↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
146/210

二人になると、面倒

「二娘、二人で動くと面倒って、褒め言葉?」

「敵から見れば最高評価じゃないかねェ」

「もっと格好いい評価が欲しい!」

顧大嫂が笑った。

「一人で暴走するよりはマシだろ」

「比較対象がひどい!」

「三娘ォと玉楼は、相互補完が強すぎるんだよォ。片方を崩そうとすると、もう片方が動く」

「分析されると急に恥ずかしいんだけど!」

「今さらかい?」

「今さら言うな!」

その時のアタシはまだ知らなかった。

杜微が、その「面倒」を真正面から利用してくることを。

二刀目が、玉楼の喉へ向かっていた。

銀色の光が竹林の影を裂き、一刀目はアタシの胸元へ、もう一刀は玉楼へ伸びてくる。

どちらかだけを見れば、もう片方への反応が遅れるように投げ分けられていた。

「玉楼!」

叫んだ時には手綱を引いていた。

馬が横へ跳ね、その揺れで腹の奥に鈍い痛みが走る。

喉に酸っぱいものまで戻りかけたけれど、止まっている場合じゃない。

一刀目が胸元へ迫った。

反射で身を捻る。

避けきれず、肩口を熱いものが走った。

痛い――

けれど、まだ動ける。

馬首を玉楼の方へ向けると、あの子はアタシを見てしまっていた。

ほんの一瞬だけ方天画戟の動きが遅れ、その間にも二刀目は喉元へ迫っている。

間に合わない。

そう思った瞬間、玉楼の目が刃へ戻った。

方天画戟の柄が跳ね上がる。

刃で払うのではなく、柄の根元で受けた。

甲高い音が鳴り、飛刀は玉楼の襟を裂いて横へ逸れる。

首筋には細い赤い線が浮いたものの、深くは入っていない。

「玉楼!」

「問題ございません」

即答だった。

いや、問題はあるでしょ。

首よ、首!

そこは問題なし判定を出しちゃいけない場所でしょ!

言い返す前に、杜微が笑った。

「惜しいな」

その声を聞いた途端、背中に嫌なものが走る。

こいつ。

今のを、惜しいで済ませた。

玉楼が馬を寄せ、アタシもその隣へ入った。

いつもなら半歩後ろに見えていた方天画戟の柄が、今日はすぐ横にある。

「三娘様、お下がりください」

「嫌よ!」

「お身体が万全ではございません」

「それも今は聞きたくない!」

「お聞きください」

「玉楼が血を流してる時点で無理!」

玉楼の眉が、ほんの少しだけ動いた。

怒った。

たぶん、あとで説教される。

でも、アタシだって怒っている。

止められたまま、玉楼が傷つくところを見ていろなんて無理に決まっていた。

後ろから顧大嫂の怒鳴り声が飛ぶ。

「三娘! 出たなら途中で止まるんじゃないよ!」

「それ励ましていいの!?」

「戻ってこられなくなるよりマシだ!」

続いて孫二娘の声が響いた。

「三娘ォ、呼吸! 過覚醒のまま突っ込むと視野が狭くなるよォ!」

「戦場でカウンセリング始めないで!」

「聞こえてるならまだ大丈夫だねェ!」

何なの、この判定。

でも、二人の声を聞いたおかげで、一瞬だけ呼吸を整えられた。

倒れたら、また左右を馬で挟まれる。

いや、次はもっとひどくて、玉楼に背負われるかもしれない。

それだけは嫌だ。

杜微がアタシと玉楼を交互に見た。

「なるほど」

何がなるほどよ。

「そちらを動かせば、こちらが揺れる。こちらを傷つければ、そちらが走る」

指先で小刀を弄びながら、杜微が口元を歪める。

「よく結ばれている」

気持ち悪い言い方をするな。

玉楼の表情から、さっきまでの柔らかさが消えた。

「杜微殿」

初めて、敵の名を正面から呼ぶ。

「それ以上、三娘様を狙うのであれば、私が受けます」

「受けるだけか」

杜微が笑った。

「それでは勝てぬ」

腹が立つけど、その通りだった。

玉楼は兵を守りながら戦っている。

だから杜微には、こちらが嫌がる場所を選んで飛刀を投げる余裕がある。

なら、その余裕をなくせばいい。

「玉楼」

「はい」

「前へ出る」

「なりません」

即答。

「一人で出るとは言ってない」

玉楼がこちらを見た。

今度は杜微に作られた隙じゃない。

互いに次の動きを確かめるための視線だった。

「二人で行く」

身体の奥が重く沈む。

無理をしているのは分かっていた。

それでも、ここで待っていれば杜微は同じことを繰り返す。

アタシが出れば、玉楼が守る。

玉楼を狙えば、アタシが飛び出す。

そこまで読まれているなら、最初から二人で動けばいい。

杜微の笑みが、わずかに薄くなった。

「面白い」

「面白くない。こっちは全然面白くないから!」

手綱を短く持つ。

隣では玉楼が方天画戟を横へ構え、刃先を杜微へ向けた。

「梁山泊小彪将・三娘様が一の従者――呂玉楼」

静かな名乗りだった。

けれど、道の上にいた兵たちの空気が変わった。

呂玉楼――

その名はもちろん前から知っている。

けれど今の名乗りは、アタシの後ろに控える従者ではなく、隣に並んで戦う一人の武人のものとして耳に響いた。

「……一の従者って」

思わず口にすると、玉楼は杜微を見たまま答えた。

「ご不満でしょうか?」

「不満じゃない」

喉の奥が詰まりそうになった。

「不満なわけないでしょ!」

杜微の指の間に、新たな飛刀が現れる。

今度は四本。

散らしてくる。

そう思った瞬間、銀色の軌跡が一斉に走った。

アタシへ来た刃を双刀で弾く横で、玉楼の方天画戟が自分の手首を狙った一刀を落とし、そのまま馬の目へ伸びた刃まで軌道を逸らす。

残った一刀だけが後ろの兵へ抜けようとしたので、馬を寄せながら腕を差し込んだ。

布が裂け、熱が走る。

それでも、後ろの兵には届かなかった。

杜微の笑みが消えたのは、ほんの一瞬だった。

それでも、確かに見えた。

「玉楼!」

「はい」

呼びかけた時には、もう玉楼が動いている。

方天画戟の長い柄が竹の影を切り、杜微の足元を払う。

避けた杜微が後ろへ下がった先へ馬を入れ、アタシは双刀を振った。

刃先が袖を裂く。

肉には届かなかった。

それでも、初めて杜微をこちらから下がらせた。

「二人になると、面倒だな」

「面倒で済むと思わないで!」

「済ませるさ」

杜微が短く笛を吹いた。

竹林の奥がざわめき、潜んでいた兵が道の左右へ姿を見せる。

盾を前にした兵の後ろから短槍が伸び、こちらの馬を近づけさせまいとしていた。

数で押し潰すほどではない。

けれど、杜微を追わせないためなら十分だ。

「前へ詰めるな! 左右を固めろ!」

林冲の命令が飛び、朱武も兵たちを竹林から離すよう動かしていく。

孫二娘と顧大嫂は後ろの列をまとめながら、こちらへ抜けてくる兵を押し返していた。

孫二娘はこんな時でもアタシの方を見ている。

絶対、顔色まで確認してる。

怖いけど、今は助かる。

杜微は逃げるつもりだ。

追えば竹林へ誘い込まれる。

分かっているのに、ここまで来て逃がすのが悔しい。

しかも身体は、もう限界を訴えていた。

息が浅くなり、双刀を握る手にさっきまでの力が入らない。

杜微の視線が、そこへ落ちる。

体調まで知っているはずはない。

でも、動きが鈍ったことは見抜かれた。

嫌な目だ。

「追うか」

杜微が笑う。

「来れば、次は馬ではなく足を狙う」

「黙りなさいよ!」

「強気だな」

「性格悪い男に弱気見せる趣味はないの!」

玉楼が一歩だけ前へ出た。

「三娘様の前で、口を慎まれよ」

いつもの丁寧さは残っているのに、隣にいるアタシまで思わず身構えた。

杜微もそれを感じたのか、初めて玉楼をまともに見た。

「呂玉楼か。覚えた」

「覚えていただく必要はございません」

「いいや、覚えておこう。次に崩す時のためにな」

方天画戟が走った。

杜微が後ろへ跳びながら飛刀を地面へ放つと、乾いた土が跳ね上がって視界を塞ぐ。

「逃げる気!?」

追おうと馬腹を蹴りかけた瞬間、腹の奥がきしんだ。

手綱を握る指から力が抜ける。

まずい。

玉楼がすぐに馬を寄せ、片手でアタシの手綱を掴んだ。

「追ってはなりません」

「でも!」

「なりません」

今度は完全に命令だった。

竹林の奥から杜微の声だけが届く。

「梁山泊の女将軍ども。清渓でまた会おう」

声が遠ざかり、もう姿は見えなかった。

逃がした。

なのに追えない。

悔しくて奥歯を噛んだ途端、喉が焼けるように熱くなり、身体が前へ傾いた。

「三娘様!」

すぐ横から玉楼の声が聞こえる。

顧大嫂と孫二娘も馬を寄せてきた。

「だから言っただろ!」

「三娘ォ、今は反省会より先に呼吸ねェ」

「……二人とも、説教はあとにして」

「あとならいいんだねェ?」

「予約しないで!」

何とか顔を上げ、玉楼を見る。

「玉楼……」

「はい」

「喉、無事?」

「はい」

「嘘じゃない?」

「嘘ではございません」

それならよかった。

そう思った途端、全身から力が抜けた。

けれど、倒れる前に玉楼が支えてくれた。

方天画戟を握る手ではなく、アタシの腕を掴んだ方の手が、わずかに震えている。

玉楼も怖かったんだ。

そのことに気づいた時、竹林の向こうから別の声が上がった。

「水路より伝令!」

全員がそちらを見る。

駆け込んできた兵は泥と水にまみれ、息を切らしながら馬を降りた。

「李俊殿の旗を、清渓の外れにて確認!」

心臓が跳ねた。

生きている。

そう思いかけた。

けれど、兵の顔には喜びがなかった。

「ただし、その旗は――方臘軍の舟に掲げられております!」

息が止まった。

李俊なら、敵を欺くために方臘軍の舟を使うことくらいあり得る。

だからこそ、分からない。

あれが作戦通りなのか。

それとも、もう李俊の手を離れた旗なのか。

誰にも答えられないまま、竹林の奥で、今度は水音だけが聞こえていた。

「孫二娘殿、三娘様がお身体を顧みず前へ出られました」

「知ってるよォ。玉楼も一緒に出たけどねェ」

「わたくしはお止めしたのでございます!」

顧大嫂殿が笑いました。

「止めた結果、二人で杜微を追い回してたじゃないか」

「結果だけを見ないでくださいませ!」

「一の従者も大変だねェ」

「その呼び方を拾わないでください!」

三娘様まで顔を赤くされましたので、この話は終わりにしたかったのでございます。

ですが、水路から届いた報せだけは、笑って終わらせることができませんでした。

李俊殿の旗は、方臘軍の舟に掲げられていたのでございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。