アタシの相棒は?
「玉楼、さっきから何でアタシと目合わせないの?」
「そのようなことはございません」
「ある! 孫二娘も何か知ってるでしょ?」
「さァねェ?」
「その顔は知ってる顔!」
玉楼が小さく息を吐いた。
「三娘様、いずれお分かりになります」
「何それ怖い!」
孫二娘が肩を揺らす。
「三娘ォ、昨日は秀英の六人目で驚いてたけど、今日も情報量多いよォ」
「また!?」
「アタイは何も言ってないからねェ」
「もう言ってる!」
玉楼を見ると、今度こそ目を逸らされた。
――そしてその直後、李俊の一言で、アタシはもっと驚くことになった。
「玉楼を童威に嫁がせる」
李俊がそう言った瞬間、アタシは危うく茶を噴くところだった。
「誰を誰に!?」
向かいに座っていた孫二娘が、ものすごく嫌そうな顔をする。
「三娘ォ、そこからかい?」
「そこからって何!? 玉楼と童威でしょ!? っていうか、今の相談!?」
「違う」
李俊は即答した。
「決定だ」
「決定!?」
隣を見る。
玉楼が固まっていた。
いつもならアタシが何を言っても涼しい顔をしているのに、今日は李俊とアタシを交互に見ている。
「童威と玉楼、双方の意思は確認してある」
李俊は淡々と続けた。
「二人とも異存はない。ならば、いつまでも曖昧にしておく理由もない。王として俺が婚姻を整える」
「待って! アタシ何も聞いてない!」
「だから今、話している」
「それ事後報告じゃん!」
「決めるのはお前ではない」
ぐうの音も出なかった。
孫二娘が肩を震わせる。
「三娘ォ、完全に蚊帳の外だったねェ」
「笑うな!」
アタシは玉楼へ向き直った。
「玉楼」
「……はい」
「童威なの?」
「はい」
「いつから!?」
「それは……」
玉楼が目を逸らした。
嫌な予感がする。
昨日も似たようなことがあった。
巧雲の子どもが二人いて、秀英は五人連れてきたうえに六人目までお腹にいた。
そして今日は、玉楼が童威と結婚する。
アタシの知らないところで、みんな人生進めすぎじゃない?
「孫二娘、アンタいつから知ってた?」
「前からだねェ」
「李俊は?」
「前からだ」
「二人とも説明になってない!」
孫二娘がにやりとした。
「童猛も当然知ってるよォ」
「弟だからでしょ!」
「紅玉だって気づいてたんじゃないかねェ」
「紅玉まで!?」
玉楼がとうとう額へ手を当てた。
「三娘様、もうその辺りで……」
「一番近くにいたアタシが最後なの納得いかない!」
「三娘ォ、毎日玉楼に世話されてる側が言うことじゃないよォ?」
「関係ある!?」
「近すぎる相手の変化って、案外見落とすもんなんだよォ」
「心理学で処理するな!」
李俊が軽く息を吐いた。
「玉楼」
「はい」
「童威との婚姻に異存はないな」
今度は誰も笑わなかった。
玉楼も少しだけ背筋を伸ばす。
「ございません」
「なら決まりだ」
短い。
でも李俊が言うと、本当にそれで決まった感じがする。
「ちょっと待って」
また口を挟むと、三人がこっちを見る。
「玉楼が嫁に行ったら、どうなるの?」
孫二娘が目を丸くした。
「どうなるって?」
「アタシの副将は?」
「続けます」
玉楼が即答した。
「近衛のことは?」
「続けます」
「侍女は?」
ほんの少しだけ間があった。
「三娘様」
「そこだけ迷った!」
孫二娘が吹き出した。
「玉楼ォ、そこは結婚を機に辞めてもいいんじゃないかい?」
「孫二娘様」
「だって王妃の着替えまで世話してんだろォ?」
「言わなくていいから!」
玉楼は困ったように笑った。
「婚姻したからと申しまして、わたくしが三娘様のお側を離れる理由にはなりません」
李俊も頷く。
「童威もこの国にいる。玉楼の役目を変える必要はない」
「じゃあ、ほとんど何も変わらない?」
「夫が増えるくらいだねェ」
「玉楼の夫がね!」
危ない……
その言い方だとアタシの夫が増えるみたいじゃん。
笑いながらも、ふと昨日の港が頭に浮かんだ。
巧雲の後ろにいた二人の子ども。
秀英の周りにいた五人と、お腹の六人目。
アタシたちが知らない間にも、時間はずっと進んでいた。
玉楼だけは、その間ずっとアタシの横にいた。
戦場でも、王宮でも、船の上でも。
アタシが突っ込めば後ろを固め、危ないところへ行けば止めに来て、怪我をすれば怒って、最近じゃ妊娠しただけで双刀まで取り上げる。
副将だけじゃない。
侍女までやって、近衛のことまで見ている。
「……玉楼」
「はい」
「もしかして、アタシがいたから待ってた?」
孫二娘が黙った。
玉楼は少し考えてから、ゆっくり首を振る。
「三娘様のせいではございません」
「でも」
「わたくしが選んだことでございます」
その言い方には覚えがあった。
扈家荘がなくなったあとも、玉楼はアタシについてきた。
別の生き方だってあったはずなのに、自分で選んだと言った。
「ただ――」
玉楼が続ける。
「三娘様のお側にいることと、童威殿と夫婦になることが両立するのであれば、今度はそのように選びとうございます」
それを聞いたら、もう止める理由なんてなかった。
「……嫁に行っても、アタシの相棒だからね」
玉楼の顔がほころんだ。
「もちろんでございます」
胸につかえていたものが少し抜けた。
「じゃあ、アタシも賛成」
李俊がこっちを見る。
「賛成するのは構わんが、もう決まっている」
「最後くらい主っぽい顔させてよ!」
孫二娘がとうとう腹を抱えた。
「三娘ォ、玉楼の結婚で一番立場ないの、あんただねェ!」
「何でよ!」
李俊が戸口へ目を向けた。
「入れ」
「え?」
戸が開いた。
童威が入ってくる。
その後ろには童猛までいた。
「いたの!?」
「外で待たせていた」
「何で本人たちがいるのに、アタシ抜きで全部決まってるの!?」
童猛が不思議そうに首を傾げた。
「王妃様に決めてもらう話じゃねえだろ?」
「弟まで正論で殴ってきた!」
孫二娘がまた吹き出す。
童猛は兄と玉楼を交互に見て、嬉しそうに笑った。
「まあ、兄貴。よかったじゃねえか」
「何がだ?」
「何がって、やっと玉楼殿と夫婦になれるんだろ?」
「童猛殿!」
玉楼が今度こそ赤くなった。
アタシは童猛へ勢いよく振り向く。
「アンタも知ってたの!?」
「そりゃ知ってる」
「何で!?」
「兄弟だからだろ」
「みんなそれ言う!」
童猛は肩をすくめる。
「むしろ王妃様が今まで気づいてなかった方がすげえよ」
「そこまで!?」
「三娘ォ、ついに弟からも言われたねェ」
「今日アタシの味方いなくない!?」
童威だけは、弟の言葉にも特に動じていない。
「童威」
「何だ?」
「玉楼のこと好きなの?」
「三娘様!」
玉楼が本気で止めに来た。
童猛はすぐ兄を見る。
明らかに面白がっている。
「兄貴、そこはちゃんと言えよ?」
「お前まで何だ」
「婚姻決まったんだから、それくらい言っとけって」
童威はしばらく黙ったあと、玉楼を見た。
「嫌いなら娶らん」
「それだけ!?」
童猛まで額を押さえた。
「兄貴、それじゃ足りねえよ……」
「弟にも駄目出しされてる!」
孫二娘はもう笑いを堪える気がない。
玉楼は両手で顔を覆っていた。
結婚前から大変そう。
でも、童猛があんなふうに喜んでいるなら、ずっと兄を応援してたんだろう。
それなら、たぶん大丈夫だ。
その日の午後。
今度は港に立っていた。
阮小七の船が、再び大陸へ向かう。
昨日まで柴進たちの家財が積まれていた場所には、水と食料、それに航海へ必要な物が積み込まれている。
柴進と巧雲、李応と秀英の一家も見送りに来ていた。
白秀英は五人の子どもに囲まれながら、お腹へ片手を添えている。
何度見ても六人目がいるという情報に慣れない。
「小七、昨日来たばっかなのに、もう行くん?」
秀英が声を上げる。
「まだいるからな」
小七は船の上から答えた。
巧雲も静かに見上げる。
「無理はなさらないでください」
「無理しなきゃ見つからねえ奴もいるだろ?」
「それはそうですけれど……」
巧雲が苦笑した。
その近くでは、迎児が子どもたちの荷をまとめている。
童猛が横から手伝っていた。
さっきまで兄の婚姻を喜んでいた弟が、今度は迎児の荷を当たり前みたいに持っている。
横を見る。
孫二娘も同じところを見ていた。
「孫二娘」
「何だい?」
「何も言うな」
「まだ何も言ってないよォ」
「だから先に止めてる!」
今日は玉楼案件だけで十分。
これ以上、アタシの知らないところで人間関係を進めないでほしい。
李俊が船へ近づいた。
「小七」
「何だ?」
「港には話を通した。誰を連れて戻っても、まず入れろと命じてある」
「助かる」
「ただし、死ぬな」
小七が笑った。
「生き残りを探しに行く奴へ、それ言うか?」
「お前も生き残りだからだ」
小七の笑いが、ほんの少し止まった。
「……そうだな」
それから、いつもの顔に戻る。
綱が外された。
船がゆっくり岸を離れていく。
「小七!」
アタシが呼ぶと、船縁から顔を出した。
「何だ!」
「ちゃんと帰ってきてよ!」
「誰か乗せてな!」
「自分だけでも帰ってきて!」
「欲張りだな!」
「王妃だから!」
「関係あるか!」
最後まで笑いながら、小七は手を振った。
船が少しずつ遠ざかる。
昨日は、あそこから巧雲や秀英たちが降りてきた。
今日は反対に、小七が大陸へ戻っていく。
梁山泊はもうない。
でも、あそこで一緒に生きた人たちが、みんな消えたわけじゃない。
どこにいるのか分からない。
本当に生きているのかも分からない。
それでも、小七は探すと言った。
「三娘様」
隣から玉楼に呼ばれた。
「何?」
「そろそろお戻りくださいませ」
「もう?」
「昨日ご懐妊が判明したばかりでございます」
「港で立ってるくらいいいでしょ!」
孫二娘が呆れた顔をする。
「三娘ォ、朝から何も学んでないねェ」
「学んだよ!」
「何をだい?」
「玉楼が童威と付き合ってた!」
「三娘様!」
玉楼の声が港に響いた。
童威は何も言わず、童猛だけが盛大に笑っている。
遠ざかる船から、小七の笑い声まで聞こえた気がした。
アタシも笑いながら、もう一度だけ海を見る。
――次にあの船が戻ってくる時。
誰が乗っているのかは、まだ誰にも分からなかった。
童威殿との婚姻が、正式に決まりました。
正直に申し上げれば――嬉しゅうございます。
ずっと三娘様のお側にいることばかり考えてまいりましたが、童威殿と夫婦になることまで諦める必要はなかったのでございますね。
「玉楼、結婚してもアタシの副将だからね?」
「承知しております」
「侍女もね?」
「三娘様」
「何でそこだけ嫌そうなの!?」
孫二娘様が笑います。
「三娘ォ、新婚の玉楼を夜まで働かせる気かい?」
「夜までは言ってない!」
「玉楼ォ、逃げ道なくなってるよォ」
「笑っておられないで助けてくださいませ!」
三娘様が腕を組みました。
「だってアタシの相棒だもん!!」
「……それを言われますと、弱うございます」
夫も、相棒も。
今度は、どちらも大切にしたいのでございます。
そして阮小七殿は、再び海へ出ました。
次に連れて来られる方は――どなたなのでございましょう?




