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見ようとしている

「最近さ、見る場所が多すぎない?」

アタシが言うと、二娘が首を傾げた。

「三娘ォ、それは注意資源の問題だねェ」

「資源扱いするな!」

顧大嫂が東門を見ながら笑う。

「前しか見てなかった頃よりマシじゃないかい?」

「言い方!」

「北門も見て、西湖も気にして、玉楼も見て――」

二娘がそこで止まった。

「あと李俊もォ」

「そこは数えなくていい!」

顧大嫂が鼻で笑う。

「一番よく見てるんじゃないかい?」

「見てない!」

「否認が早いねェ」

「心理学で追撃するな!」

その時、東門から大きな音が響いた。

笑っていられるのは、そこまでだった。

それから、数日が過ぎた。

梁山泊軍は、杭州城を休ませなかった。

北門では関勝が石宝を引きつけ、東門では林冲隊が城壁へ張りついている。

別の城門でも頭領達が盾を押し上げ、弩を放ち、城兵へ息をつく暇を与えない。

西湖では、李俊の水軍が船を動かし続けていた。

糧秣船に紛れた張横達は、もう城内へ入っているらしい。

入ったことだけは分かる。

けれど姿は見えず、声も届かない。

戻れるのか、捕まったのか、それともまだ城内で動けているのかさえ、こちらからは確かめようがなかった。

東門を攻めながら、アタシは時々その向こうを考えてしまう。

同じ杭州城の中にいるはずなのに、届かない。

その感覚が、ずっと喉の奥に引っかかっていた。

前日の北門では、鄧飛が石宝に斬られた。

押された味方を戻そうとして前へ出たところを、石宝に斬られたという。

知らせを持ってきた兵は、「助けに出ただけです」と何度も繰り返した。

その言葉だけが、妙に残った。

助けに出ただけなのに、鄧飛は戻らなかった。

索超の時と同じように、石宝は必要なところだけを斬り、深追いもせず門前へ引き返したらしい。

「また、あいつ……」

思わず漏らすと、二娘が横からアタシの顔を覗き込んだ。

「三娘ォ、今すごい顔してるよォ」

「どんな顔?」

「石宝を自分で噛み砕きそうな顔」

「心理学どこ行ったのよ!」

「たまには比喩も使うよォ」

顧大嫂が鼻で笑う。

「噛み砕く前に、自分の歯が折れそうだねぇ」

「二人して人を何だと思ってるの!?」

玉楼が方天画戟を持ったまま、わずかにこちらを見る。

「三娘様でございます」

「それ答えになってない!」

二娘が吹き出し、顧大嫂まで肩を揺らした。

ほんの少しだけ、空気が戻る。

鄧飛が死んだことは変わらない。

それでも、張りつめたままでは身体の方が先に参る。

「笑えるうちは笑っときなァ」

「それ心理学?」

「今日は経験則」

「便利ね、その切り替え!」

笑いは長く続かなかった。

東門の前は、日に日に荒れていた。

最初は整っていた城壁の上にも、今では矢筒や割れた盾が転がり、石の粉が白く散っている。

門扉には破城槌の跡が増え、黒い木肌が裂けるたびに金具まで歪んでいった。

林冲は無理に兵を飛び込ませない。

その代わり攻撃も緩めず、盾兵を寄せ、弩兵には城壁上を狙わせ、槍兵で左右を固めている。

敵が顔を出せば、すぐに弩で叩く。

待っているのではなく、城壁の兵を疲れさせ、門扉を削り、敵の気力まで少しずつ奪っていた。

「三娘様」

玉楼が隣へ馬を寄せてきた。

「分かってる」

「まだ何も申し上げておりません」

「顔で分かる」

「では、顔を改めます」

「そういう意味じゃない」

後ろから二娘がまた笑った。

「三娘ォ、顔で会話できるなら便利だねェ」

「二娘まで乗るな!」

「非言語コミュニケーションは大事だよォ」

「戦場で講義始めないで!」

玉楼は何も言わず、そのまま城壁へ視線を戻した。

その間がいつも通りで、少しだけ助かった。

北門の音は、今日も遠くから聞こえてくる。

関勝と石宝がどうなっているのか、ここからでは見えない。

ただ時々そちらの方角から大きな喚声が上がり、そのたびに胸の奥が落ち着かなくなった。

見に行きたい気持ちはある。

でも、今アタシがいるのは東門だ。

城壁の上では、敵兵の動きが前より鈍くなっていた。

矢を番える手にも疲れが見える。

「弱ってる」

玉楼が城壁を見上げた。

「矢も減っております」

「石もね」

「はい」

こちらが押していると分かるからこそ、怖かった。

勝てそうに見える時ほど、杭州城はその先に何かを隠している。

索超の時も、そうだった。

門前では歩兵軍が詰め、その中に劉唐がいた。

馬上ではなく地に足をつけ、朴刀を握っている。

盾の間から見える赤い髪と大きな背中は、歩兵の中にいてもよく目立った。

「劉唐、前へ出過ぎるな」

林冲が言う。

劉唐は振り返らず、片手だけ上げた。

「分かっている!」

あまり分かっている声には聞こえない。

それでも何も考えず飛び出している訳ではなく、焦りも怒りも抱えたまま、門が破れた時に最初に踏み込む役目を引き受けている。

アタシには、その気持ちが分かった。

分かってしまうから、嫌だった。

その時、破城槌が門へぶつかった。

今までより深い音がして、門扉の片側が内側へ大きく歪む。

金具が弾け、木片が飛び散った。

兵達の間から歓声が上がる。

「割れたぞ!」

東門の上の敵兵が慌て、石を落としていた者の手が止まった。

弓兵も後ろへ下がり、門の内側で人影が乱れている。

敵が退いている。

そう見えた。

アタシの手にも力が入り、東門が落ちると思った。

けれど林冲は喜ばず、破れた門の奥を見ている。

「待て」

その声は、兵達の歓声に半分ほど飲まれた。

門扉の裂け目が広がり、内側から押さえていた敵兵が崩れる。

破れた隙間の向こうには、暗い甕城が見えた。

劉唐が前へ出る。

「押し込むぞ!」

歩兵達が続こうとした。

大きな身体が門の影へ踏み込み、アタシも一瞬だけ、入れると思った。

その瞬間、門道の奥で鎖が鳴った。

太く、湿った、嫌な音だった。

「止まれ!」

林冲が声を張る。

けれど劉唐は、もう甕城の中にいた。

次の門へ続く甕城の上で、黒い鉄格子が動く。

落ちる。

そう思った時には遅かった。

鉄が空気を裂き、重い格子が真っ直ぐ下りてくる。

劉唐が振り返ったように見えたのは、ほんの一瞬だった。

鈍い音とともに鉄格子が地面へ食い込み、甕城の中から赤い髪が消えた。

「劉唐!」

いくつもの声が重なる。

アタシは前へ出かけた。

考えるより先に身体が動いたところへ、玉楼の方天画戟が横から入り、馬の進路を塞ぐ。

「三娘様!」

「どいて!」

「なりません!」

いつもの静かな調子ではなかった。

その声で、手綱を握る指が止まる。

納得なんてしていない。

門道では鉄格子が通路を塞ぎ、その向こうで敵兵が喚いている。

城壁から矢が降り、格子へ駆け寄ろうとした兵の盾へ次々と突き立った。

「近づくな! 門の上を抑えろ! 格子へ寄るな!」

林冲の命令が飛ぶ。

その後ろから二娘も声を張った。

「三娘ォ、前を塞がない! 負傷兵の道まで詰まるよォ!」

反射的に出かけていた馬を戻す。

「分かってる!」

「分かってる人は今動かないのォ!」

言い返せなかった。

泣き声も怒号も混じったが、林冲は隊列を崩させなかった。

劉唐を助けたいのは、アタシも同じだ。

けれど鉄格子へ寄れば射られ、甕城へ飛び込めば、まだ別の仕掛けがあるかもしれない。

城兵は劉唐を潰しただけじゃない。

その亡骸まで使って、こちらの足を止めようとしている。

死んだ後まで使うのか。

腹の奥が熱くなった。

声に出したら、また走ってしまいそうだったから、奥歯を噛んで前を見る。

外門は破れた。

けれど東門を抜けた訳じゃない。

その間に、劉唐は鉄格子に潰された。

「……なんで?」

声が漏れた。

玉楼に聞いたのか、林冲に聞いたのか、それとも杭州城に向けたのか分からない。

たぶん、自分にだ。

索超に続いて鄧飛が斬られ、今度は劉唐まで鉄格子の下に消えた。

張順は戻らず、郝思文は城壁の上で斬られ、徐寧は毒に侵されたままだ。

頭の中で数えそうになって、やめた。

数にしたくなかった。

「三娘様」

玉楼の声から、いつもの柔らかさが消えていた。

「分かってるけど……」

助けたいのに、行けば死ぬ。

怒りたいのに、怒りだけで動けば相手の思う壺になる。

林冲は前へ出なかった。

東門だけでなく、鉄格子や上の鎖、敵兵の位置まで見ている。

劉唐だけを見ていない。

一瞬、冷たいと思った。

でも、違う。

見ていないんじゃない。

見た上で、ほかも見ている。

そうしなければ、次の誰かが死ぬ。

「格子の両側を見ろ」

兵達の視線が鉄格子の脇や門柱、鎖の通る穴へ移り、そこへ弩が放たれる。

敵兵が下がり、城壁上の喚声がわずかに乱れた。

林冲の指示に合わせ、アタシも馬を動かした。

「玉楼、右をお願い!」

「承知いたしました」

玉楼の方天画戟が弧を描き、前へ出過ぎた兵を押し戻しながら、射線から外れる道を作る。

アタシはその空いたところへ馬を入れ、盾兵の前へ出ようとする敵兵を双刀で牽制した。

アタシが押せば、玉楼が流れを作る。

玉楼が空ければ、アタシがそこを塞ぐ。

劉唐の方だけを見ないために、二人で戦場を広く使った。

「三娘ォ、左から負傷兵!」

二娘の声が飛ぶ。

振り返ると、肩を射られた兵が二人に支えられている。

その後ろで二娘が道を空け、顧大嫂が盾兵を寄せて矢を防いでいた。

「そっち通して!」

「言われなくてもやってるよォ!」

「じゃあ何で呼んだの!」

「三娘ォがちゃんと見てるか確認!」

「監督官みたいになってる!」

「観察は基本だよォ」

「今それ言う!?」

二娘の口元が少しだけ上がった。

その瞬間、後方から馬が駆けてきた。

「北門より急報!」

空気が変わった。

伝令の顔には泥と血がついている。

「李逵殿らが石宝を押し戻しましたが、鮑旭殿が追って門内へ入り……石宝に斬られました!」

誰も、すぐには何も言わなかった。

劉唐のいる甕城からは、まだ敵兵の声が聞こえている。

北門では、その間に鮑旭まで戻らなくなった。

「……三娘ォ」

二娘に呼ばれて、やっと息をした。

「聞いてる」

それだけ答えた。

今は、もう何も足せなかった。

林冲は伝令に北門の状況をもう一度確認し、関勝がまだ持ちこたえていると聞くと、すぐに東門へ視線を戻した。

悲しむ暇がないんじゃない。

暇を作れば、次が死ぬ。

そのことが、嫌になるほど分かった。

遠くで北門の喚声がまた大きくなった。

西湖の方角からも銅鑼が聞こえる。

李俊の水軍だ。

その音を聞いた瞬間、胸の奥が勝手に反応した。

無事でいてよ。

そう思ってから、何で今それを一番に考えたのかと自分で腹が立つ。

でも、もう誤魔化せなかった。

張横達を城内へ入れた李俊は、外で水軍を支えている。

あの人まで戻らなかったら――

そこまで考えて、やめた。

「三娘様」

玉楼がこちらを見る。

「何?」

「今、李俊殿の方角をご覧になりました」

「見てない!」

「西湖は、そちらでございます」

「だから水路を見たの!」

後ろから二娘がすぐに入ってくる。

「三娘ォ、否認が早いねェ」

「今それ分析する!?」

「緊張が強い時ほど、分かりやすい反応が出ることもあるよォ」

顧大嫂が呆れた顔をした。

「戦の最中に色恋の診立てまでしてんじゃないよ」

「色恋って言ってない!」

「三娘が自分で言ったねェ」

「二娘!」

ほんの一瞬だけ、息が戻った。

それで十分だった。

張横達が城内で何をしているのかは、まだ分からない。

目の前には劉唐が残され、北門では鮑旭まで戻らなかった。

杭州城は、一つの顔をしていない。

北門では石宝が待ち、東門では破れた外門の先に鉄格子が落ちる。

水路だって、こちらが先に入ったつもりでも何が待っているか分からない。

どこにでも牙がある。

「玉楼」

「はい」

「アタシ、今ちゃんと見えてる?」

玉楼はすぐには答えず、一拍置いてからこちらを見た。

「見ようとしておられます」

その答えに、少しだけ息が抜けた。

見えている、じゃない。

見ようとしている。

今のアタシには、それで精一杯だった。

林冲の指示で兵達が形を変え、鉄格子の下へ駆け寄らず、まず城壁の上を押さえる。

左右の壁を削り、鎖を狙う。

劉唐を助けるためだけじゃない。

次へ進むためだ。

それが嫌だった。

でも、そうしなければ、また誰かが同じ場所で倒れる。

矢が盾へ突き刺さり、こちらの弩が応じる。

格子へ縄を掛けようとした兵も、敵の矢に阻まれて引き戻された。

敵は、劉唐を餌にしている。

アタシは手綱を握り直した。

その瞬間、自分が前に言った言葉を思い出す。

「全てが終わったら、呼びに来てよ」

李俊に言った言葉だった。

あの人に呼びに来てって言っておいて、アタシが先に死ぬ訳にはいかない。

……何でこんな時に思い出すのよ。

胸の奥が変に熱くなったところで、玉楼に呼ばれた。

「三娘様」

「大丈夫」

「何がでございますか?」

「分からない」

玉楼がわずかに目を伏せる。

「では、大丈夫ではございませんね」

「そういうこと言う?」

「必要ですので」

こんな時なのに、肩の力がわずかに抜けた。

外門は破れた。

それでも道は開かず、その下には劉唐がいる。

北門では鄧飛も鮑旭も戻らなかった。

アタシは目を逸らさない。

逸らしたところで、消える訳じゃない。

北門だけでなく、東門も西湖も水路も、そして戻る場所まで見なければならない。

見たくないものまで見なければ、また誰かが戻らない。

三娘様は「大丈夫」と仰いました。

わたくしが理由を尋ねますと、「分からない」とのお答えでした。

孫二娘殿が頷きます。

「三娘ォ、それ大丈夫って言わないよォ」

「玉楼にも同じこと言われた!」

顧大嫂殿が呆れました。

「二人に言われても分からないのかい?」

「分かってるけど認めたくないの!」

「それは否認だねェ」

「便利に心理学使うな!」

「では、わたくしは経験則で申し上げます」

「玉楼まで何!?」

「三娘様が大丈夫と仰る時ほど、見ていた方がよろしいかと」

「監視対象にするな!」

ですが、今は三娘様だけを見ている訳にもまいりません。

張横殿達は、まだ杭州城の中なのでございます。

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