二人になると、面倒
「二娘、二人で動くと面倒って、褒め言葉?」
「敵から見れば最高評価じゃないかねェ」
「もっと格好いい評価が欲しい!」
顧大嫂が笑った。
「一人で暴走するよりはマシだろ」
「比較対象がひどい!」
「三娘ォと玉楼は、相互補完が強すぎるんだよォ。片方を崩そうとすると、もう片方が動く」
「分析されると急に恥ずかしいんだけど!」
「今さらかい?」
「今さら言うな!」
その時のアタシはまだ知らなかった。
杜微が、その「面倒」を真正面から利用してくることを。
二刀目が、玉楼の喉へ向かっていた。
銀色の光が竹林の影を裂き、一刀目はアタシの胸元へ、もう一刀は玉楼へ伸びてくる。
どちらかだけを見れば、もう片方への反応が遅れるように投げ分けられていた。
「玉楼!」
叫んだ時には手綱を引いていた。
馬が横へ跳ね、その揺れで腹の奥に鈍い痛みが走る。
喉に酸っぱいものまで戻りかけたけれど、止まっている場合じゃない。
一刀目が胸元へ迫った。
反射で身を捻る。
避けきれず、肩口を熱いものが走った。
痛い――
けれど、まだ動ける。
馬首を玉楼の方へ向けると、あの子はアタシを見てしまっていた。
ほんの一瞬だけ方天画戟の動きが遅れ、その間にも二刀目は喉元へ迫っている。
間に合わない。
そう思った瞬間、玉楼の目が刃へ戻った。
方天画戟の柄が跳ね上がる。
刃で払うのではなく、柄の根元で受けた。
甲高い音が鳴り、飛刀は玉楼の襟を裂いて横へ逸れる。
首筋には細い赤い線が浮いたものの、深くは入っていない。
「玉楼!」
「問題ございません」
即答だった。
いや、問題はあるでしょ。
首よ、首!
そこは問題なし判定を出しちゃいけない場所でしょ!
言い返す前に、杜微が笑った。
「惜しいな」
その声を聞いた途端、背中に嫌なものが走る。
こいつ。
今のを、惜しいで済ませた。
玉楼が馬を寄せ、アタシもその隣へ入った。
いつもなら半歩後ろに見えていた方天画戟の柄が、今日はすぐ横にある。
「三娘様、お下がりください」
「嫌よ!」
「お身体が万全ではございません」
「それも今は聞きたくない!」
「お聞きください」
「玉楼が血を流してる時点で無理!」
玉楼の眉が、ほんの少しだけ動いた。
怒った。
たぶん、あとで説教される。
でも、アタシだって怒っている。
止められたまま、玉楼が傷つくところを見ていろなんて無理に決まっていた。
後ろから顧大嫂の怒鳴り声が飛ぶ。
「三娘! 出たなら途中で止まるんじゃないよ!」
「それ励ましていいの!?」
「戻ってこられなくなるよりマシだ!」
続いて孫二娘の声が響いた。
「三娘ォ、呼吸! 過覚醒のまま突っ込むと視野が狭くなるよォ!」
「戦場でカウンセリング始めないで!」
「聞こえてるならまだ大丈夫だねェ!」
何なの、この判定。
でも、二人の声を聞いたおかげで、一瞬だけ呼吸を整えられた。
倒れたら、また左右を馬で挟まれる。
いや、次はもっとひどくて、玉楼に背負われるかもしれない。
それだけは嫌だ。
杜微がアタシと玉楼を交互に見た。
「なるほど」
何がなるほどよ。
「そちらを動かせば、こちらが揺れる。こちらを傷つければ、そちらが走る」
指先で小刀を弄びながら、杜微が口元を歪める。
「よく結ばれている」
気持ち悪い言い方をするな。
玉楼の表情から、さっきまでの柔らかさが消えた。
「杜微殿」
初めて、敵の名を正面から呼ぶ。
「それ以上、三娘様を狙うのであれば、私が受けます」
「受けるだけか」
杜微が笑った。
「それでは勝てぬ」
腹が立つけど、その通りだった。
玉楼は兵を守りながら戦っている。
だから杜微には、こちらが嫌がる場所を選んで飛刀を投げる余裕がある。
なら、その余裕をなくせばいい。
「玉楼」
「はい」
「前へ出る」
「なりません」
即答。
「一人で出るとは言ってない」
玉楼がこちらを見た。
今度は杜微に作られた隙じゃない。
互いに次の動きを確かめるための視線だった。
「二人で行く」
身体の奥が重く沈む。
無理をしているのは分かっていた。
それでも、ここで待っていれば杜微は同じことを繰り返す。
アタシが出れば、玉楼が守る。
玉楼を狙えば、アタシが飛び出す。
そこまで読まれているなら、最初から二人で動けばいい。
杜微の笑みが、わずかに薄くなった。
「面白い」
「面白くない。こっちは全然面白くないから!」
手綱を短く持つ。
隣では玉楼が方天画戟を横へ構え、刃先を杜微へ向けた。
「梁山泊小彪将・三娘様が一の従者――呂玉楼」
静かな名乗りだった。
けれど、道の上にいた兵たちの空気が変わった。
呂玉楼――
その名はもちろん前から知っている。
けれど今の名乗りは、アタシの後ろに控える従者ではなく、隣に並んで戦う一人の武人のものとして耳に響いた。
「……一の従者って」
思わず口にすると、玉楼は杜微を見たまま答えた。
「ご不満でしょうか?」
「不満じゃない」
喉の奥が詰まりそうになった。
「不満なわけないでしょ!」
杜微の指の間に、新たな飛刀が現れる。
今度は四本。
散らしてくる。
そう思った瞬間、銀色の軌跡が一斉に走った。
アタシへ来た刃を双刀で弾く横で、玉楼の方天画戟が自分の手首を狙った一刀を落とし、そのまま馬の目へ伸びた刃まで軌道を逸らす。
残った一刀だけが後ろの兵へ抜けようとしたので、馬を寄せながら腕を差し込んだ。
布が裂け、熱が走る。
それでも、後ろの兵には届かなかった。
杜微の笑みが消えたのは、ほんの一瞬だった。
それでも、確かに見えた。
「玉楼!」
「はい」
呼びかけた時には、もう玉楼が動いている。
方天画戟の長い柄が竹の影を切り、杜微の足元を払う。
避けた杜微が後ろへ下がった先へ馬を入れ、アタシは双刀を振った。
刃先が袖を裂く。
肉には届かなかった。
それでも、初めて杜微をこちらから下がらせた。
「二人になると、面倒だな」
「面倒で済むと思わないで!」
「済ませるさ」
杜微が短く笛を吹いた。
竹林の奥がざわめき、潜んでいた兵が道の左右へ姿を見せる。
盾を前にした兵の後ろから短槍が伸び、こちらの馬を近づけさせまいとしていた。
数で押し潰すほどではない。
けれど、杜微を追わせないためなら十分だ。
「前へ詰めるな! 左右を固めろ!」
林冲の命令が飛び、朱武も兵たちを竹林から離すよう動かしていく。
孫二娘と顧大嫂は後ろの列をまとめながら、こちらへ抜けてくる兵を押し返していた。
孫二娘はこんな時でもアタシの方を見ている。
絶対、顔色まで確認してる。
怖いけど、今は助かる。
杜微は逃げるつもりだ。
追えば竹林へ誘い込まれる。
分かっているのに、ここまで来て逃がすのが悔しい。
しかも身体は、もう限界を訴えていた。
息が浅くなり、双刀を握る手にさっきまでの力が入らない。
杜微の視線が、そこへ落ちる。
体調まで知っているはずはない。
でも、動きが鈍ったことは見抜かれた。
嫌な目だ。
「追うか」
杜微が笑う。
「来れば、次は馬ではなく足を狙う」
「黙りなさいよ!」
「強気だな」
「性格悪い男に弱気見せる趣味はないの!」
玉楼が一歩だけ前へ出た。
「三娘様の前で、口を慎まれよ」
いつもの丁寧さは残っているのに、隣にいるアタシまで思わず身構えた。
杜微もそれを感じたのか、初めて玉楼をまともに見た。
「呂玉楼か。覚えた」
「覚えていただく必要はございません」
「いいや、覚えておこう。次に崩す時のためにな」
方天画戟が走った。
杜微が後ろへ跳びながら飛刀を地面へ放つと、乾いた土が跳ね上がって視界を塞ぐ。
「逃げる気!?」
追おうと馬腹を蹴りかけた瞬間、腹の奥がきしんだ。
手綱を握る指から力が抜ける。
まずい。
玉楼がすぐに馬を寄せ、片手でアタシの手綱を掴んだ。
「追ってはなりません」
「でも!」
「なりません」
今度は完全に命令だった。
竹林の奥から杜微の声だけが届く。
「梁山泊の女将軍ども。清渓でまた会おう」
声が遠ざかり、もう姿は見えなかった。
逃がした。
なのに追えない。
悔しくて奥歯を噛んだ途端、喉が焼けるように熱くなり、身体が前へ傾いた。
「三娘様!」
すぐ横から玉楼の声が聞こえる。
顧大嫂と孫二娘も馬を寄せてきた。
「だから言っただろ!」
「三娘ォ、今は反省会より先に呼吸ねェ」
「……二人とも、説教はあとにして」
「あとならいいんだねェ?」
「予約しないで!」
何とか顔を上げ、玉楼を見る。
「玉楼……」
「はい」
「喉、無事?」
「はい」
「嘘じゃない?」
「嘘ではございません」
それならよかった。
そう思った途端、全身から力が抜けた。
けれど、倒れる前に玉楼が支えてくれた。
方天画戟を握る手ではなく、アタシの腕を掴んだ方の手が、わずかに震えている。
玉楼も怖かったんだ。
そのことに気づいた時、竹林の向こうから別の声が上がった。
「水路より伝令!」
全員がそちらを見る。
駆け込んできた兵は泥と水にまみれ、息を切らしながら馬を降りた。
「李俊殿の旗を、清渓の外れにて確認!」
心臓が跳ねた。
生きている。
そう思いかけた。
けれど、兵の顔には喜びがなかった。
「ただし、その旗は――方臘軍の舟に掲げられております!」
息が止まった。
李俊なら、敵を欺くために方臘軍の舟を使うことくらいあり得る。
だからこそ、分からない。
あれが作戦通りなのか。
それとも、もう李俊の手を離れた旗なのか。
誰にも答えられないまま、竹林の奥で、今度は水音だけが聞こえていた。
「孫二娘殿、三娘様がお身体を顧みず前へ出られました」
「知ってるよォ。玉楼も一緒に出たけどねェ」
「わたくしはお止めしたのでございます!」
顧大嫂殿が笑いました。
「止めた結果、二人で杜微を追い回してたじゃないか」
「結果だけを見ないでくださいませ!」
「一の従者も大変だねェ」
「その呼び方を拾わないでください!」
三娘様まで顔を赤くされましたので、この話は終わりにしたかったのでございます。
ですが、水路から届いた報せだけは、笑って終わらせることができませんでした。
李俊殿の旗は、方臘軍の舟に掲げられていたのでございます。




