でしょ!」

「申し訳ございません。ですが……」

「笑ってるじゃん!」

迎児が呼びに来るまで、結局いつもの調子だった。

廊下へ出ると、少し先に童猛がいる。

迎児の持っていた包みを、当たり前みたいに受け取っていた。

二か月前からずっとこれ。

孫二娘を見る。

向こうもこっちを見る。

「……何も言うな」

「二か月経ってもそれ言うのかい?」

「今日は結婚二組で十分!」

婚礼が始まった。

先に進んだのは玉楼と童威だった。

そこだけは譲らなかった。

今日は元々、二人のために決めた日だ。

童猛が兄のそばで、ずっと嬉しそうにしている。

「兄貴、今日は二か月前みたいな言い方すんなよ」

「何の話だ?」

「『嫌いなら娶らん』だよ!」

周囲から笑いが起きた。

玉楼が赤くなる。

童威はしばらく考えてから、玉楼へ向き直った。

「これからも、俺の隣にいてくれ」

童猛が満足そうに頷いた。

玉楼は、今にも泣きそうな顔で笑う。

「はい……末永く、よろしくお願いいたします」

胸の奥が熱くなった。

よかったね、玉楼……

声に出したら泣きそうだったから言わなかった。

けれど玉楼はこちらを見て、目が合うと少しだけ笑った。

たぶん、それで伝わった。

そして次は、アタシたちだった。

前へ出た瞬間、それまでの笑い声が静かになる。

集まった人たちが一斉に頭を下げた。

そこで初めて、王妃という立場が身体に落ちてきた。

肩書きとして呼ばれるのとは違う。

ここにいる人たちは、王と王妃の婚礼を祝うために集まっている。

でも、頭を下げられたことより、そのあと顔を上げたみんなが笑っていたことの方が胸に刺さった。

祝われてる。

アタシが――

かつて婚姻から逃げることしか考えていなかったアタシが、自分で選んだ人の隣に立って、花嫁として祝われている。

王妃になった時より、ずっと現実味があった。

「三娘」

李俊が呼んだ。

「何?」

「泣いてるぞ」

「……分かってる」

今度は怒鳴れなかった。

李俊が少し笑った。

その顔を見たら、また涙が出た。

「李俊」

「何だ」

「ありがと」

「何がだ?」

「結婚式」

李俊が黙る。

「もう無いと思ってた。アンタと一緒になれたし、子どももいるし、それで十分だと思ってたから」

「そうか」

「でも……やってみたら、全然違った」

自分でも笑ってしまう。

「アタシ、これしたかったみたい」

李俊は少し目を細めた。

「なら、やってよかったな」

「……うん」

李俊が手を差し出す。

アタシは迷わず、その手を取った。

昔、何も選べないまま嫁がされそうになった時とは違う。

今は、自分から伸ばした手だった。

好きな人の手を、自分で取った。

それが、どうしようもなく嬉しかった。

「これからも頼む」

感動しかけて、ふと童威を見る。

さっき似たようなこと言ってなかった?

「待って」

「何だ?」

「アンタたち、何で二人とも同じようなことしか言えないの?」

童猛が真っ先に吹き出した。

孫二娘も笑い始める。

玉楼まで肩を震わせている。

「三娘ォ、せっかくの感動を自分で壊すなよォ!」

「だって気づいちゃったんだもん!」

李俊は何が悪いのか分かっていない。

童威も同じ顔をしている。

やっぱり同じ種類だ。

それでも笑えた。

泣いたあとだから、余計に笑えた。

婚礼が終わっても、今日は誰も慌てて駆け込んでこなかった。

敵も急報もなく、誰かが死んだという知らせが届くこともない。

ただ、みんなで食べて、飲んで、笑っていた。

孫二娘が騒ぎ、秀英が子どもを追いかけ、巧雲は相変わらず無駄に色っぽい。

童猛は兄をからかいながら、時々迎児の荷を持っている。

童威の隣では、玉楼が幸せそうに笑っていた。

いつもなら日月双刀と方天画戟を持って並ぶ二人が、今日は婚礼衣装で並んでいる。

「玉楼」

「はい」

「おめでとう」

「三娘様も、おめでとうございます」

「……ありがと」

今日は素直に言えた。

「忘れないと思う」

「わたくしもでございます」

少し離れたところから李俊がこちらへ来た。

「三娘」

「何?」

「疲れたか?」

「ちょっとだけ」

「なら座れ」

「最後までそれ!?」

玉楼が即座に頷いた。

「陛下のおっしゃる通りでございます」

「結婚しても変わってない!」

孫二娘の笑い声が聞こえた。

たぶん、明日からも大して変わらない。

李俊は李俊だし、玉楼は玉楼。

アタシは相変わらず止められて、孫二娘には笑われる。

でも、それでいい。

今日だけは何も失わなかった。

誰も死ななかった。

戦う必要もなかった。

好きな人との婚礼を挙げて、相棒も好きな人と夫婦になって、みんなから祝ってもらった。

ずっと生き残ることばかり考えてきた。

だけど、生き残った先には、こんな日もあるんだ。

李俊は隣にいるし、玉楼の隣には童威がいる。

そしてアタシのお腹には、もう一人いる。

全部を見回してから、李俊を見る。

「……ねえ」

「何だ?」

「結婚式、やってよかったね」

「ああ」

短い返事だった。

でも、それでよかった。

アタシはもう一度、自分の婚礼衣装の袖を見る。

普通にあると思って、一度は諦めて、忘れたつもりになっていたもの。

それが、こんな遠いところまで追いかけてきてくれた。

王妃としてじゃない。

誰かに決められた女としてでもない。

李俊を選んだアタシ自身として。

今日、アタシは――ちゃんと花嫁になれた。

童威殿と夫婦になれたことを、心より嬉しく思っております。

けれど今日、もう一つ忘れられないものがございました。

三娘様が、花嫁として泣いておられたことです。

かつて望まぬ婚姻から逃れようとなさった三娘様が、ご自身で選ばれた陛下の隣で、あれほど幸せそうに泣いておられる。

あのお姿を見られただけでも、今日という日は特別でございました。

「玉楼、アタシそんなに泣いてた?」

「かなり」

「即答!?」

孫二娘様が笑います。

「三娘ォ、綺麗に泣いてたよォ」

「綺麗に泣くって何!?」

「では、明日からもそのお顔で」

「何で侍女業務に繋がるの!?」

……三娘様。

本当に、おめでとうございます。

そしてわたくしも今日、幸せな花嫁になれました。

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