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急先鋒

「急先鋒って、もう名前からして止まらなそうよね」

アタシが言うと、二娘が首を傾げた。

「三娘ォがそれ言う?」

「何で!?」

顧大嫂まで笑う。

「同業者を見る目が厳しいねぇ?」

「アタシは急先鋒じゃない!」

「似たようなもんだよォ」

「心理学的に分類するな!」

「まだ分類してないよォ」

「じゃあ何なのよ!」

二娘が索超の方へ目をやった。

「行動傾向の観察」

「結局見てるじゃない!」

顧大嫂が肩を揺らした、その時だった。

索超が大斧を持ち上げる。

笑い声が止まった。

馬が、北門へ向かって動き出した。

索超が馬を出した。

「行くぞ!」

声が北門の前に響いた。

郝思文が目の前で斬られ、関勝は盧俊義達に止められているうえ、前の兵達もまだ動揺から抜けきれていない。

誰かが動かなければならない――索超は、そう考えたのかもしれない。

大斧を構えると、そのまま馬を前へ押し出した。

速いけれど、怒りに任せて軽々しく飛び出したようには見えなかった。

一歩ごとに土を踏み潰し、馬ごと敵陣へ重みをぶつけていくような進み方だった。

門前の武将がこちらを見る。

さっき名乗った男――南離元帥・石宝。

その名が、まだ耳に残っていた。

石宝は門を背にしたまま刀を構え、索超が距離を詰めても動かなかった。

退くでもなく、自分から仕掛けるでもなく、ただ相手が間合いへ入るのを待っている。

その待ち方が嫌だった。

「索超!」

後ろから誰かが呼んだ。

索超は振り返らない。

馬蹄も、城壁から降ってくる敵兵の喚声も、味方の怒鳴り声も重なっているのに、アタシには索超の背中だけが妙にはっきり見えた。

止まるつもりはない。

「どけぇ!」

大斧が振り下ろされた。

石宝の刀が受け止め、硬い音が北門前に弾ける。

衝撃で互いの馬の首が沈んだが、石宝は崩れなかった。

索超はすぐに斧を返した。

横へ薙ぎ、間を置かずにもう一撃を叩き込む。

大斧が風を裂くたび、門前にいた敵兵がわずかに後退した。

盾の列まで揺れ、梁山泊側から喚声が上がる。

押している。

少なくとも、そう見えた。

索超の攻めは勢いだけじゃない。

一撃ごとに相手の受けを削りながら前へ出る、何度も戦場の先頭を割ってきた人間の動きだった。

石宝は斧を受け、時には馬を半歩だけ下げる。

けれど、慌てない。

押されているのに、逃げているようには見えなかった。

「三娘様」

玉楼の声が横から届く。

「分かってる」

そこへ後ろから二娘まで声を飛ばしてきた。

「三娘ォ、身体まで前に出てるよォ」

「出てない!」

「馬上で前傾してる人は、だいたいそう言うんだよねェ」

「今それ分析する!?」

「突っ込まれる前に言っとくのォ」

顧大嫂の笑い声まで聞こえた。

索超が優勢に見えても、石宝はまだ何かを残している。

そう感じた。

索超がさらに馬を寄せ、大斧を振り上げた。

石宝の刀がそれを受ける。

刃と刃が噛み合い、二騎の動きが止まった。

索超が腕に力を込めると、石宝の刀が少しずつ沈み、馬も一歩後ろへ押される。

「押し切る!」

索超の声が響いた。

その瞬間だけ、本当に勝てるように見えた。

門前の敵兵がざわめき、アタシの手にも力が入る。

いける。

そう思いかけた時だった。

石宝の左手が動いた。

刀じゃない。

小さな影が、索超の視界の外から飛び出した。

「避けて!」

叫んだけれど、遅い。

飛んだのは流星鎚だった。

刀と大斧が噛み合ったままの下、馬の首の脇を抜け、索超の見えていない角度から襲いかかる。

索超も気づき、肩を引いて馬を下げようとした。

けれど全身の力を前へ掛け、押し切ろうとした直後ではすぐに戻せない。

鈍い音がした。

索超の身体が大きく揺れ、兜の下から血が流れた。

大斧の柄が手の中でずれる。

それでも落とさなかった。

「まだだ……!」

声は出ていた。

けれど、石宝は待たない。

噛み合っていた刀を引き、馬を寄せる。

索超も大斧を戻そうとしたが、さっきまでの速さがない。

石宝の刀が走った。

今度は見えた。

何をするのかも分かった。

それでも、間に合わない。

索超の身体が馬上で傾き、大斧が先に地面へ落ちた。

重い刃が土を叩いた直後、その横へ索超自身も崩れ落ちる。

さっきまで北門の前で怒鳴っていた男が、動かなくなった。

石宝は追撃しなかった。

勝ち誇って叫びもせず、刀を戻して馬を返すと、また城門の前へ立つ。

それが何より怖かった。

一人討ち取った。

それで十分だとでも言うように、次に誰かが前へ出てくるのを待っている。

「索超!」

梁山泊側からいくつもの声が上がった。

関勝の青龍偃月刀が動きかけ、黄信が兵を押さえる。

林冲の命令も飛び、朱武も隊列を崩すなと叫んでいる。

でも、全部が一度に耳へ入ってこなかった。

索超が倒された。

その事実だけが、頭から離れない。

張順は戻らず、郝思文は目の前で殺され、徐寧も毒の治療中だ。

そこへ索超まで加わった。

アタシは双刀を握ったまま息を吸う。

胸の中は焼けるようなのに、指先だけが妙に冷たい。

石宝は、こちらを見ていた。

次は誰だ。

言葉にしていないのに、そう問いかけられている気がした。

玉楼が隣で方天画戟を構え直す。

「三娘様」

「分かってる」

声は出たけれど、自分のものじゃないみたいだった。

一騎駆けはしない。

石宝だけに意識を奪われず、城壁や門の周囲、味方の位置、倒れた索超、そして退く道まで確かめる。

そう決めたはずなのに、視線は何度も索超へ戻った。

動かない。

大斧も土の上に転がったままだ。

あの人は強かった。

ただ勢いだけで戦っていた訳じゃなく、実際に石宝を押し、敵兵の列まで揺らしていた。

それでも討たれた。

力で押しているように見えても、相手が別の手を隠していれば勝てるとは限らない。

杭州城は、こちらを深く踏み込ませ、戻れなくなったところを狙ってくる。

アタシは奥歯を噛み、怒りや焦りに任せて飛び込むなと自分へ言い聞かせた。

その言葉が、さっきよりずっと重く感じる。

索超が倒れた場所から土煙が薄く上がり、その向こうでは石宝が刀を構えていた。

敵兵の喚声も、こちらの怒号も続いているのに、二人の間だけ音が沈んでいるように感じた。

「下げるぞ!」

黄信の声が届く。

同時に、後方から二娘が兵達を捌き始めた。

「道を空けな! 前から運んでくるよォ! 見物してる場合じゃない!」

顧大嫂も負傷兵を移し、索超を戻すための場所を作っている。

二人とも前へは来ず、こちらが下がれる場所を消さないために動いていた。

盾兵が前へ出て、弩兵が石宝達を牽制する。

その隙に何人かが馬を寄せ、索超の身体を引き戻そうとした。

石宝は追わない。

討ち取った勢いで押してくるならこちらも戦い方を決められるのに、あいつは門前から動かず、また誰かが焦って前へ出るのを待っている。

そこにも不気味さがあった。

索超の身体が味方の兵に囲まれ、大斧も回収された。

重いのか、二人がかりで運んでいる。

それを見て、ようやく実感が追いついた。

索超はもう立たない。

喉が詰まり、声が出なかった。

関勝は前を向いたまま青龍偃月刀を構えている。

郝思文を失った直後に、索超まで倒された。

その顔はここからでは見えない。

見えなくてよかったのかもしれない。

今の関勝の顔を見たら、アタシまで何かを抑えられなくなりそうだった。

「三娘様」

玉楼がまた呼んだ。

「分かってる」

「まだ、です」

「……分かってる」

短く返した。

そうしないと、声が揺れそうだった。

まだ動くな。

その言葉が嫌になる。

耐えて周囲を見ながら、石宝が何を狙っているのか考え続けろと言われている気がした。

じゃあ、いつなら前へ出て、怒っていいの?

そんな考えが頭をよぎり、自分で腹が立った。

違う。

今は、そこじゃない。

怒ったまま飛び出せば石宝の思う壺だと、索超が命を使って見せつけた。

郝思文の処刑も、徐寧への毒矢も、張順が戻らないことも、全部がこちらを急がせる方へ働いている。

杭州は、焦らせた相手を自分から前へ出させ、そこで噛む。

アタシは息を吐き、双刀を握る指の力を少し緩めた。

痛みが残っている。

どれだけ強く握っていたんだ、アタシ……

石宝はまだこちらを見ている。

遠いはずなのに目が合った気がしたが、その顔には笑いも怒りもなく、ただ次の流れを待っていた。

人の死まで戦の流れに変える男。

南離元帥・石宝――

忘れたくても、忘れていい相手じゃない。

「隊列を立て直せ!」

朱武の声が響く。

兵達が動き始め、盾が並び直される。

弩兵が位置を変え、槍兵も左右を締めたが、さっきまでとは違って足取りは重く、声にも勢いがなかった。

誰も索超が倒れた場所を見ないようにしているのに、意識だけはそこへ引かれているのが分かった。

アタシも同じだった。

玉楼が隣にいる。

その気配が、辛うじてアタシを今いる場所へ繋ぎ止めてくれる。

「三娘様」

「今度は何?」

「呼んだだけでございます」

一瞬、意味が分からなかった。

「……何よ、それ」

「先ほどから、意識が遠くへ行っておられましたので」

こんな時に……

そう思ったのに、止まっていた呼吸が少しだけ動いた。

笑えるほどじゃない。

でも、戻っては来られた。

「戻りましたか?」

「少しは」

「それなら結構でございます」

前へ目を戻す。

石宝だけでなく、城壁や味方の隊列、運ばれていく索超の方にも意識を向けた。

見たくないものからも目を逸らさない。

怒りは消えない。

怖さも消えない。

でも、それだけを理由に前へ出る訳にはいかなかった。

北門はまだ閉じている。

石宝はまだ、その前にいる。

こちらは、まだ攻めなければならない。

戦は止まらない。

でも、今度はただ噛まれる訳にはいかなかった。

三娘様をお呼びしただけなのですが、孫二娘殿が妙に感心しておりました。

「玉楼、それ結構うまいねェ。注意を現在へ戻すやつ」

「ただ、お名前を呼んだだけでございます」

「技法っぽく言うな!」

三娘様が即座に割って入ります。

顧大嫂殿も頷きました。

「でも効いたんだろ?」

「……効いたけど!」

「じゃあ採用だねェ」

「何に!?」

「三娘ォが戦場で意識飛ばした時用」

「専用メニュー作るな!」

わたくしは方天画戟を持ち直しました。

「では次から、三回ほどお呼びいたしましょうか?」

「増やすな!」

少しだけ、三娘様の声が戻りました。

ですが北門の前では、石宝殿がまだ動いておりません。

次に前へ出る者を、待っているのでございます。

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