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知らなかったその後

「紅玉、久しぶりに会ったんだから、もっと楽しい話しようよ!」

「三娘様が先ほどから皇帝陛下を『拾った』と仰っている時点で、十分楽しいかと」

「紅玉までそっち側!?」

孫二娘が肩を揺らした。

「三娘ォ、再会して数刻で紅玉に見限られてるよォ?」

「見限っておりません。ただ、玉楼様のお気持ちが少し分かるようになりました」

「最悪の理解の深まり方!」

「紅玉ゥ、成長したねェ」

「孫二娘様に褒められると不安になります」

「ひどいねェ!?」

二人とも笑っている。

アタシも笑った。

――このあと紅玉から、梁山泊のその後を聞くまでは……

「では――宋江は、今どこにいる?」

高宗の問いに、誰もすぐには答えなかった。

アタシが李俊を見ると、李俊もこっちを見ていた。

……いや、見られても分からない。

アタシたちは梁山泊を途中で離れて、そのまま南へ向かった。

それから先、誰がどこへ行って、梁山泊がどうなったのかなんて、林冲の訃報を除けば一度も知らせを受けていない。

「陛下」

代わりに答えたのは紅玉だった。

さっきまでアタシたちのやり取りを見て笑っていた顔から、もう笑みは消えている。

「李俊陛下も三娘様も、その後のことはご存じございません」

「知らぬのか?」

「はい、お二人は途中で梁山泊を離れておりますので」

「そういうことです。アタシたち、途中で抜けちゃってるんで」

「三娘様」

「何?」

「今は、もう少し言い方を選ばれてもよろしいかと……」

「そこ!?」

反射的に玉楼を見たけど、いつもの呆れ顔じゃなかった。

声こそ普段と変わらないのに、表情が硬い。

高宗は紅玉へ向き直った。

「では、そなたは知っているのか?」

「……はい、わたくしはこちらに残っておりましたので、その後の消息を耳にする機会がございました」

紅玉が一度、息を整えた。

「宋江様は、亡くなられました」

意味が入ってくるまで、少し時間がかかった。

「……え?」

李俊も何も言わない。

紅玉は視線を逸らさず、そのまま続ける。

「盧俊義様も亡くなられております。それから、李逵様も」

「三人とも……?」

聞き返すと、紅玉が頷いた。

「毒酒でございます。高俅らの手によるものと聞いております。宋江様も、盧俊義様も……李逵様も、毒酒によって命を奪われました」

李俊の顔から表情が消えた。

「高俅か」

「はい」

高宗も黙り込む。

しばらくして李俊が、海の向こうではなく高宗の方を見た。

「招安を受け、国のために戦った末が毒酒か」

責めるような声音ではないからこそ、余計に重かった。

高宗の眉がわずかに動く。

「……朕の知らぬところで起きたこととはいえ、朝廷の名でなされたことであるなら、知らぬでは済まぬ」

李俊は答えなかった。

たぶん、ここで高宗を責めても仕方がないことくらい分かっている。

それでも、一緒に梁山泊にいた人間として、何も思わないわけがない。

宋江が死んだ。

盧俊義も。

李逵も。

最後に見た時は、全員生きていた。

この先もどこかで勝手に揉めて、勝手に戦って、勝手に酒を飲んでるんだと思ってた。

アタシが知らないうちに、全部終わっていた。

ふと、玉楼を見る。

方天画戟を持つ手はいつも通りに見えた。

でも、柄を握る指だけが少し強く締まっている。

李逵――

アタシ自身は、扈家荘に戻りたいとは思わない。

生まれ育った場所だからと懐かしくなることもないし、今さら失った故郷を取り戻したいとも思わない。

でも、玉楼は違う。

あそこで暮らして、あそこにいた人たちを知っていて、壊されたことまで聞いた。

扈家荘を潰した張本人は、李逵だった。

だからといって、李逵が死んだと聞けば全部終わるわけじゃない。

なくなったものが戻ってくるわけでもない。

「玉楼……」

呼ぶと、玉楼はこちらを向いた。

「大丈夫でございます」

そう言って、微かに笑う。

大丈夫な顔には見えなかった。

でも、アタシが勝手に何かを言うのも違う気がして、それ以上は聞けなかった。

扈家荘そのものに思い入れはない。

それでも、玉楼がそこで失ったものを考えると、胸が痛む。

一歩近づきかけた時、玉楼が黙ってこちらを見た。

その目に止められた気がして、アタシは足を止める。

今は問い詰める時じゃない。

「紅玉」

李俊が口を開いた。

「他には?」

紅玉の目が揺れた。

その顔を見ただけで、まだ何かあると分かった。

「閻婆惜様も……亡くなられております」

今度は、孫二娘の肩が目に見えて落ちた。

「……婆惜が?」

いつもの声じゃない。

「はい、宋江様とともに、毒酒によって命を落とされたと聞いております」

孫二娘は黙った。

いつもなら、空気が重くなれば心理学だの何だのを持ち出して、頼んでもいないのに人の心を分析し始める人なのに、今は肩を落としたまま海を見ている。

「孫二娘?」

返ってきたのは、しばらくしてからだった。

「……そっか」

それだけ。

そんなに閻婆惜と親しかったっけ?

仲が悪かったとは思わない。

でも、この人がここまで何も言わなくなるほどだったとは知らなかった。

何か聞こうとしたけど、やめた。

人の心には平気で入ってくるくせに、自分のことになると急に扉を閉めるのが孫二娘だ。

今は、開けなくていい。

紅玉も孫二娘へ声をかけなかった。

ただ少しして、水の入った器を差し出す。

孫二娘はそれを受け取り、一口だけ飲んだ。

「……ありがとねェ」

「はい」

後ろで負傷者の様子を見ていた兵が、孫二娘へ何かを尋ねる。

すると孫二娘は振り返り、さっきまでの沈黙を胸の奥へ押し込んだみたいに、すぐ指示を返した。

「その人は横にしときなァ。息が苦しそうなら上体だけ少し起こして。あと、怖がってる奴に『大丈夫』って連呼するのやめなよォ。大丈夫じゃない時に言われると余計に不安になるからねェ」

高宗が目を瞬く。

「……先ほどの、心理の方か?」

「覚えてたんですか!?」

孫二娘が振り返った。

「陛下ァ、そこ覚えなくていいところだよォ」

「いや、あれほど妙な名乗り方をされれば覚える」

「名乗ってないよォ! 三娘ォが余計な説明したんだろ!」

「アタシ!?」

「三娘様、実際になさっておりました」

「玉楼まで!」

高宗の表情からも、わずかに硬さが抜けた。

「梁山泊は?」

李俊が尋ねた。

「もう、ないのか?」

紅玉は少し考えてから答える。

「以前のような形では残っておりません。ですが、皆様が亡くなられたわけではございません。それぞれ別の場所で暮らしておられます」

その一言で、張りつめていたものが少しだけ緩んだ。

「柴進は?」

アタシが聞くと、紅玉の表情もわずかに和らぐ。

「柴進様はご無事です。潘巧雲様もご一緒でございます」

「巧雲も無事なのね」

「はい」

孫二娘も顔を上げた。

「李応は?」

「李応様もご無事です。白秀英様も、お変わりなく」

「白秀英も……」

生きてる――

今は、それだけ聞ければ十分だった。

「朱仝様と李瑞蘭様も、ご無事でございます」

紅玉が続ける。

「瑞蘭も?」

「はい、それから玉蘭様もご無事でございます」

「玉蘭も……」

「はい」

アタシは息を吐いた。

さっきまで、名前が出るたびに次も死んでいるんじゃないかと思っていた。

無事だと聞くたび、身体に入っていた余計な力が少しずつ抜けていく。

李俊も、張っていた肩を少し落とした。

「みんな、梁山泊を出たのね」

「はい、残った方も、別の道を選ばれた方もおられます。もう、あの頃と同じ梁山泊ではございません」

「それから――王嬌嬌様も臨安府におられます」

「嬌嬌?」

あの時、杜微の一件で会った女だ。

その後どうなったかなんて、一度も聞いていない。

「臨安府で何してるの?」

「宮廷に召し抱えられております」

「宮廷!?」

思わず高宗を見る。

高宗もこちらへ顔を向けた。

紅玉は続ける。

「現在は、女子十楽坊の長を務めておられます」

「女子十楽坊?」

何、その強そうな名前?

いや、楽坊だから戦わない。

たぶん……

「……あの時の嬌嬌が?」

「はい」

「宮廷で?」

「はい」

「女子十楽坊の長?」

「はい」

横から孫二娘が口を挟んだ。

「三娘ォ、三回聞いても答えは変わらないよォ」

「だって想像できないのよ!」

返ってきた声は、ようやく聞き慣れた孫二娘のものだった。

紅玉も口元を緩める。

「王嬌嬌様は、お元気でございます」

「それならいいけど……」

高宗が何とも言えない顔をしている。

「陛下?」

「いや……朕の宮中の話を、朕が聞かされているような気がしてな」

「確かに!」

言ってから気づいた。

皇帝本人の宮廷だった。

「でも陛下、女子十楽坊ってご存じなんですか?」

「朕に聞くのか?」

「皇帝ですし」

「三娘様」

「何?」

「今度は陛下を便利な案内係になさらないでくださいませ」

「聞いただけじゃない!」

「三娘ォ、皇帝に自分の宮廷の施設案内させようとしてる時点で結構すごいよォ?」

「してない!」

高宗がとうとう笑った。

「少なくとも、そなたが朕の知る王妃とは少々違うことは分かった」

「それ褒めてます?」

「どうであろうな」

「陛下まで玉楼みたいな返ししないで!」

玉楼が僅かに目を細める。

「恐れながら陛下、三娘様へのご対応がお早いかと存じます」

「玉楼!?」

紅玉まで顔を背けた。

何よ、皇帝を拾ってから味方が減ってない?

それでも、さっきまで船上に残っていた重さは、いつの間にか薄れていた。

死んだ人がいる一方で、生きてる人もいる。

アタシたちが梁山泊を離れたあとも、みんなの時間は勝手に進んでいた。

知らなかったことが多すぎるし、たぶん、まだ全部じゃない。

「紅玉」

李俊が呼んだ。

「他にもあるな?」

紅玉はすぐには答えなかった。

さっきまで笑っていたのに、その沈黙だけで空気が変わる。

アタシは無意識に玉楼の隣へ寄った。

孫二娘も顔を上げる。

紅玉は三人を順に見てから、ゆっくり口を開いた。

「三娘様には、まだお話ししておかなければならないことがございます」

三娘様は、皇帝陛下を相手にしても三娘様でございました。

「玉楼ォ、高宗陛下もう三娘ォの扱い覚えてたねェ」

「驚くほどお早うございました」

「わたくしも勉強になりました」

「紅玉殿まで何を学ばれたのでございますか?」

「三娘様には、正面から止めるより先にツッコむべきかと」

「やめて! 変な教育しないで!」

三娘様が騒いでおられます。

ですが――紅玉殿のお話は、まだ終わっておりません。

「玉楼ォ、あの顔……まだあるねェ」

「はい」

紅玉殿も、今度は笑いませんでした。

次に聞くのは、三娘様ご自身に関わるお話のようでございます。

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