負けたからではない
青霓島へ着いたら、敵兵が道を空けた。
「三娘ォ、歓迎されてるねェ」
「昨日もそれ言ってたけど、武器持った人たちに挟まれて進むのを歓迎って呼ぶ!?」
「矢が飛んでこないだけ親切じゃないかい?」
「親切の基準が戦場なのよ!」
しかも向こうが通せと言ったのは王だけ。
「李俊一人で行かせるの?」
「行かせるわけないでしょ」
「玉楼も?」
「当然」
「アタイは?」
「……腰掛けごと来る気?」
「ここまで来て留守番は嫌だねェ」
結局、いつもの顔ぶれで敵地へ入ることになった。
さて――
その歓迎、本当に歓迎よね?
「王を、お通しせよ!」
浜に立つ男の声が、入り江へ響いた。
アタシは李俊を見る。
「王だけ?」
「そう聞こえたな」
「駄目。アタシも行く」
「三娘ォ、聞かれる前に決めたねェ」
孫二娘が横から笑う。
「だって王だけ敵地へ入れるとか、どう考えても嫌でしょ!」
玉楼も方天画戟を手にしたまま李俊を見る。
「私も三娘様と参ります」
「ほら!」
「三娘ォ、玉楼が味方についた途端に強気だねェ」
元から強気よ。
李俊は浜に並ぶ兵をしばらく見てから、船縁へ進んだ。
「俺一人なら帰る」
声を張ったわけでもないのに、浜の男には届いたらしい。
しばらく向こうで話し合う気配があり、やがて男が答える。
「王妃と近習も通されよ! 兵は浜で待たれたい!」
「近習?」
アタシが玉楼を見る。
玉楼もこっちを見た。
「私のことでございましょうか」
「副将なんだけど」
「訂正を求めに参りますか?」
「そこまでしなくていい!」
孫二娘が笑った。
「アタイは?」
浜から返事はない。
「聞こえてないんじゃない?」
「三娘ォ、アタイだけ置いてく気かい?」
「いや、無理して来なくても……」
「ここまで来て鉄羅漢の顔見ないで帰れるかねェ」
「鎮西将軍も連れていく」
李俊が浜へ告げると、今度は止める声が返ってこなかった。
結局、李俊、アタシ、玉楼、孫二娘が島へ入り、少数の護衛は浜まで同行することになった。
アタシの兵たちは沈蘭教頭の指揮で船と浜を守る。
昨日までなら、置いていくのがちょっと不安だったかもしれない。
今日は違う。
アタシたちがいなくても、あの人たちは動ける。
それを昨日、自分の目で見た。
浜へ上がると、左右に分かれた兵たちは武器を下げたままだった。
敵意がないわけじゃない。
視線が痛い。
歓迎って、もっとこう、笑顔とか料理とかあるものじゃないの?
「三娘ォ」
「何?」
「歓迎されてるねェ」
「絶対楽しんでるでしょ!」
孫二娘は笑ったが、すぐに周囲へ目を向けた。
浜から少し離れた家々の陰にも、人がいる。
老人や女、子どもまでこっちを見ていた。
兵とは違う。
怒っているというより、怖がっているように見える。
「島の人まで敵ってわけじゃなさそうね」
「昨日アタイが言っただろォ」
「分かってるって」
鉄羅漢と島の民は同じじゃない。
こっちが兵を連れて上がれば、向こうから見ればアタシたちこそ侵入者だ。
それを考えると、日月双刀へ伸びかけていた手を少しだけ下ろせた。
道は島の奥へ続いていた。
切り立った岩の間を抜け、木々の中へ入ると、その先に石を積んだ広場がある。
中央に男が一人立っていた。
大きい。
魯智深ほどではないと思うけど、肩幅が広く、腕も太い。
派手な鎧を着ているわけでもないのに、周りの兵が自然に距離を取っている。
あれが鉄羅漢。
名前負けしてない。
鉄羅漢は李俊を見た。
次にアタシ。
玉楼。
最後に腰掛けに座った孫二娘を見て、少し眉を動かした。
「王妃と近習までは通せと言ったが」
視線が孫二娘で止まる。
「そちらは?」
「鎮西将軍だ」
鉄羅漢の眉がさらに上がった。
「将軍?」
「悪いかい?」
「いや」
ちょっと面白そうな顔した。
孫二娘も気づいたらしい。
「何だい?」
「戦場へ腰掛けを持ち込む将軍は初めて見た」
「アタイも好きで持ち込んでるんじゃないよォ!」
いきなりそこからなの?
鉄羅漢は一度だけ笑ったが、すぐに李俊へ向き直った。
「共濤を討ったそうだな」
「ああ」
「そして、そのまま王になった」
李俊は答えなかった。
鉄羅漢の目が細くなる。
「外から来た者が前の王を倒し、その席へ座った。それを俺に認めろと言うのか」
やっぱり、そこだった。
共濤を倒し、そのまま李俊が王になった――鉄羅漢からは、そう見えている。
「違う」
李俊が言った。
鉄羅漢の眉が動く。
「何がだ」
「共濤を討ったから王になったわけじゃない」
「では何故、王座へ座った」
「請われた」
鉄羅漢が黙る。
「誰にだ」
「王太后殿下と、この国の民にだ」
さっきまで少し退屈そうだった鉄羅漢の顔から、初めて表情が消えた。
「王太后殿下が?」
「ああ」
「馬賽真王の母君が、自らお前を?」
「そうだ」
鉄羅漢はしばらく李俊を見ていた。
嘘を探しているみたいだった。
「それで新しい王朝を立てたというわけか」
「立てていない」
今度は鉄羅漢がはっきり顔を上げた。
「何?」
「国はそのままだ」
「国号は」
「変えていない」
「王太后殿下は」
「王宮におられる」
「祭祀はどうした」
「馬賽真王まで行われていたものを、そのまま続けている」
鉄羅漢が黙った。
周囲の兵たちまで静かになる。
風が木の葉を揺らす音だけが聞こえた。
アタシは李俊を見る。
こうして一つずつ聞かれると、本当に何も新しくしてない。
王が李俊になって、アタシが王妃になっただけ。
「つまりね」
口を挟むと、李俊がこっちを見る。
「三娘」
「まだ何も言ってない!」
「言う顔をしている」
最近みんな顔を読むの早くない?
鉄羅漢がアタシを見る。
「何だ、王妃」
「李俊が『今日からここは俺の国!』ってやったわけじゃないのよ」
「三娘」
「分かりやすいでしょ!」
鉄羅漢が一瞬だけ目を丸くした。
玉楼が静かに口を挟む。
「言い方には問題がございますが、内容に誤りはございません」
「玉楼まで!?」
「褒めたのよ!」
孫二娘が肩を揺らしている。
鉄羅漢まで笑いをこらえてるじゃない。
何でアタシが笑われる側なのよ。
「王太后殿下もいらっしゃるし、祭祀も変えてない。この国の人たちが続けてきたものを、李俊が勝手に壊したことなんてないわよ」
鉄羅漢の笑いが消えた。
「では、お前たちはこの国を奪ったのではないと?」
「だから最初からそう言ってるでしょ」
「三娘様、李俊様がおっしゃいました」
「アタシも今言った!」
鉄羅漢は答えず、今度は孫二娘を見る。
「お前も同じことを言うか」
「アタイ?」
「ああ」
孫二娘は少し考えた。
「アタイは王様の正統性なんて難しい話は専門外だけどねェ」
「では何を見る?」
「人だよォ」
孫二娘は道の向こうにいる島民へ視線を向けた。
「王が替わったからって、祭りも暮らしも全部替えろなんて言われたら、人はついていけないだろォ。でも、今のところ李俊はそういうことをしてない」
「……なるほど」
「それにさァ」
孫二娘が鉄羅漢を見る。
「昨日あんたの兵が攻めてきた時だって、三娘は島の人間まで敵だなんて言ってないよォ」
アタシを見るな。
ちょっと照れるじゃない。
鉄羅漢は再び李俊へ向き直った。
「俺は、お前が共濤の代わりに座っただけの男だと思っていた」
「そう見えたなら仕方ない」
李俊は言い訳をしなかった。
鉄羅漢の方が困った顔をした。
「腹が立たんのか」
「お前が何を思うかまで命じる気はない」
「俺は兵まで出した」
「出したな」
「浜も焼いた」
「焼いた」
「……もう少し怒れ」
「怒っている」
分かりづらい!
アタシが横を見ると、李俊はいつもの顔だった。
鉄羅漢も同じことを思ったらしく、しばらく李俊を見てから、急に大きな声で笑った。
「なるほど。分かりにくい王だ」
「よく言われる」
誰に?
あとで聞こう。
鉄羅漢は腰に差していた刀を抜いた。
玉楼がすぐ前へ出る。
アタシも日月双刀へ手を掛けた。
けれど、鉄羅漢は刃をこちらへ向けなかった。
地面へ置いた。
そして膝をつく。
「俺は、お前に負けたから頭を下げるのではない」
李俊は何も言わない。
「共濤を討った者が、そのまま国を奪ったと思った。だから俺はあの旗を上げた」
鉄羅漢は自分が置いた刀を見た。
「だが違った」
ゆっくり顔を上げる。
「王太后殿下と民に請われ、馬賽真王までの祭祀も国の形も残しているというなら、俺が刃を向ける理由はない」
そこで一度言葉を切った。
「いや、それでは足りんな」
鉄羅漢が頭を下げる。
「青霓島、鉄羅漢。これより我が意志で王陛下にお仕えする」
周囲の兵たちがざわめいた。
でも反発する声は出なかった。
一人、また一人と武器を下ろしていく。
李俊は鉄羅漢の前へ進んだ。
「立て」
「お許しいただけるか?」
「浜を焼いたことは償ってもらう。だが、島まで焼く気はない」
鉄羅漢が立ち上がる。
その顔は、さっきまでと違っていた。
敵を見る顔じゃない。
「まだ終わっていない」
李俊が言う。
「分かっている」
鉄羅漢は海の方を見た。
「俺だけが疑っていたわけではない。周りの島にも、お前を共濤の後釜だと思っている者がいる」
「また全部回るの?」
思わず聞くと、鉄羅漢がこっちを見る。
「王妃殿は戦いたいのか?」
「できればもう戦わず終わらせたい!」
「なら話は早い」
鉄羅漢が笑った。
「俺も最初は疑った。兵まで出した。だからこそ、俺の言葉なら聞く奴がいる」
李俊が鉄羅漢を見る。
「何をする」
鉄羅漢は海の向こうへ目を向けた。
「今度は、俺が島々を回る」
鉄羅漢殿は、李俊様に敗れたからではなく、ご自身の意志で臣従なさいました。
ひとまず刃を交えずに済み、何よりでございます。
「玉楼ォ、さっき近習って呼ばれてたねェ」
「聞こえておりました」
「副将なのに?」
「聞こえておりました」
「気にしてる?」
「まったく」
孫二娘殿が笑っております。
何がおかしいのでございましょう?
それより鉄羅漢殿は、今度は自ら周囲の島々を回るとのこと。
「三娘、喜ぶだろうねェ?」
「戦わずに済みますから」
「いやァ、『全部回らなくていい!』って方を」
……確かに、そちらの方が先に出そうでございます。




