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並び立て

「二娘、アタシもう完全復活だから」

「誰の判定ィ?」

「アタシ!」

孫二娘が露骨に嫌そうな顔をした。

「一番信用できない自己評価だねェ」

「何でよ!」

顧大嫂まで頷く。

「で、今度は玉楼と一緒に前へ出るんだろ?」

「そうだけど?」

「なら安心かねぇ」

「でしょ?」

「危険物が二つ並ぶだけかもしれないけどね」

「何でそうなるの!?」

孫二娘が楽しそうに笑った。

「相乗効果ってやつだよォ」

「絶対その使い方じゃない!」

この時のアタシは、まだ分かっていなかった。

玉楼と並んで戦うということが、今までと何を変えるのか――

昱嶺関に着いて、九日目の朝を迎えた。

史進たちが倒れた日から、戦はほとんど動いていない。

こちらが山道へ入れば龐万春の矢が飛び、敵が下りてくれば林冲隊が押し戻す。

どちらも決め手を欠いたまま睨み合いだけが続き、その間に、アタシの身体も少しずつ戻った。

歩くだけで残っていた痛みは消え、馬に乗っても腰は重くならない。

双刀を振り切っても息が乱れなくなって、ようやく自分でも戦えるところまで戻ったと思える。

そこへ来るまでは、ひどかった。

最初の二日は少し動くだけで玉楼に止められ、三日目には孫二娘と顧大嫂まで見張りへ加わった。

「身体を捻るんじゃないよ」

「馬に乗ろうとするなよォ」

「ちょっと確かめるだけよ」

「そう言って、アンタはそのまま戦場まで行くからねぇ」

信用がない。

反論できないのがもっと腹立たしい。

孫二娘がアタシの歩き方を眺めながら、妙に楽しそうに目を細めた。

「でも三娘ォ、ずいぶん回復を急いでるねェ」

「戦の最中なんだから当たり前でしょ」

「李俊が戻ってくるまでに完全復活したいとかァ?」

「何でそこで李俊が出てくるのよ!」

返事が早すぎた。

孫二娘の口元が、さらに上がる。

「名前を出しただけでその反応かァ。分かりやすいねェ」

「出したのそっちでしょ!」

「刺激に対する反応潜時が短いんだよォ」

「恋愛で実験するな!」

顧大嫂まで笑い始めた。

「それだけ怒鳴れるなら、もう治ったんじゃないのかい?」

「判定基準がおかしい!」

「じゃあ李俊が帰ってきた時に本人へ聞くかねぇ」

「何を!?」

「三娘が元気かどうか」

「絶対やめて!」

孫二娘が肩を揺らす。

「その時はアタイも同席しようかなァ?」

「何で三者面談になるのよ!」

笑われたけれど、李俊が戻るまでには元通りになっていたいと思ったのは、本当だった。

今ごろ、どこまで進んでいるんだろう。

睦州へ向かい、その先は清渓県。

無事に進んでいるのか、それともどこかで足止めされているのか、こちらからは何も分からない。

考え始めると止まらなくなるから、双刀を握った。

荷の近くで身体を動かし、痛みが出ないことを確かめた後、最後は玉楼に小石を投げてもらう。

「参ります」

「いつでもいいわよ」

玉楼の指が動いた。

最初の石は身をずらして避け、続けて来たものを右の刀で弾く。

今度は左から飛んできたので身体を沈めると、石は髪のすぐ上を抜けていった。

そこで終わりかと思ったところへ、少し間を置いてもう一つ飛んでくる。

「そう来ると思った」

刀の腹で受け、そのまま地面へ落とした。

玉楼が少しだけ目を細める。

「お戻りになられましたね」

「誰に言ってるのよ」

「まだ十ほど投げられますが?」

「もういい!」

本当に十個投げそうだから怖い。

瓊英との特訓は、今思い出してもひどかった。

石礫が来ると分かっていても当たり、避けた先へ次が来るうえ、刀で弾けば今度は手元まで狙われる。

何度、額や肩を腫らしたか分からないけれど、そのおかげで何が飛んできても軌道を見る癖がついた。

矢でも飛刀でも流星鎚でも、見切れれば避けられるし、間に合わなければ弾けばいい。

まさか、あの地獄みたいな特訓が昱嶺関で役に立つとは思わなかった。

その頃には、林冲もアタシを止めなくなっていた。

何も言わず歩き方と呼吸を確かめ、それから玉楼へ視線を移す。

玉楼は毎朝、兵のいないところで方天画戟を振っていた。

大きく回した勢いからそのまま突きへつなげ、刃を返して柄で払うのに、重い武器を扱っているとは思えないほど動きが静かだ。

ただ、振り終えた後だけ、手の平を隠すようになった。

「見せて」

「問題ございません」

「見せなさい」

渋々差し出された手には、柄を握り続けたせいで皮が剥けた跡があった。

「問題あるじゃない!」

「固まれば、扱いやすくなります」

「そういう問題?」

「そういう問題でございます」

本気で言っているから困る。

孫二娘が横から覗き込んだ。

「二人とも似た者同士だねェ」

「どこが!」

「怪我しても問題ないって言うところォ」

玉楼が一瞬こちらを見る。

「否定は難しゅうございます」

「玉楼まで!?」

顧大嫂が腹を抱える。

最近、味方が少ない。

そして翌朝、盧俊義の本陣から使いが来た。

夜の間に斥候が戻り、ようやく龐万春の布陣が見えたらしい。

山上には弓隊が三段に置かれ、正面だけでなく左右の岩場にも射手が潜んでいる。

こちらが進めば上から射かけ、止まれば別の位置から狙う。

史進たちは、その中へ誘い込まれていた。

林冲は地面へ広げた図を見ている。

盧俊義も同席し、朱武が斥候の報告を書き込んでいた。

アタシと玉楼は少し離れた場所に立っている。

林冲が顔を上げた。

「扈三娘」

「はい」

次に玉楼を見る。

「玉楼」

「はい」

「二人とも前へ出ろ」

ようやく来た。

胸の奥が熱くなり、アタシが一歩出る。

すると玉楼はいつもの癖で半歩後ろへ下がろうとした。

「玉楼」

林冲の声で、その足が止まる。

「後ろではない」

林冲はアタシと玉楼を交互に見た。

「並び立て」

一瞬、意味が入ってこなかった。

玉楼も黙っている。

「聞こえなかったか?」

「聞こえました」

「なら、並べ」

玉楼が一歩前へ出た。

いつも少し後ろに見えていた肩が、真横へ来る。

変な感じがした。

でも、嫌じゃない。

「矢を止めるのは玉楼。射線を抜けるのは扈三娘だ」

「はい」

「龐万春を見つけても、一人で行くな」

いきなり釘を刺された。

「まだ何もしてません」

「する顔だ」

隣で玉楼が目を伏せる。

「玉楼、今笑った?」

「いいえ」

「笑ったでしょ?」

「軍議中でございます」

林冲が息を吐いた。

「終わってからやれ」

たぶん、呆れられた。

攻め口は正面だった。

隠れて入ればまた狙われるのだから、今度は矢を正面から潰し、その後ろを一気に上げる。

無茶に聞こえるけれど、前回とは違う。

先頭には玉楼がいて、その横にはアタシがいる。

さらに林冲隊が後ろにつき、左右からは別の隊が岩場へ回って、朱武が見つけた細い道から上段の射手を押さえる手筈だった。

山道へ入る直前、後ろから声が飛んできた。

「三娘ォ!」

振り向くと、孫二娘が手を振っている。

「何!?」

「無事に戻ってきなよォ!」

一瞬だけ真面目なのかと思った。

「李俊より先に死んだら、説明するアタイが面倒だからねェ!」

「最後まで余計!」

顧大嫂の笑い声まで聞こえる。

でも、その言葉で頭に浮かんだ顔は一人だった。

帰ってきて、と送り出した。

だったらアタシも、ここで死ぬわけにはいかない。

玉楼が横を見る。

「参ります」

「うん」

山道へ入る。

史進たちが倒れた場所へ近づくと、地面にはまだ折れた矢が残り、岩の隙間には乾いた血が黒くこびりついていた。

胸が重くなる。

それでも、止まらない。

山の上で弦が鳴り、一斉に矢が降る。

玉楼の方天画戟が回り、風を巻きながら刃と柄で矢を弾いた。

甲高い音とともに折れた矢が道の左右へ散る。

全部を玉楼に任せるつもりはない。

戟の外を抜けた矢を右の刀で払い、次は身をずらしてかわす。

馬の首へ落ちてきた一本を左の刀で叩き落とすと、玉楼が広く守った隙間をアタシの双刀がきれいに埋めていた。

そこへ、もう一度山上から弦が鳴る。

今度は時間差だった。

玉楼が前列を散らした直後、右上から遅れて矢が来る。

身体を沈めてかわし、背後の兵へ抜けようとした一本を振り向きざまに叩き落とした。

「前へ!」

声を上げると、後ろの兵が一斉に動いた。

三度目は狙いが低く、人ではなく馬を狙っている。

そこで瓊英ならどう投げるかを考えた瞬間、意図が読めた。

最初の矢を囮にして、避けた先へ次を重ね、馬を寄せればその動いた先まで狙うつもりだ。

「玉楼、右!」

「はい!」

方天画戟が大きく右へ回り、囮の矢をまとめて弾く。

アタシは馬を前へ出し、続けて来た矢を双刀で左右へ払った。

その次は馬上で身体を伏せて抜ける。

頬のすぐ横を風が切った。

当たらない。

「行くよ!」

「並んでおります」

「分かってる!」

その返事が、少しだけ嬉しかった。

岩陰から敵兵が飛び出す。

玉楼が方天画戟を横へ払い、二人まとめて武器ごと押し飛ばした。

アタシはできた隙を抜け、弓を引こうとした兵の弦を斬る。

返す刀で隣の槍を落とし、飛んできた矢は刃で弾いた。

さらに来た一本は、首を傾けるだけで抜けた。

遅い――

瓊英の石礫より遅い。

あの娘は、避けた後まで狙ってきた。

山上の射手が、初めて怯んだ。

「今!」

後ろから林冲の号令が飛び、兵が一気に上がる。

右の岩場でも声が上がり、朱武の回した兵が上段へ届いたらしい。

敵の射線が乱れた。

玉楼が方天画戟を立てる。

「中央が薄くなりました」

「見えてる」

その奥に、一人だけ動きの違う男がいた。

周囲の兵が下がっても弓を下ろさず、長い弓を構えたまま、こちらをまっすぐ見ている。

龐万春――

顔を知らなくても分かった。

あれが、この山道を血で塞いだ男だ。

龐万春が弓を引く。

今までの矢とは違う。

太い――

しかも狙いはアタシではない。

玉楼だった。

「玉楼!」

矢が放たれる。

玉楼は方天画戟を回さず、柄を両手で握って刃を立てた。

激突した瞬間、鈍い音が山道へ響く。

玉楼の馬が半歩下がった。

それでも、矢は地面へ落ちた。

「重うございますね」

声はいつも通りだった。

「感想それだけ!?」

「まだ来ます」

龐万春が二本目をつがえた。

今度はアタシだ。

正面から来る。

逃げれば、後ろへ通る。

右の刀を立て、左を重ねた。

矢が当たった瞬間、両腕が痺れる。

刃の上を滑らせながら力を逃がすと、矢は横へ逸れて岩へ突き刺さった。

「瓊英より、素直ね」

自分でも何を言っているのかと思う。

こんなところで昔の特訓を思い出すなんて、完全に伏線回収じゃない。

龐万春の顔色が変わった。

初めて、弓が下がる。

「玉楼」

「はい」

「行くよ」

「並びます」

二騎で踏み込んだ。

龐万春の周囲から兵が出たが、玉楼の方天画戟が槍をまとめて押し崩す。

開いたところへアタシが飛び込み、弓を捨てて剣を抜いた龐万春の一撃を右の刀で弾いた。

遅い――

左の刀を喉元へ滑り込ませる。

「終わりよ」

切先が届く寸前、龐万春は崖際の細道へ身を翻した。

「逃げる!」

追おうとしたアタシの前へ、方天画戟が出る。

「お待ちください」

「でも!」

「馬で通れる道ではございません」

岩の向こうへ龐万春の姿が消えた。

「また逃げた……」

「ですが、関は落とせました」

玉楼が前を見る。

敵兵はすでに逃げ始め、弓隊も散っていた。

左右の岩場にはこちらの兵が上がり、林冲隊も中央へ進んでくる。

昱嶺関は、もう龐万春のものではない。

林冲が馬を寄せた。

「追うな」

「でも、龐万春が」

「次は歙州だ」

逃げた先も、そちらなのだろう。

林冲はまず玉楼を見る。

「よくやった」

「はい」

そしてアタシへ視線を移す。

「扈三娘」

「はい」

「戻ったな」

それだけだった。

でも、十分だった。

隣を見ると、玉楼はまだアタシと同じ位置にいる。

ところが林冲の言葉が終わった途端、いつもの癖で半歩下がろうとした。

その袖を掴む。

「三娘様?」

「今日は、ここ」

「ですが」

「並び立てって言われたでしょ」

玉楼は少し黙った。

それから静かに頷く。

「承知しました」

二人で並んだまま、昱嶺関の奥を見る。

史進たちは戻らない。

その重さは消えない。

それでも、道は開いた。

次は歙州――

玉楼の方天画戟と、アタシの双刀。

今度は、半歩後ろじゃない。

隣に並んで進む。

「玉楼、何でまた下がるの?」

三娘様に袖を掴まれ、わたくしは足を止めました。

「いつもの位置でございますので」

孫二娘殿が横から笑います。

「習慣化って怖いねェ。身体が勝手に半歩下がるんだァ」

「分析しなくていいから!」

顧大嫂殿までこちらを見ました。

「でも三娘、お前さんが離してやらなきゃ動けないだろ」

「……あ」

三娘様が慌てて袖を放します。

孫二娘殿が楽しそうに頷きました。

「今度は三娘ォの方が離せなくなってるねェ」

「そういう意味じゃない!」

……歙州でも、半歩下がることは許していただけそうにございません。

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