五人で終わりじゃなかった
「玉楼、確認なんだけど」
「何でございましょう」
「妊娠したら、双刀って没収されるものなの?」
「三娘様の場合は必要かと」
「個人対応だった!」
孫二娘が笑った。
「三娘ォ、普通の妊婦は敵船に飛び移らないからねェ」
「昨日は妊娠してるって知らなかったの!」
「じゃあ知った今日は?」
「状況による」
玉楼の笑顔が消えた。
「三娘様」
「何で正直に答えると怒られるの!?」
「玉楼ォ、双刀は隠しときな」
「承知いたしました」
「勝手に決めるな!」
――まさかこの直後、双刀どころじゃない人数が港へ押し寄せてくるとは思ってなかった。
朝起きたら、日月双刀が消えていた。
「……玉楼」
寝台の脇に立つ玉楼は、いつも通りきれいに一礼した。
「おはようございます、三娘様」
「おはよう。で、アタシの双刀は?」
「お預かりしております」
「返して!」
「お断りいたします!!」
即答だった。
昨日、二人目の妊娠が分かったばかりとはいえ、朝一番から王妃の武器を没収する侍女ってどうなの?
起き上がろうとしたところで、反対側から孫二娘まで顔を出した。
「三娘ォ、何する気だい?」
「起きるだけ!」
「玉楼ォ」
「承知しております」
「何その連携!?」
玉楼がすぐ横へ回り込む。
敵の突進を止める時と同じ動きだった。
いや、アタシ敵じゃないから。
「昨日、三娘様はご懐妊を知らぬまま敵船へ飛び移られました」
「それ昨日も聞いた!」
「では、知った今はなさいませんね?」
「……状況による」
玉楼の笑顔が消えた。
孫二娘が額を押さえる。
「三娘ォ、そこで正直にならなくていいんだよォ。社会的望ましさってものがあるだろォ?」
「心理職が嘘を推奨しないで!」
「嘘とは言ってないよォ。対人関係を円滑にするための――」
「朝から講義始めるな!」
そこへ李俊が入ってきた。
助かった。
夫なら少しくらいアタシ側に立ってくれるはずだ。
「李俊、玉楼が双刀返してくれない〜」
「預けておけ」
終わった。
「何で全員そっちなの!?」
「昨日の今日だ」
「妊娠しただけで急に壊れ物扱いしないでよ!」
李俊は少しだけ考えた。
「壊れ物ではないな」
「でしょ?」
「放っておくと壊しに行く方だ」
孫二娘が吹き出した。
玉楼まで顔を背けて肩を震わせている。
「夫まで何なのよ!」
「違うのか?」
言い返そうとしたところへ、廊下から慌ただしい足音が近づいた。
衛士が戸口で膝をつく。
「陛下、港より急報でございます」
李俊の顔が変わった。
「何だ?」
「北より船が一隻、入港を求めております。こちらの旗を掲げておりますが、見覚えのない船にございます」
「誰の船だ?」
「船頭が、名を申し上げれば陛下には分かると」
衛士が一息置いた。
「阮小七と名乗っております」
「小七!?」
思わず立ち上がった。
同時に玉楼が肩を押さえる。
「三娘様!」
「港行く!」
「走らないでくださいませ!」
「まだ走ってない!」
「これから走られるお顔でございます!」
結局、アタシが前へ出ようとするたびに玉楼が止め、孫二娘が横から逃げ道を塞いだ。
戦場ではアタシが敵陣へ切り込み、玉楼が間合いを支配して、孫二娘が後ろを固める。
今は完全にその応用でアタシが封じ込められている。
「三娘ォ、観念しな」
「鎮西将軍まで王妃止めるのおかしくない!?」
「何言ってるか分かんないけど、今はアタイらが正しいよォ」
「玉楼は!?」
「わたくしは三娘様を安全に港までお連れする係でございます」
「結局連れてってくれるんじゃん!」
「歩いて、でございます」
港へ着いた時には、北から来た船はもう岸へ寄せられていた。
荷が多い。
人も多い。
そして何より、子どもがいる。
船縁から身を乗り出した男がこちらを見つけ、歯を見せた。
「おう! 久しぶりだな!」
「小七!」
阮小七だった。
少し焼けた顔も、豪快な笑い方も昔と変わらない。
「生きてた!」
「そりゃこっちの台詞だ!」
小七が笑いながら綱を投げる。
その後ろから柴進が姿を見せた。
そして隣に現れた女を見た瞬間、懐かしさより先に別の感想が出た。
色気が逃げてない。
戦乱から国を越えてきたはずなのに、潘巧雲のフェロモンだけは、全く衰えてなかった。
「三娘様、お久しぶりです」
「巧雲!」
駆け寄ろうとして、玉楼に袖を掴まれる。
「歩いてくださいませ」
「分かってる!」
巧雲が笑いながら船を降りる。
その後ろから、二人の子どもが顔を出した。
そこでアタシは止まった。
話には聞いていた。
巧雲に子どもが二人いることは、紅玉から聞いている。
でも、知っているのと目の前にいるのは全然違った。
一人は柴進の袖を掴み、もう一人は巧雲の後ろからこっちを見ている。
自分で歩いてるし、もう普通に喋れそうな年になってる。
アタシが知らない間に、巧雲は柴進と夫婦になって、この二人を産んで、育ててきた。
その年月が、いきなり二人分の姿になって現れた。
「……巧雲」
「はい?」
「本当に二人いる」
「おりますよ?」
「いや、知ってた! 知ってたけど、実物を見るとは聞いてない!」
孫二娘が横から噴き出した。
「実物以外に何を見るんだよォ?」
「そういう意味じゃない!」
巧雲が口元を押さえて笑う。
「三娘様も、もうお二人目でしょう?」
「アタシは昨日知ったばっかりだから、まだそっち側の自覚ないの!」
「十分そちら側かと……」
「玉楼まで!」
その時、船の奥から騒がしい声がした。
「ちょ、押さないで! 落ちるって! 順番!」
聞き覚えがある。
まさかと思った次の瞬間、子どもを一人抱えた白秀英が甲板へ出てきた。
「三娘じゃん! マジ久しぶり!」
「秀英!?」
懐かしい。
そこまではよかった。
白秀英の後ろから、もう一人子どもが出てきた。
その子が、さらに小さい子の手を引いている。
その後ろにも一人。
まだいる。
アタシは秀英ではなく、子どもたちを見た。
一度数えて、それからもう一度数える。
減らない。
「……秀英」
「何?」
「何人いるの?」
「子ども?」
「他に何を数えるのよ!」
「五人だけど?」
さらっと言った。
後ろから降りてきた李応まで、当然のように頷く。
「五人だ」
「何でそこだけ夫婦で確認取れてるの!?」
五人……
巧雲の二人だけでも、知らない年月をいきなり突きつけられた気がしたのに、こっちは五人いる。
しかも上の子が下の子の手を引いている。
「待って……アタシたち、いつの間にそんな時間経ったの?」
「今そこ!?」
「だって五人だよ!? 人生の進行速度おかしくない!?」
孫二娘が肩を揺らした。
「三娘ォ、自分も二人目だろォ?」
「アタシは昨日知ったばっかりなの! 五人を目の前に並べられるのとは話が違う!」
「並べてねーし。勝手に並んでるだけだし」
「そこ重要!?」
白秀英が笑いながら、抱いていた子を持ち直した。
その時、服の下のお腹が目に入った。
……ん?
アタシは黙った。
もう一度見る。
五人は、ちゃんと目の前にいる。
じゃあ、そのお腹は何?
「……秀英」
「今度は何?」
「そのお腹」
「あー、これ?」
何でそんな、買い忘れた物でも思い出したみたいな反応なの?
白秀英は自分のお腹を軽く撫でた。
「六人目」
「五人で終わりじゃなかったの!?」
港に声が響いた。
孫二娘がとうとう腹を抱えてしゃがみ込み、巧雲まで柴進の肩へ手を置いて笑い始める。
「待って! 今ここに五人いるんだよね!?」
「いるけど?」
「で、お腹にも一人!?」
「いるけど?」
「合計六人!?」
「だから六人目って言ったじゃん」
「アタシに算数の確認させないで!」
白秀英はまったく動じない。
むしろ、こっちのお腹へ視線を落とした。
「てか、三娘は二人目っしょ?」
「昨日分かったばっかり!」
「じゃ、まだ二人じゃん」
「『まだ』って何!?」
孫二娘が涙を拭いながら立ち上がった。
「三娘ォ、完全に新人扱いされてるねェ」
「アンタ一人じゃん!」
「アタイを巻き込むなよォ!」
「何で急に経験者側から喋ってるのよ!」
「経験者ではあるだろォ!」
白秀英が二人を見比べる。
「でも一人と二人じゃん?」
「秀英が基準になるのおかしいから!」
「六人目妊娠中の人を標準にしないで!」
孫二娘と声が重なった。
玉楼が口元へ手を添えている。
絶対笑ってる。
そして、どうしても視線が李応へ向いた。
五人産ませて、今六人目。
しかも金軍に襲われた李家荘から、妊娠中の妻と五人の子どもをここまで連れてきた。
「……李応」
「何だ?」
「元気すぎない?」
白秀英が即座に頷いた。
「マジそれな!!」
「お前が言うの!?」
李応だけが、本気で何の話をされているのか分からない顔をしていた。
この男、タフガイにも程がある。
ひとしきり騒いでから、ようやく船の荷へ目が向いた。
衣類、食料、子どもの物、それに生活道具。
旅行の量じゃない。
暮らしを丸ごと運んできている。
「……逃げてきたの?」
白秀英から笑みが消えた。
代わりに李応が答える。
「李家荘は金軍に踏み荒らされた」
それだけで十分だった。
白秀英は五人の子どもを見回し、自分の腹へ手を置いた。
「荘を守って全滅とか、マジ意味ないし。子ども連れて出るしかなかった」
軽い口調なのに、決めたことは重い。
李家荘を捨てた。
でも、子どもたちはここにいる。
それでいい。
巧雲も静かに頷いた。
「滄州には、もう戻れません。曾頭市も似たようなものです」
曾頭市は、もともと金から来た曾家が築いた土地だ。
だからといって、今そこに住んでいる人間を金軍が守ってくれるわけじゃない。
巧雲は二人の子どもを見た。
「ですから、逃げました。今度は家族ごと」
その言葉だけは、笑い飛ばせなかった。
巧雲は昔から、逃げることを恥だと思わない。
前は自分が生きるためだったけど、今は連れて逃げる家族がいる。
「……うん。それでいいよ」
巧雲が少しだけ目を細めた。
その後ろでは、潘迎児が大きな包みを抱えて船を降りようとしていた。
「迎児!」
「三娘様、お久しゅうございます」
昔と変わらず巧雲のそばにいる。
足場を確かめている迎児へ、下から童猛が手を伸ばした。
「それ、寄越せ」
「大丈夫でございます」
「大丈夫でも重いだろ。持つ」
迎児は一瞬だけ童猛を見て、それから包みを渡した。
「ありがとうございます」
「礼はいい。先に降りろ」
それだけのやり取りだった。
なのに横で孫二娘が妙な顔をした。
「何その顔」
「いやァ?」
「絶対何か見つけたでしょ!」
「アタイまだ何も言ってないよォ」
「言う前に止めた!」
「三娘様」
玉楼が袖を引く。
「今度は何?」
「荷物へ手を伸ばさないでくださいませ」
「まだ伸ばしてない!」
「お顔に書いてございます」
「玉楼まで心理職みたいになってきた!」
港に少しずつ笑いが戻った。
李俊は柴進と李応から事情を聞き、その場で住まいと必要な人手を用意すると告げた。
仕えろとも、何かを差し出せとも言わない。
まず休め。
李俊が言ったのはそれだけだった。
柴進が深く頭を下げ、李応も続く。
白秀英が小声で「王様、話早くて助かる」と言い、巧雲が笑った。
ところが、小七だけは船へ戻ろうとしている。
「小七?」
呼び止めると振り返った。
「どこ行くの?」
「船を見る」
「今日は休めば?」
「休むさ」
小七はそう言ってから、大陸の方角を見た。
「だが、また出る」
李俊が眉を動かした。
「戻るのか」
「ああ」
「何のために?」
小七が笑った。
さっきまでの豪快な笑い方とは少し違った。
「まだいるだろ」
港が静かになる。
「梁山泊の生き残りが」
アタシは言葉を失った。
「どこにいるかも、生きてるかも分からねえ奴がまだいる。だったら探す」
「小七……」
「見つけたら乗せる。嫌だって言っても、危なきゃ乗せる」
「強制じゃん」
「死なれるよりいいだろ」
それは否定できない。
小七は船縁へ手を掛けた。
「今回で終わりじゃねえよ」
大陸の向こうには、まだ消息の分からない人たちがいる。
梁山泊はもうなくても、生き残った人間まで消えたわけじゃない。
小七は、その人たちを探しに行く。
そして――
「次は、誰を拾ってくるつもりなの?」
小七は答えなかった。
ただ、大陸の方を見たまま笑った。
白秀英様のお子様が五人、さらにお腹には六人目。
三娘様は、まだ数を受け入れられておりません。
「玉楼、六人って多くない?」
「三娘様は昨日までお一人でございました」
「比較対象がおかしい!」
孫二娘様が笑います。
「三娘ォ、秀英を基準にしたら負けだよォ」
「アンタ一人じゃん!」
「またアタイを巻き込むのかい!?」
三娘様がこちらを向きました。
「玉楼は子どもいないでしょ!」
「なぜわたくしまで!?」
……人数の話は、もう終わりにしていただきたいところでございます。
ですが、阮小七殿の航海は終わらないようです。
次にあの船から降りてくるのは――誰なのでございましょう。




