↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
194/210

戦わない日にも兵は育つ

鉄羅漢が、今度は自分で島々を回るらしい。

「三娘ォ、よかったねェ。殴らなくて済むよォ」

「アタシを何だと思ってるの!?」

「先頭で突っ込む王妃」

「否定しづらい!」

昨日まで敵だった人が、今日はこっちの事情を説明して回る。

展開が早すぎる。

「でも、鉄羅漢が言うなら聞く奴もいるだろうねェ」

「アタシたちが行くより?」

「昨日まで疑ってた本人だからねェ」

……それは確かに強い。

というわけで、今回は戦わずに済みそう。

「三娘ォ、残念そうな顔するんじゃないよォ」

「してない!」

たぶん……

「今度は、俺が島々を回る」

鉄羅漢がそう言った時、アタシは正直、耳を疑った。

「……何しに?」

「説得しにだ」

「一人で?」

「兵も連れていくが、戦うためじゃない」

そこまで聞いて、ようやく意味が分かった。

鉄羅漢は李俊を疑って兵まで出した。

その本人が、今度は周りの島へ行って「アレは共濤の後釜じゃない」と説明するらしい。

昨日まで敵だった人が、今日から広報担当になる。

展開が早い。

「三娘ォ、いいじゃないか。アタイたちが一つずつ殴って回るより早いよォ」

「殴って回る前提にしないで!」

「でも三娘様、先ほど『また全部回るの?』とおっしゃっておりました」

玉楼までこっちを見る。

「それは戦う気だったんじゃなくて、面倒そうだと思っただけ!」

「どちらにしても王妃としてはどうかと思います」

「急に正論!」

鉄羅漢は笑っていた。

笑うな……

こっちは王妃になってから、戦う以外の仕事が増え続けてるのよ。

李俊はそんなアタシを放っておいて、鉄羅漢と話を詰め始めた。

島ごとに事情が違い、共濤と古くから付き合いのある者もいれば、ただ李俊を「外から来た王」と警戒している者もいるため、全部を同じ言葉で説得するのは無理だと鉄羅漢は言った。

「俺が先に話す。王太后殿下が健在であること、祭祀も国の仕組みも変えていないこと、それでも疑うなら直接見に来いと言う」

「来させるのか」

「ああ、俺が見て納得した。なら同じものを見せればいい」

李俊は少し考えてから頷いた。

「それでいい」

決まるの早っ。

「待って。こっちは何するの?」

「戻る」

「え?」

「兵を休ませる」

昨日が初陣で、今日は船に乗って青霓島まで来た。

確かに、すぐ次の島へ連れ回す理由はない。

分かってはいるけど、ちょっと気になった。

「……本当に戦わないの?」

孫二娘が吹き出した。

「三娘ォ、寂しそうに言うんじゃないよォ!」

「寂しくない!」

玉楼が何も言わずに微笑んでいる。

そっちの方が腹立つ!

その日のうちに鉄羅漢は使者を出し、翌朝には自分も船を出した。

アタシたちはいったん戻ることになったけど、全部を鉄羅漢に任せきりにもできない。

李俊は童威と童猛に船の手配をさせ、周囲の島から使者が来た時に受け入れられるよう準備を始めた。

玉楼はもっと早かった。

帰る船の上で、もう沈蘭教頭と兵の配置を話している。

「港へ降りる者を増やしすぎない方がよろしいでしょう。帰順の使者が来た際、武装した兵に囲まれたと感じさせます」

「でも警備はいるでしょ?」

「おります。ただし見せ方の問題でございます」

「見せ方?」

「守るための兵と、脅すための兵は、同じ数でも並べ方が違います」

そう言われて、思わず黙った。

また王妃になってから覚えることが増えた。

戦場なら、前に出る兵と後ろを支える兵を考えればいい。

政治になると、立ってる位置だけで意味が変わるらしい。

「王妃、面倒でしょォ」

孫二娘が腰掛けから楽しそうに言う。

「何で分かったのよ?」

「顔に書いてあるからねェ」

最近、みんなアタシの顔を読みすぎじゃない?

帰り着いた翌日、鉄羅漢本人より先に最初の使者がやって来た。

「早くない?」

「鉄羅漢殿が昨夜のうちに使いを走らせたのでございましょう」

玉楼の言う通り、使者は青霓島の東にある島から来た男だった。

年は五十くらいで、武人というより、海と畑を両方知っていそうな日に焼けた顔をしている。

李俊の前へ出ても、すぐには頭を下げなかった。

そこが逆に信用できた。

「一つ、確かめたい」

「言え」

「王太后殿下は、本当に王宮におられるのか?」

「ああ」

「祭祀も以前のままだと、鉄羅漢から聞いた」

「変えていない」

「島へ新しい税を課すつもりは?」

「今はない。必要になれば勝手には決めん。島の事情を聞く」

男はそこで初めて李俊の顔をじっと見つめ、しばらく視線を外さなかった。

アタシだったら途中で「何?」って聞いてるけど、李俊は平気な顔をしている。

やがて男が息を吐いた。

「……鉄羅漢が、妙なことを言っていた」

「何と?」

「『俺より話の通じる王だった』と」

アタシが横を向くと、孫二娘も口元を押さえていた。

李俊だけは普通の顔をしている。

「比較相手が鉄羅漢でいいの?」

小声で聞くと、玉楼が返す。

「今はお黙りくださいませ」

「はい」

使者はその日のうちに島へ戻り、二日後には正式に帰順を申し出てきた。

それを皮切りに、別の島からも人が来た。

鉄羅漢本人が連れてくることもあれば、先に話を聞いた者が自分から船を出してくることもある。

全員がすぐ頭を下げたわけではなく、王太后殿下に会わせろと言う者もいれば、共濤の時に徴発された船の扱いを確認する者もいた。

兵を置くなら何人だ、島の祭りに口を出すのか、港の取り決めは変わるのかと、聞くことも島ごとに違う。

けれど孫二娘は、むしろそれでいいと言った。

「何も聞かずに『従います』って言う方が怖いんだよォ」

「そうなの?」

「怖くても聞けないってことがあるからねェ。質問が出るなら、まだ話せると思ってるってことさァ」

だから李俊も急がせなかった。

玉楼は来た使者の人数や要求を整理し、沈蘭教頭は兵が威圧しないよう配置を変える。

アタシは――

「三娘様はこちらへ」

「何するの?」

「王妃としてお座りくださいませ」

「座るだけ!?」

「勝手に立って使者へ近づかないでくださいませ」

「子ども扱いしてない?」

「しておりません」

「目を見て言って!」

孫二娘が横で腹を抱えて笑っている。

結局、三日間でアタシが刀へ触ったのは一度もなかった。

四日目もなかった。

五日目、遠くの島から三隻の船が見えた時には、今度こそ来たと思った。

「玉楼、兵!」

「使者の旗でございます」

「早い!」

「何がでございますか?」

何でもない……

六日目には、こちらから船を出さなくても、島同士で話が回り始めた。

青霓島が従い、あの鉄羅漢が李俊を認めたという話に、王太后殿下は健在で祭祀も変わらず、国そのものを李俊の名に塗り替えたわけではないという事実までくっついて、話は船より先に島々へ広がった。

それまで様子を見ていた島からも使者が来る。

中には鉄羅漢と顔を合わせるなり、「お前が先に降りるとは思わなかった」と笑う者までいた。

鉄羅漢は怒るかと思ったけど、鼻で笑っただけだった。

「俺も思わなかった」

「じゃあ何で降りた?」

「見たからだ」

短い答えだったが、それで十分だったらしい。

相手の男は李俊を見て、次にアタシたちを見た。

「本当に王妃まで戦場へ出るのか?」

「出るけど?」

「……聞いていた通りだな」

何を聞いたのよ?

鉄羅漢を見ると、目を逸らした。

絶対何か言ったでしょ!

その頃になると、港の空気まで変わっていた。

最初は島から船が入るたび兵が身構えていたのに、今は船影を見れば誰かが迎えの人数を確認し、荷を降ろす場所を空ける。

アタシの兵たちも、戦うためだけじゃなく動けるようになっていて、荷を運ぶ者もいれば、道を空けたり使者を案内したりする者もいる。

初陣の時、怖くて前へ出られなかった女が、今日は迷っている使者へ真っ先に声をかけていた。

孫二娘がそれを見て笑った。

「戦わない日にも兵は育つんだよォ」

「……それ、先に教えてよ」

「自分で見た方が早いだろ?」

そういうところだけ妙に先生っぽいのよ。

玉楼は少し離れた場所で周蓮に何か指示しており、方天画戟を手にしているのに今日は一度も振っていなかった。

アタシの日月双刀も同じで、それがなんだか変な感じだった。

戦わないまま、こっちの方が広がっていく。

敵を倒した時より静かなのに、昨日までこっちを警戒していた人たちが、李俊の話を聞こうとしている。

「こういう勝ち方もあるのね」

呟くと、玉楼が戻ってきた。

「ございます」

「聞いてたの?」

「三娘様は独り言が大きゅうございますので」

「そこは聞こえなかったふりして!」

孫二娘まで笑った。

夕方には、さらに二つの島から帰順の申し出が届いた。

鉄羅漢は明日、最後まで返事を寄越していない島へ向かうという。

「これで終わる?」

アタシが聞くと、李俊は海を見たまま答えた。

「終わらせる」

珍しく言い切った。

その言葉を聞いた瞬間、肩の力が少し抜けた。

共濤を倒しても終わらなかった。

王になっても終わらなかった。

青霓島で兵がぶつかって、それでもまだ続いた。

でも今度こそ、この国の中で戦わなくていいところまで来たのかもしれない。

「三娘ォ」

孫二娘が呼ぶ。

「何?」

「その顔、油断してる時の顔だねェ」

「縁起でもないこと言わないで!」

「言ったそばから来たよォ」

港の方が騒がしくなった。

一隻の舟が、ほとんど帆を畳む暇もなく岸へ寄せられている。

乗っていた男が飛び降り、転びそうになりながら走ってきた。

島からの使者ではない。

服装も、それまで来た者たちとは違っていた。

何より顔色が悪い。

李俊が立つと、玉楼の手も方天画戟へ移り、アタシも反射で腰を上げた。

孫二娘でさえ、さっきまでの笑いを消している。

男は李俊の前まで来ると、息を整える暇もなく膝をついた。

「大陸より急報!」

さっきまで緩んでいた空気が、一瞬で消えた。

李俊が男を見る。

「何があった」

男は顔を上げた。

「宋の天子が、金軍に追われているそうだ」

三娘様は、六日間も日月双刀を抜かれませんでした。

「玉楼ォ、褒めてやりなよォ」

「何をでございますか?」

「六日も我慢できた」

「子どもではございません」

「でも五日目、使者の船見て『兵!』って喜んでたよォ」

……それは存じております。

戦わずとも島々はまとまり、兵たちも別の役目を覚えました。

三娘様も、こういう勝ち方があると分かってくださったようです。

「成長したねェ」

「ええ」

「じゃあ、しばらく平和かねェ?」

そう思ったところへ、舟が一隻。

大陸からの急報でございました。

……孫二娘殿。

「何だい?」

今のは、言ってはいけない台詞だったのではございませんか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。