表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

張緩の宋都編

張り詰めたまま、都に入る。

名は通る。

だが、通るほどに見られる。

止まる場所はない。

決まったわけでもない。

ただ、外に出ると空気が変わる。

それだけで、少しだけ息が戻る。

――張り詰めたまま、緩む。

剣は構えたまま、馬首を返す。

宿元景の一行は止めない。

「隊列はそのまま」

孫二娘が前に出る。

「任せな」

アタシは道の脇を見る。

草が倒れている。

一頭分。

深い。

急いでいる。

「下手こいてるねぇ」

孫二娘が笑う。

アタシは頷く。

「合流する前に取るよ」

玉楼が返す。

「承知しました」

二人だけ、外へ出る。


枝が揺れる。

前に一騎の影がある。

速くない。

背に、もう一人。

相手が振り返る。

遅い。

「そこ」

踏み込み、間合いに入る。

そのまま喉元に剣を当て、動きを止める。

本隊の影が近い。

前後から気配が重なり、挟まれている。

もう逃げ場はない。

アタシは息を入れて、声を張る。

「我が名は梁山泊の一丈青、扈三娘!」

前が止まる。

後ろも止まる。

誰も動かない。

やがて一人が武器を落とす。

乾いた音がして、それが続く。

刃が落ち、手綱が緩む。

馬が下がる。


玉楼が前に出る。

連れ去られた者を受ける。

息がある。

「生きてます」

アタシは切先を外さない。

「武器、置いて」

誰も動かない。

やがて一人が刃を落とす。

玉楼が声を張る。

「従え」

アタシは言う。

「紙と筆、出して」

一人が差し出す。

震えている手から受け取る。

手綱を軽く締め、馬上で書く。

梁山泊 一丈青 扈三娘。

通していい。

手出ししないで。

日付。

押す。

紙を返す。

「それ持って行きなよ」

目が下がる。

両手で受ける。

誰も動かない。

アタシは剣を引く。

「もういいよ、行って」

道が開く。

音を立てずに去る。


玉楼が隣に並ぶ。

連れ去られた者を乗せ直す。

「戻ります」

アタシは一瞬だけ見る。

去っていく背。

手綱を引く。

「行くよ」

二人で道に戻る。

木々が開ける。

一行の影が見える。

孫二娘が前で押さえている。

振り返る。

「遅かったじゃないか」

そのまま寄る。

間に入る。

「梁山泊へ紹介状、書いてた」

孫二娘が笑う。

「やるねぇ〜」

玉楼は黙っている。

道が続く。

道中、そんなことが何度かあった。

その度に、紹介状を書く。

梁山泊の名が通る。

やがて、城が見える。

東京だ。

やっと着いた。

城門を抜けると、今までの景色がウソみたいだ。

――少しだけ、肩の荷が下りる。

城門の中は、人が多い。

声が重なる。

荷が動く。

匂いが変わる。

馬を進める。

視線が来る。

アタシは止めない。

孫二娘が前で押さえる。

「通らせてもらうよ」

道が割れ、奥へ進む。

宮廷が近い。

門がもう一つ。

兵が立っている。

止められる。

アタシは前を見る。

「宿元景様の一行よ」

通行証を見せる。

兵の目が止まり、頷く。

道が開く。

――いよいよ宮廷ね。


宿元景の後ろに付く。

足を揃える。

廊下を抜ける。

玉楼は半歩後ろ。

孫二娘も黙る。

奥へ。

階段を上がる。

名が呼ばれる。

宿元景が進む。

アタシは一歩遅れて従う。

視線が集まる。

その先に玉座がある。

――徽宗皇帝。


宿元景が止まり、頭を下げる。

それに合わせて身を折ると、石の冷たさが近い。

「ご苦労であった」

低い声が広がる。

頭を上げないまま、宿元景が応じる。

整った言葉が、途切れず流れていく。

アタシは動かない。

その中で、視線だけが来る。

逸らさない。

一瞬、間ができる。

それで分かる。

見られている。

「顔を上げよ」

ゆっくりと正面に、顔を上げる。

距離はある。

それでも、近い。

動かない。

玉楼が半歩後ろで止まる。

空気が張る。

――ここからだ。


宿元景が口添えをする。

整った調子で続く。

アタシは動かない。

視線は外さない。

徽宗が尋ねる。

「名は何と申す」

アタシは答える。

「……扈三娘と申します」

余計なものは付けない。

空気が止まる。

誰も動かない。

「梁山泊か」

「はい」

一瞬、止まる。

視線が重なる。

「何用で来た」

宿元景が言葉を整えて差し出す。

アタシは黙る。

玉楼が半歩後ろで止まる。

孫二娘も動かない。

場が締まる。

――続く。


宿元景の言葉が続く。

整った調子のまま、梁山泊の意を差し出していく。

一つ、逆らうつもりはないこと。

一つ、道を正したいだけだということ。

言葉は途切れない。

場は動かない。

視線だけが集まる。

徽宗は表情を崩さない。

しばらくの間があって、低く声が落ちる。

「……ほう」

誰も動かない。

「証はあるか」

宿元景が応じる。

言葉を選びながら、差し出す。

空気がわずかに動く。

アタシは動かない。

視線も外さない。

玉楼が半歩後ろに控える。

孫二娘も黙ったまま動かない。


宿元景の言葉が止まる。

場が一段、静かになる。

視線が残る。

「証はあるか」

同じ言葉が、重く残っている。

宿元景が息を入れる。

もう一度、整える。

出そうとする。

言葉が続かない。

アタシは一つ思い出す。

袖に手を入れる。

紙を出す。

折り目は崩れていない。

差し出す。

「これでいい?」

場が動く。

視線が一斉に集まる。

紙が渡り、玉座へ運ばれる。

徽宗の視線が紙を追う。

間が伸びる。

「……ほう」

さっきと違う。

わずかに場が揺れる。


紙から視線が上がる。

変わらない。

「……わかった」

その時、場の端で声が動く。

声が止まらない。

否定。

疑い。

宿元景が一歩出て遮る。

言葉を整え、押し返す。

徽宗は黙って見ている。

「梁山泊」

「見てみよう」

場がわずかに動く。


宮廷の外に出ると、空気が変わる。

音が戻り、人が動く。

匂いが混ざる。

「……やっと外だね」

孫二娘が肩を鳴らす。

玉楼は周りを見る。

半歩の距離は崩さない。

通りへ出る。

屋台が並び、声が重なる。

アタシは少しだけ立ち止まる。

「多いわね」

「都だからね」

孫二娘が笑う。

「違う」

言いかけて、止める。

玉楼が横目で見る。

「……何がですか」

少し考える。

「何かが、違う」

それでも、分かる。

孫二娘が鼻で笑う。

「面白いこと言うねぇ」

肩の力が少しだけ抜ける。

「で、どうする?」

「食べる」

即答。

孫二娘が笑う。

「いいねぇ」

玉楼は一瞬だけ迷って、頷く。

三人で歩き出す。

人の流れに混ざる。


屋台の前で止まる。

油の匂いが強い。

甘いのも混ざる。

孫二娘が覗き込む。

「どれにする?」

串が並ぶ。

色が違う。

アタシは一つ取る。

「これ」

店の親父が頷く。

火にかける。

音がする。

玉楼は少し離れて見る。

受け取る。

一口。

熱い。

「大丈夫」

玉楼が頷く。

孫二娘が笑う。

「なら、全部いけるねぇ」

三人で並ぶ。

人の流れの中。

少しだけ、立ち止まる。


孫二娘がもう一本取る。

「で?」

口の端を上げる。

「色気の話でもするかい」

アタシは眉を寄せる。

「急ね」

玉楼が一瞬だけ止まる。

「……その話題は」

孫二娘が笑う。

「嫌かい?」

少しだけ間がある。

「別に」

孫二娘が頷く。

「林冲や李俊とは、どうなんだい」

アタシは一瞬だけ止まる。

「何もないわよ」

孫二娘が笑う。

「本当かねぇ」

玉楼がわずかに視線を落とす。

だが、何も言わない。

孫二娘が肩をすくめる。

「ま、いいさ」

もう一口。

「で、玉楼は?」

玉楼が顔を上げる。

少しだけ間がある。

「……昔、縁談はありました」


孫二娘が身を乗り出す。

「で?」

玉楼は目を逸らさない。

「家同士の話です」

「決まっていたわけでは」

言いかけて、止める。

孫二娘が笑う。

「逃げたねぇ」

玉楼は小さく息を吐く。

「……断ることもあります」

アタシが隣を見る。

玉楼はこっちを見ない。

少しだけ間が残る。

孫二娘が肩をすくめる。

「もったいない話だ」

玉楼は首を振る。

「そうでもありません」

少しだけ間が残る。

孫二娘が笑う。

「アンタらもいい歳なんだから、早く見つけなよ」

アタシは顔をしかめる。

「余計なお世話よ」

玉楼は小さく息を吐く。

否定もしない。

孫二娘が笑う。

「図星かい」

三人で歩く。

人の流れの中。

さっきより、少しだけ近い。


都を出たわけじゃない。

何も決まってもいない。

ただ、外の空気で少しだけ緩んだ。

見られているのは変わらない。

でも、それを忘れる時間もある。

――次は、もう少し踏み込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ