↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
185/210

二人を追うな

孫二娘が、アタシと玉楼を交互に見ていた。

「三娘、今度は玉楼も一緒なんだってねェ?」

「そうよ。これなら楽になるでしょ」

「誰が?」

「アタシが」

孫二娘が吹き出した。

「近衛の話をしてるんだよォ!」

「玉楼がいれば何とかなるって」

「それ、三娘がもっと遠慮なく突っ込めるって意味じゃないかい?」

失礼な……

横を見ると、玉楼が方天画戟を持って立っている。

「ほら、並ぶと格好いいでしょ?」

孫二娘はしばらく眺めてから頷いた。

「黙ってればねェ」

「一言多い!」

「でも近衛は大変だよォ。三娘を見たら玉楼が消えて、玉楼を見たら三娘が消えるんだろ?」

「消えないわよ!」

孫二娘が笑った。

「じゃあ三百人、今日は何を追えばいいんだろうねェ?」

……それ、アタシも知らない。

「次は、私も参ります」

玉楼がそう言って、方天画戟を持ったままアタシの隣へ来た。

さっきまで地面に座り込んでいた近衛候補たちが、一斉にこっちを見る。

分かる。

アタシだって逆の立場なら見る。

片方は日月双刀を持った王妃。

もう片方は方天画戟を持った近衛軍の責任者。

しかも玉楼は、沈蘭教頭の槍を片手で押さえ込んだ女だ。

それが二人並んで、これから自分たちの前を走ると言っている。

「……何か、すごいねェ」

輿の上から孫二娘が呟いた。

「何が?」

「いやァ、三娘と玉楼が並ぶとさァ……後ろから光でも差してるように見えるよォ」

「何それ」

振り返ると、本当に午後の日が玉楼の背後から差していた。

アタシの肩にも光が掛かっている。

近衛候補たちが、妙に神妙な顔でこっちを見ていた。

「ちょっと玉楼」

「はい」

「何かアタシたち、すごく偉そうに見えてない?」

「王妃陛下でございますので、三娘様は実際にお偉うございます」

「そういう意味じゃない!」

孫二娘が吹き出した。

「いいじゃないか。二人とも黙って立ってりゃ絵になるよォ」

「黙って立ってりゃって何よ!」

「動いたら大変だからねェ」

近衛候補の何人かが小さく頷いた。

見えたわよ。

「そこ! 納得しない!」

慌てて顔を逸らされた。

玉楼だけは何事もなかったように方天画戟の石突きを地面へ置く。

「先ほどと同じく、旗までお進みくださいませ」

「今度は玉楼も一緒に?」

「はい、ただし私は候補たちへ指示を出しません」

周囲がざわめいた。

「私がどこへ動いたからといって、それを正解と思わぬように。近衛が守るべきは三娘様であり、三娘様が守ろうとなさるものでございます」

「玉楼についてけば正解ってわけじゃないのね」

「左様でございます」

なるほど、今度は答えまで動き回るらしい。

「三娘ァ」

孫二娘が笑っている。

「何?」

「今回は玉楼がいるから、ちょっとはおとなしくなるかい?」

「何でよ。玉楼がいるなら余計に行けるでしょ」

また孫二娘が黙った。

何よ……

その反応、さっきも見たわよ。

沈蘭教頭が訓練場の端へ移動し、手を上げた。

候補たちが立ち上がる。

まだ疲れが残っている人もいる。

それでも今度は、さっきのように全員がアタシだけを見てはいなかった。

前後の仲間を確かめ、自分の組がどこにいるか声を掛け合っている。

少しは違う。

「始め!」

沈蘭の声が飛んだ。

地面を蹴る。

玉楼も同時に動いた。

「えっ!?」

驚いた声は、アタシじゃない。

後ろの候補たちだ。

たぶん玉楼が思ったより速かったんだろう。

アタシの横へぴたりとついてくる。

「玉楼、やる気ね!」

「いつも通りでございます」

「それ便利な言葉になってない!?」

返事の代わりに、玉楼が前を指した。

木柵だ。

さっきと同じなら飛べる。

アタシは迷わず踏み切った。

ところが玉楼は飛ばない。

方天画戟を横へ倒し、木柵の脇に積まれていた桶を石突きで押し退けた。

そのまま開いた場所を走り抜ける。

後ろの候補が割れた。

何人かはアタシを追って木柵を越え、別の者は玉楼が作った道へ流れる。

「なるほど!」

「三娘様、前を」

「はいはい!」

今度は言われる前に顔を戻す。

目の前で荷車が傾いた。

横にいた女官役の二人が悲鳴を上げる。

アタシはそっちへ向かった。

けれど玉楼は来ない。

「玉楼!?」

返事もなく、右へ走っていく。

後ろから候補たちの足音が乱れた。

「玉楼様が右へ!」

「王妃陛下は左です!」

「どちらへ!?」

だから玉楼を正解にするなって言われたばっかりでしょ!

そう思いながら女官役へ駆け寄る。

倒れかけた荷車の柄を掴み、二人が抜けられるだけ持ち上げた。

「早く!」

「はい!」

二人が逃げる。

その向こうで、今度は別の音がした。

玉楼が走った先だ。

積まれていた木箱が崩れ、避難役の進路を塞ごうとしていた。

方天画戟の柄が箱の下へ入る。

玉楼が押し上げると、倒れかけていた箱が横へずれた。

その隙間を三人の女が抜ける。

ああ、そういうことか。

アタシは目の前の危険へ行った。

玉楼は、そのせいで次に詰まりそうな場所へ行った。

同じところへ二人で行く必要はない。

だけど後ろはそう簡単じゃない。

「王妃陛下へ半数!」

声が上がった。

「残りは避難路を!」

今度は誰かが決めた。

全部がこっちへ来ない。

玉楼だけを追う者もいない。

いいじゃない。

荷車を離し、また旗へ向かう。

玉楼も別方向から戻ってきた。

走りながら目が合う。

何も言わない。

それでも次にどちらへ行くか、何となく分かる。

正面に縄。

左に木柵。

右には盾を持った避難役が固まっている。

「アタシ左!」

「では、私は右へ」

言った瞬間に分かれた。

木柵へ向かい、双刀を鞘ごと差し込んで横木を跳ね上げる。

後ろから来た候補が開いた隙間へ入り、そのまま通路を広げていく。

右では玉楼が避難役を前へ出し、自分は最後尾についた。

さっきなら三百人が二つに割れて大混乱だったはずなのに、今度は違った。

「第一組、王妃陛下へ!」

「第四組は玉楼様のところへ行かなくていい! 避難する方を先へ!」

「後ろ、詰まっています!」

声があちこちから飛ぶ。

その中に、聞き覚えのない声があった。

少し震えている。

振り返ると、さっきの訓練で途中から動けなくなっていた女だった。

今度も先頭にはいない。

一番後ろに近い場所で、前へ出ようともしていなかった。

その代わり、後ろから来る候補へ道を示している。

「こちらは塞がっています! 右へ回ってください!」

声は大きくない。

でも届いている。

輿の方を見ると、孫二娘も気づいていた。

目が合うと、あの人は指を一本立てて笑った。

見つけた、って顔だ。

走れないくせに、そういうのだけは本当に見逃さない。

いや。

走れないから見えてるのかもしれない。

「三娘様!」

玉楼の声。

「何!?」

「前でございます!」

また!?

慌てて向き直る。

今度は桶じゃない。

人が横切った。

避難役が五人、アタシたちの進路へ飛び出してくる。

止まれば後ろが詰まる。

避ければ隊列が割れる。

どうする。

考えた瞬間、玉楼が前へ出た。

方天画戟を横に構える。

でも振らない。

長い柄を使って五人の前に線を作り、進む方向を変えた。

「こちらへ」

女たちが横へ流れる。

空いた正面へアタシが飛び込む。

「行くわよ!」

「はい」

そのまま二人で走った。

今度は玉楼が少し後ろ。

次の瞬間には横。

障害が出れば離れ、なくなれば戻ってくる。

アタシが前へ穴を開ければ玉楼が道を整え、玉楼が人を流せばアタシがその先を走る。

いつもやってきたことだ。

戦場でもそうだった。

わざわざ相談したことなんてない。

なのに候補たちから見ると、それが一番困るらしい。

「また分かれました!」

「今度は戻りました!」

「王妃陛下が速い!」

「玉楼様も速い!」

「実況しなくていいから追って!」

思わず叫んだら、輿の上から笑い声が飛んできた。

「三娘ァ! それ答え教えてないかい?」

「これはいいでしょ!」

「玉楼に怒られるよォ!」

横を見る。

玉楼が走りながらこちらを見た。

「今回は目をつぶります」

「そこは見逃して!」

旗が見えてきた。

今度は根元に誰もいない。

その代わり、旗の手前に避難役が固まっていた。

十人以上いる。

しかも一人が倒れ、二人がそばへしゃがみ込んでいる。

その向こうには旗。

アタシが一歩そちらへ向く。

玉楼も動いた。

同じ方向へ。

珍しい。

二人並んで避難役へ近づく。

候補たちも来る。

でも全員じゃない。

「王妃陛下の左右を空けて!」

「負傷者は三人で!」

「後ろから来る方を止めないで!」

人が割れた。

道が開く。

アタシと玉楼は、その真ん中を進んだ。

横を見ると玉楼もこっちを見た。

日が正面から差していた。

さっき孫二娘が後光だなんて言ってたけど、今度は本当に眩しい。

「玉楼」

「はい」

「何か今、すごく格好よくない?」

「訓練中でございます」

「ちょっとくらい乗ってよ!」

後ろから孫二娘の声が飛んできた。

「二人とも黙ってりゃ格好いいよォ!」

「聞こえてるわよ!」

候補たちの何人かが笑った。

笑いながら、それでも足は止めていない。

避難役を運ぶ者がいる。

後ろを向いて道を確かめる者もいる。

アタシたちのすぐそばにいるのは十人もいなかった。

それでいい。

旗の前まで来る。

今度は玉楼と並んだまま手を伸ばした。

「到着!」

沈蘭の拍板が鳴った。

候補たちが次々に足を止める。

その場へ座り込む人もいた。

でも前回みたいに、三百人全部が同じ場所へ集まってはいない。

最後まで避難役についている組があり、倒れた役のそばにも人が残っている。

後方では、さっき声を出していた女がまだ道を空けていた。

輿が近づいてきた。

「今度は良かったんじゃないかい?」

孫二娘が嬉しそうに言う。

玉楼は訓練場を見回した。

「先ほどよりは」

「厳しいねェ」

「まだ二度目でございますので」

アタシは旗の横で日月双刀を下ろした。

「でも、ちゃんと二人についてきたじゃない」

「いいえ」

玉楼が首を振る。

「私どもについてきたのではございません」

それから、負傷者役を運んでいる候補を見る。

「見るべきものが増えても、自分たちで分かれられるようになったのでございます」

そう言われると、ちょっと嬉しい。

アタシが突っ込んでも、玉楼が別の方向へ走っても、それだけで全員が引っ張られなくなった。

三百人が一つの塊じゃなくなってきた。

「じゃあ、今度こそ終わり?」

聞いた瞬間、孫二娘がこっちを見た。

玉楼も黙った。

何よ。

またその顔。

「もう十分でしょ! 三百人でアタシを追って、次は玉楼まで入れたんだから!」

「三娘ァ」

孫二娘が訓練場の端を指した。

「まだ一人、やる気みたいだよォ」

見る。

沈蘭教頭がいた。

いつの間にか、拍板を別の女へ渡している。

そして壁際へ立て掛けてあった槍を手に取った。

嫌な予感しかしない。

「……教頭も走るの?」

沈蘭はこちらへ歩いてくる。

「いいえ」

槍の穂先が、訓練場の中央へ向いた。

候補たちの顔から、ようやく戻りかけていた余裕が消えた。

沈蘭教頭は槍を構えた。

「私は敵役でございます」

玉楼でございます。

孫二娘殿が、槍を構えた沈蘭教頭を見て笑っておられました。

「玉楼、次は敵まで出るんだねェ?」

「はい、近衛でございますので」

「三娘と玉楼を追いながら、沈蘭とも戦う?」

「追う必要はございません」

「じゃあ三娘が勝手に敵へ突っ込んだら?」

「追わねばなりません」

孫二娘殿が首を傾げます。

「玉楼が別の敵を見つけたら?」

「そちらも見ねばなりません」

「……近衛って大変だねェ」

今さらでございます。

その時、三娘様が沈蘭教頭へ日月双刀を向けました。

「敵役なら、倒していいのよね?」

孫二娘殿と顔を見合わせます。

どうやら次は、近衛より先に三娘様を止める必要がありそうでございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。