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帰路の拾得編

都を出た。

それだけのこと。

何も変わっていない。

変わるはずもない。

そう思っていた。

帰るだけの道。

終わったはずの話。

拾ったのは、ただの一人。

それで終わるはずだった。

けれど、終わらない。

何かが、まだ残っている。

見えていないだけで。

触れていないだけで。

――帰るだけのはずだった。

次の店に入る。

外の喧騒が少し遠くなる。

灯りが柔らかい。

席に着く。

孫二娘が周りを見回す。

「さっきより落ち着いてるねぇ」

玉楼が頷く。

「人も、少し穏やかです」

アタシは卓に手を置く。

木の感触。

少しだけ安心する。

玉楼は背筋を崩さない。

孫二娘が笑う。

「アンタ、ほんと固いねぇ」

玉楼は静かに返す。

「癖です」

アタシは横目で見る。

「癖で済むの?」

玉楼が少しだけ、こちらを見る。

「すみません」

孫二娘が吹き出す。

「素直だねぇ」

料理が運ばれる。

湯気が立ち、香りが漂う。

アタシは箸を取る。

一口。

止まる。

「……違う」

玉楼が見る。

「何がですか」

少し考える。

「味が、軽い」

孫二娘が首を傾げる。

「軽い?」

言葉を探す。

「何か抜ける感じ」

それ以上は出ない。

玉楼が小さく頷く。

「都の味、ですね」

孫二娘が笑う。

「難しいこと言うねぇ」

アタシはもう一口食べる。

今度は止まらない。

三人で食べる。

アタシたちのところだけ、少しだけ賑やかだ。


孫二娘が箸を止める。

「でさ」

「さっきの話、本当に何もないのかい」

アタシは吹き出す。

「ないって言ってるでしょ!!!」

孫二娘が笑う。

「つまんないねぇ」

玉楼が一瞬だけ手を止める。

アタシはそれを見る。

何も言わない。

孫二娘が肩をすくめる。

「ま、いいさ」

もう一口。

「今は食べな」

アタシは頷く。

玉楼も頷く。

三人で食べる。

言葉は少ない。

それでも、途切れない。

外の音が少し戻る。

店の中の灯りが、少しだけ落ち着く。

食べ終わり、席を立つ。

外に出ると、夜になり、灯りが増えている。

人は減らない。

少しだけ、息を漏らす。

「……いいわね」

誰にでもない。

二人は何も言わない。

三人で並ぶ。

人の流れの中。

たまには、こんな夜も悪くない……


宿に入る。

外の音が扉で切れる。

灯りは低い。

人の気配はある。

三人で部屋に入る。

扉が閉まる。

少しだけ、静かになる。

孫二娘が腰を下ろす。

「さすがに歩いたねぇ」

軽く肩を回す。

玉楼は扉に近い位置に立つ。

背を預けない。

いつもの距離。

アタシはそのまま座る。

靴を脱ぐ。

足が軽い。

「……楽しかった」

孫二娘が笑う。

「顔に出てるよ」

玉楼がこちらを見る。

「問題はありませんでした」

アタシは頷く。

「ないわね」

少しだけ、間が空く。

玉楼が視線を外す。

言いかけて、やめる。

何も言わない。

アタシはそれを見る。

聞かない。

聞かなくていい。

外の音が、遠くにある。

三人とも動かない。

それでも、重くはない。

「明日、どうする?」

孫二娘が振る。

アタシは少しだけ考える。

「……帰りたくないわね」

玉楼が頷く。

孫二娘が笑う。

「いいねぇ」

灯りが揺れる。

夜が深くなる。


朝の光が差し込む。

外の音が、少し早い。

アタシは目を開ける。

体を起こす。

静かだ。

玉楼がもう起きている。

扉の近く。

いつもの位置。

視線だけが動く。

「問題はありません」

アタシは頷く。

「そう」

孫二娘はまだ寝ている。

横になったまま、動かない。

一瞬だけ見る。

「起こす?」

玉楼が首を振る。

「もう少しで起きます」

その通りだった。

孫二娘が身を返す。

「……聞こえてるよ」

目は閉じたまま。

アタシは少しだけ笑う。

外の音が入ってくる。

「出る?」

孫二娘が片目を開ける。

「いいねぇ」

玉楼が頷く。

三人とも動き始める。


外に出ると、日の光が強い。

人の流れは、もう出来ている。

馬の手綱を取り、三人で並ぶ。

城門が見える。

出る側に回る。

守備兵に通行証を見せる。

「通れ」

一礼する。

外へ抜ける。

空気が変わる。

都の外だ。

孫二娘が息を吐く。

「早かったねぇ」

アタシは前を見る。

「十分よ」

玉楼が頷く。

手綱を引き、向きを変える。

来た道へ。

振り返らない。

振り返らなくていい。

三人で駆ける。

風が当たる。

音が変わる。

帰路へ。


都の匂いが、少しずつ薄れ、土の匂いに戻る。

馬の足音だけが続く。

三人で並ぶ。

間は変わらない。

言葉はない。

前に、影が出る。

影は動かない。

玉楼が先に気付く。

「……止まってください」

手綱を引き、馬を止める。

孫二娘が目を細める。

「道の真ん中かい」

風が止まる。

「来るねぇ」

孫二娘が笑う。

アタシは前を見る。

間合いを測る。

「……いくわ」

手綱を締め、馬を一歩出す。


間合いを詰める。

影が、わずかに揺れる。

そこで止める。

一拍。

息を入れる。

「――梁山泊」

間を置かない。

「一丈青、扈三娘」

そこで、横から入る。

「同じく梁山泊」

孫二娘が笑う。

「母夜叉、孫二娘だ」

「……っ」

玉楼は動かない。

視線だけが前にある。

アタシは一歩、詰める。

影が揺れる。

逃げられる距離じゃない。


影が一歩、下がる。

アタシは止めず、そのまま踏み込む。

間合いを潰す。

「動くな」

刃を喉元に当てる。

後ろで音がする。

孫二娘が回り込み、退路を断つ。

玉楼は外を押さえる。

「……っ」

息が詰まる。

武器がわずかに下がる。

「武器を置いて」

刃が落ちる。

「……まさか」

「扈三娘に……孫二娘だと……」

アタシは刃を動かさない。

「いいわ」

「命までは取らない」

息が戻る。

だが、動けない。

「話は聞いてあげる」


間は崩さない。

刃はそのまま。

「どこから来た」

賊が息を整える。

「……西だ」

アタシは動かない。

「どこの」

視線が揺れる。

「……朱家の外れだ」

「何を運んでた」

間を置かない。

賊が迷い、目が横に流れる。

孫二娘が笑う。

「見ちゃいけない方を見るねぇ」

賊が吐き出す。

「……女だ」

玉楼が荷を確認する。

息がある。

「生きています」

アタシは頷く。

刃は外さない。

「誰に渡す」

賊が口を閉じる。

アタシは動かない。

「……言わなくていいわ」

賊の目が上がる。

「こっちで聞くから」

孫二娘が笑う。

「連れてくねぇ」

玉楼が縄を出す。

手を押さえる。

抵抗はない。

「行くよ」

女を馬に乗せる。

四人で戻る。

梁山泊へ。


梁山泊に入ると、見慣れた空気が漂う。

だが、玉楼が一人を背に負っている。

そのまま進む。

「自分たちの部屋へ」

玉楼が頷く。

馬を止める。

玉楼が女を支えたまま降りる。

力が入っていない。

「運んでおきます」

静かに運び入れ、横にする。

息を確認する。

服が乱れているだけだ。

玉楼が服を正す。

孫二娘が扉口に立つ。

外を切る。

アタシは少しだけ見る。

顔は見えない。

「報告に行ってくるわ」

玉楼が頷く。

アタシは背を向ける。


忠義堂に入る。

いつもの顔が揃い、視線が集まる。

アタシは止まらず、そのまま進む。

「戻りました」

「宿元景の件、滞りなく」

宋江が頷く。

「ご苦労」

先に通すものは通した。

アタシは一歩だけ外れる。

視線が散る。

そのまま廊下に出る。

足を止めず、林冲の部屋へ向かう。

扉の前で止まり、一度だけ、叩く。

「入れ」

扉を開け、中に入ると林冲がいる。

「報告があるわ」

「道中で女を拾ったの」

林冲の視線が上がる。

「生きているわ」

「部屋で寝かせてある」

林冲が頷く。

「……案内しろ」


背を向けて部屋を出る。

林冲が後ろに付く。

廊下を抜け、扉の前で止まる。

孫二娘が立っている。

「そのままだよ」

アタシは頷く。

扉を開け、中に入る。

玉楼が助けた女の傍にいる。

女の息は浅い。

だが切れていない。

林冲が近づき、止まる。

視線が落ちる。

「……生きているな」

玉楼が頷く。

「乱れのみです」

林冲が顔を上げる。

「いつ目を覚ます」

玉楼が少しだけ考える。

「長くはかかりません」

林冲は黙ったまま。

アタシも動かない。

「起きたら呼べ」

アタシは頷く。

玉楼も頷く。

孫二娘が鼻で笑う。

「面倒見がいいねぇ」

林冲は何も言わず、部屋を出る。

終わった。

そう思えば、終わる。

都を出て、戻ってきただけ。

それだけの話。

けれど、一つだけ増えた。

拾ったもの。

まだ、何も分からない。

名前も、理由も。

それでも、置いたままにはしない。

ここに来た以上、関わる。

それでいい。

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