女がどうしたって?
敵がもう浜へ上がったらしい。
「三娘ォ、今度こそ突っ込めるねェ?」
「その言い方やめて! アタシだって状況くらい見るから!」
「昨日、罠だって分かって止まれたもんねェ」
「でしょ? 成長したのよ!」
孫二娘が少し考え込んだ。
「じゃあ今日は、三百人を置いて先に行ったりしないんだねェ?」
「しないって!」
「玉楼に止められたりも?」
「たぶん!」
「今『たぶん』って言ったよォ?」
うるさい……
でも今回は、昨日まで候補だった三百人の初陣でもある。
アタシだけ勝てばいい戦じゃない。
「三娘ォ」
「何?」
「その顔、もう戦う気満々だよォ?」
……だって敵、待ってくれないじゃない。
「敵は、もう浜へ上がっています!」
報告を聞いた瞬間、船の上の空気が変わった。
さっきまで沖の三隻を見ていた兵たちが一斉に南へ顔を向ける。
遠くに見える浜には薄い煙が漂い、その向こうで人影らしきものが動いていた。
李俊が伝令へ問い返す。
「数は?」
「およそ二百! 見張り所を落とし、浜の舟を焼いております!」
敵は二百、こっちは三百だから、人数だけならこちらが上回っている。
ただし、アタシの兵になったばかりの女たちには、本物の戦場が初めての者も多い。
「三娘」
李俊がこっちを見る。
「分かってる。勝手に飛び降りない」
「そこまでは言っていない」
「言いそうな顔した!」
後ろで孫二娘が笑った。
「三娘ォ、成長を先回りして主張するようになったねェ?」
「褒めてる?」
「半分くらいはねェ」
残り半分は何なのよ。
玉楼はもう笑っていなかった。
方天画戟を短く持ち、南の浜と三百人を交互に確かめている。
「三娘様、先頭の船から順に着けます。全員を同時に降ろしますと浜が詰まりますので、十人組を崩さず、前の組が場所を空けてから次を上げます」
「分かった。アタシと玉楼が先に降りる」
「はい」
「沈蘭!」
呼ぶと、別の船から声が返った。
「こちらに!」
「後ろの組お願い!」
「承知!」
昨日までなら、ここでアタシが先に行って玉楼が追いかけてきた。
でも今日は違う。
前へ出ること自体は変えないけれど、後ろに三百人いる以上、どこまで行くかはアタシ一人の問題じゃない。
……こういうことを考えるようになっただけでも、ものすごい成長じゃない?
「三娘様」
「何?」
「顔に出ております」
「何が!?」
「ご自分を褒めておられました」
何で分かるのよ!
船底が砂を擦り、童威の声が飛んだ。
船が浜へ寄せられる。
「今だ!」
アタシは船縁を越え、浅い水へ足を入れると、そのまま浜へ駆け上がった。
横では玉楼も降りてくる。
方天画戟の石突が砂を蹴り、ほとんど同時に並んだ。
前方では敵兵がこちらに気づいていた。
「来たぞ!」
「王の兵だ!」
弓が上がる。
「玉楼!」
「はい!」
アタシは左へ走り、玉楼は右へ出た。
矢が飛ぶより先に距離を詰め、最初の一人の槍を日月双刀で外へ弾く。
体勢を崩したところへ柄を叩き込み、その横から来た刃はもう片方の刀で受け流した。
玉楼の方では、方天画戟が横薙ぎに走る。
ただし敵を斬るためではなく、まとめて押し返して後ろに場所を作るためだ。
三人ほどが砂の上で足を乱し、その隙に最初の十人が船から上がってくる。
「ここまで!」
玉楼の声が飛んだ。
兵たちはアタシを追ってこなかった。
玉楼の示した場所で止まり、盾を持つ者が前へ出る。
その後ろへ槍を持つ者が入り、さらに次の十人が浜へ降りられるよう道を空けていく。
訓練の時よりずっと怖いはずなのに、ちゃんと動けてる。
「三娘様、前を!」
「分かってる!」
見とれている場合じゃなかった。
敵兵が二人、こっちへ来る。
片方の槍を潜って懐へ入り、もう片方の腕を刀の背で打った。
殺せるところまで踏み込んだけれど、今は浜を取り返すのが先だ。
倒れた相手を跨いで、さらに前へ出る。
その時、背後で悲鳴が上がった。
振り向きかける。
「三娘様!」
玉楼の声で止まった。
見ると、敵の矢を受けた女が砂の上へ倒れている。
周蓮が反射的に駆け出した。
……と思った。
けれど、二歩で止まる。
「二人、負傷者を後ろへ! 残りはここを空けないで!」
近くの二人がすぐに動き、周蓮自身は負傷者のところへ行かず、前を向いたまま槍を構えた。
以前なら、たぶん自分で助けに走っていた。
「やるじゃない」
思わず口から出た。
「三娘様」
「今度は何!?」
「敵が参ります」
「分かってるって!」
玉楼の方天画戟がアタシの目の前を通り、横から斬り込もうとしていた男の槍を絡め取って砂へ落とした。
「危なっ!」
「ですから前を」
「今見た!」
「今では遅うございます」
悔しいけど反論できない。
アタシが前へ食い込めば敵はその分だけこちらへ集まり、玉楼は空いたところへ三百人を入れていく。
逆に敵がアタシを避けて横へ抜けようとすれば、今度は玉楼が止めた。
昨日は互いの癖を読み合って殴り合ったのに、今日はその癖を知っていることが、そのまま味方としての強さになっている。
やっぱり敵より味方の方がいい。
ものすごく……
「三娘ォ!」
孫二娘の声が後ろから飛んできた。
輿では浜へ出られないので、船を降りてからは腰掛けごと運ばせている。
本人はそこから戦場全体を見ていた。
「右の組、下がらせなァ!」
見ると、右端の十人は敵を押しているように見えたけれど、その後ろの組との間が開き始めていた。
「玉楼!」
「見えております!」
玉楼が方天画戟を振り上げる。
「右端、追わないでくださいませ! 二歩戻って列を合わせなさい!」
兵たちが止まり、その直後に岩陰へ伏せていた敵兵が飛び出した。
もし追っていたら、横からまともに食われていた。
「うわ……」
孫二娘が先に気づかなかったら危なかった。
「三娘ォ、前だけ見てるとまた怒られるよォ!」
「今ちゃんと見たでしょ!」
「アタイに言われた後でねェ!」
戦場でまで採点しないでほしい。
でも、その声が聞こえるだけで妙に安心する。
アタシと玉楼が前を見るなら、孫二娘はその外を見る。
三人とも同じところばかり見ていたら、たぶん今の伏兵には気づかなかった。
敵の前衛が崩れ始めた。
こちらが初陣の兵だと分かっていたのかもしれない。
アタシと玉楼だけならともかく、その後ろの三百人まではまともに動かないと踏んでいたように見える。
実際、完璧には程遠く、足が止まる人もいれば、怖くて声が出ない人もいる。
船酔いのまま浜へ降りた人なんて敵より顔色が悪かったけれど、それでも十人の組へ戻れば動けた。
沈蘭が後ろから声を飛ばした。
「前へ出すぎない! 倒れた者を踏まない! 組を崩さないでください!」
教頭の声は訓練場と変わらず、それが今はありがたかった。
敵将らしい男が怒鳴る。
「退くな! 相手は女だぞ!」
……はい?
足が止まった。
玉楼も止まった。
たぶん、同じことを考えた。
「玉楼」
「はい」
「今の聞いた?」
「聞こえました」
孫二娘の声まで後ろから飛んでくる。
「三娘ォ、顔が怖いよォ!」
「だって今、ものすごく余計なこと言われた!」
「玉楼もだよォ!」
隣を見ると、玉楼はいつも通りの顔をしている。
ただし、方天画戟の握りだけが変わっていた。
「玉楼?」
「三娘様」
「何?」
「あの方が敵将でよろしいでしょうか?」
「たぶんね」
「では、参りましょう」
怖っ。
でも賛成。
アタシたちは同時に走った。
敵将の前へ兵が集まる。
アタシが先に左側を崩し、玉楼が右から槍を払い、その間にできた隙間へ二人で入り込んだ。
敵将が大刀を振り上げる。
遅い。
一歩潜って腕を押さえ、日月双刀の片方を喉元へ突きつけた。
ほぼ同時に、玉楼の方天画戟が男の足元へ落ちる。
「武器を捨てて」
男が固まった。
「女がどうしたって?」
「三娘様」
「何?」
「降伏を受け入れる前に煽らないでくださいませ」
「だって!」
後ろで孫二娘が笑っている。
敵将が大刀を落とすと、それを見た残りの兵も次々に武器を捨て始めた。
浜を取り戻したのは、日が傾くよりずっと前だった。
こちらにも死傷者は出たし、初陣だからといって何もかもうまくいったわけじゃない。
それでも三百人は逃げず、誰かが倒れれば運ぶ者がいて、列が崩れれば戻す者がいた。
怖くて前へ出られない者も、その場でできることを探して動き、昨日まで候補だった人たちは、もう誰かに言われるのを待たず、自分で役目を考えられるようになっていた。
捕らえた敵将は砂の上に座らされ、その前へ李俊が立った。
「鉄羅漢の命令か」
男はしばらく黙っていたが、やがて口元を歪めた。
「今日は浜を見せただけだ」
「負け惜しみ?」
思わず言うと、玉楼が袖を引いた。
「三娘様」
「分かってる。黙る」
男はアタシを一度見てから、李俊へ視線を戻した。
「王を名乗るなら、来ればいい」
李俊の目が細くなる。
「どこへだ」
男は血の混じった唾を砂へ吐いた。
「青霓島へ」
海の向こうで、共濤の旧旗を掲げた船はもう見えなくなっていた。
けれど、行き先は分かった。
敵将が笑う。
「鉄羅漢様は青霓島で待っている」
三百名の初陣は、何とか勝利で終えることができました。
「玉楼ォ、あの敵将、余計なこと言ったねェ?」
「何のことでございましょう?」
「『相手は女だぞ』ってやつだよォ」
……よく覚えておいでです。
「三娘と玉楼、同時に止まってたじゃないかい」
「偶然でございます」
「そのあと同時に走ってたけど?」
「必要な行動でございました」
孫二娘殿が笑いました。
「はいはい、そういうことにしとくよォ」
それより問題は、この先でございます。
捕らえた敵将は、青霓島へ来いと申しました。
「玉楼ォ、三娘もう行く顔してたよォ?」
「存じております」
……私も、方天画戟の手入れをしておきましょう。




