戦線の反転編
戦は、始まる前に決まることもある。
どこで受けるか。
どこで崩れるか。
それを見誤れば、勝ちはない。
アタシ達は出る。
見て、測って、戻る。
それだけだ。
それでも――
来るものは、来る。
馬を前へ出し、一気に抜ける。
隊列が後ろに流れる。
強い風が当たる。
「飛ばすよ!」
玉楼は黙って、後についてくる。
地面が流れる。
気持ちいい。
目を細めると、遠くに人や馬の動きがある。
「……来てる」
さっきの熱が引く。
玉楼が視線を寄せる。
「多うございますね」
アタシは手綱を少し引き、速度を落とす。
無理に寄らずに、距離を取る。
「戻るよ!!!」
玉楼が頷く。
林冲の下へ駆ける。
馬を寄せ、林冲の正面に並ぶ。
「前方、騎兵含む先鋒」
「数、三百強」
「歩騎混成」
「隊列、崩れなし」
「進軍速し」
「後続、さらに控えてる模様」
玉楼が補う。
「本隊と推測されます」
林冲は前を向いたまま。
「距離」
玉楼が先に答える。
「十里」
――助かった。
「陣形を取れ」
前列が割れ、左右に開き、弧を描く。
中央が残る。
後列が押し上がり、槍が前に出る。
弓が上がり、音が変わる。
アタシは左翼へ入る。
玉楼が半歩、後ろに入る。
前を見ると、もう近くにいる。
土煙が上がり、線になる。
「……おいでなすったわね」
玉楼は黙っていた。
土煙がぶつかる。
距離が消える。
一瞬。
――来る。
弓が鳴り、空が裂ける。
矢が降り、前列に刺さる。
盾が上がり、弾く。
「前、押せ!」
声が飛ぶ。
槍が出る。
突く。
ぶつかる。
音が潰れる。
アタシは左翼で構える。
間合いを測る。
流れを見る。
中央が受けている。
右も耐えている。
なら――
「左翼、突っ込め!」
馬を入れる。
踏み込む。
刃を抜く。
一閃。
当たる。
崩れる。
「そこよ!」
押し込む。
弾かれる。
一部だけ、崩せない。
守りが硬い。
槍が来る。
――重い。
動きに無駄がない。
アタシも踏み込み、刃を入れる。
当たっても――浅い。
「……嫌な相手」
小さく呟く。
前が静かに割れる。
一騎、出てくる。
「――老風流、王煥」
老人だった。
間合いが詰まる。
視線が合う。
先手を取られ、槍が走ってくる。
刃で受ける――重い。
無理をしない。
それで崩れない。
「……やるわね」
玉楼が、後ろで構える。
間合いは変わらない。
アタシは手綱を引き、後ろに下がる。
追ってこない。
「バレてるわね」
周りがぶつかる。
戦は続く。
左が伸びる。
押し過ぎている。
隙ができ、そこを突かれる。
戦線が崩れる。
「左、引け!」
押し返され、後ろが詰まる。
さらに崩れる。
「……まずいわね」
玉楼が前に出て、斬り開く。
だが、数が違う。
アタシは手綱を入れ、馬を横に振る。
切り込む。
止めるために入る。
「耐えて!」
押し戻す。
だが――押される。
突然、横から別の隊が突っ込んできた。
孫二娘隊だ。
「ほら、突っ立ってないで行くよ」
孫二娘隊がぶつかる。
流れが変わる。
一瞬。
「今よ!」
アタシは馬を入れる。
左から押す。
玉楼が中央を斬り込む。
孫二娘が右を割る。
三つに裂け、敵が崩れ、浮足立つ。
「押し返すよ!」
流れが反転し、さっきまでの圧が消える。
敵が退く。
「行っけー!」
もう止まらない。止まれない。
全力で押し切る。
隊列が出過ぎ、伸びる。
「止まれ!」
前列が止まる。
息が戻る。
左右を見わたすと、繋がっている。中央も保っている。
土煙の向こう。
まだ来る。
さっきより多い。
「……本隊ね」
玉楼が頷く。
孫二娘が横に来る。
「やるじゃないか」
アタシは肩をすくめる。
「まだ来るわ」
前を見る。
距離が詰まり、蹄の音が重くなる。
林冲の声が飛ぶ。
「保たせろ」
アタシは手綱を握る。
「……もう一回」
玉楼がつく。
間は変わらない。
土煙が膨らむ。
幅が違う。
厚い。
前が暗くなる。
来る。
音が重い。
――ぶつかる。
揺れる。
前列が沈む。
「保て!」
激が飛ぶ。
槍が立つ。
押される。
アタシは左で構える。
間合いを測り、流れを見る。
中央が耐えている。
右も粘る。
左は――保つ。
なら――
「一点、抜くよ」
馬を入れ、斜めに斬り込む。
深くは行かない。
浅く入る。
また入る。
同じ所を叩き、削る。
玉楼がつく。
間は変わらない。
戦線が歪み、薄くなる。
「今よ!」
押す。
噛み合う。
割れる。
前が開き、空気が変わる。
「突っ込めー!」
流れが変わる。
押し込み、隊列を割る。
流れが続く。
――だが、返してくる。
崩れきらない。
押し返される。
厚い。
「……しつこい」
小さく呟く。
このままじゃ、削り合いになる。
終わらない。
中央を見る。
林冲。
まだ動かない。
なら――馬を寄せる。
横に並ぶ。
「このままじゃ埒があかない」
「退くわよ」
「梁山湖まで引き寄せる」
「水際で潰すわ」
玉楼が後ろで言う。
「水軍と挟みますか」
アタシは頷く。
林冲が一言。
「出来るか?」
アタシは頷く。
「やるに決まってるじゃない!!」
前を見る。まだ押している。
だが――ここで止める。
「左翼、退け!」
一瞬だけ遅らせる。
揃わない。ズレる。
そこに、食いつく。
敵が来る。
前に出る。
「いいわ、来なさい」
さらに退く。
中央も緩める。
右も落とす。
形が崩れる。
わざとだ。
押される。
下がる。
「崩れるな!」
声を飛ばす。
踏みとどまる。
だが、保たないふりをする。
さらに来る。
敵が乗り、前に出過ぎる。
隊列が伸び、切れる。
「……乗ったわね」
玉楼が後ろで言う。
「来ます」
アタシは手綱を引き、向きを変える。
「退くよ!」
今度はマジだ。
馬を返し、一気に下がる。
全体が退く。
逃げる形になる。
崩れたふりをする。
後ろを見る。
追ってきている。
速い。
止まらない。
いい。
それでいい。
前を見る。
遠くに、水の気配がある。
湿った空気に変わり、足が重くなる。
草が低い。
地がやわらかい。
敵の速度が鈍る。
馬が取られる。
踏み切れない。
隊列が乱れ、さらに伸びる。
「……ここね」
その時、横から音が来る。
波が割れ、船が来る。
一直線。
敵の横腹に食い込む。
崩れる。
一気に崩れる。
「来たわね」
船上の影。
「扈三娘、遅いぞ」
声が飛ぶ。
李俊だ。
「頼むわ!」
馬首を返す。
今度は前だ。
押す。
噛み合う。
挟む。
逃げ場が消える。
崩れる。
止まらない。
流れが変わる。
敵は逃げ場を失い、崩れる。
一気に崩れる。
前が割れる。
散る。
もう止まらない。
追う。
斬る。
当たる。
抜く。
続く。
「行け!」
声が通る。
さらに追い討ちをかける。
だが――
深くなり過ぎる。
隊列が延びる。
「……止まれ」
前列が詰まり、息が戻る。
周りを見る。
敵は逃げている。
もう、形はない。
「十分ね」
玉楼が頷く。
横で水が鳴る。
船が並ぶ。
その上で、李俊がこちらを見る。
軽く顎を引く。
それで通じる。
押し返した。
崩れもした。
それでも、保った。
それだけだ。
戦は終わっていない。
まだ来る。
分かっている。
アタシ達は、また出る。
それでいい。




