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偽義の空盃編

夜はまだ明けない。

戦は終わった。

勝ったはずだ。

だが、胸の奥に残るものは軽くない。

名前が回る。

声が上がる。

盃が重なる。

それで出来上がるものがある。

アタシは、それを知っている。

だから、行く。

行かないわけにはいかない。

見ておく必要がある。

この場所が、どこへ向かうのか。

夜はまだ明けない。

人の動きだけが増えていく。

呼ばれている。

今度ははっきりしている。

行き先も、理由も。

アタシは歩く。

玉楼が半歩、後ろにつく。

建物の奥。

人払いされている。

入口に見張りが立つ。

通される。

声は抑えられている。

そこに、あの男がいる。

盧俊義だ。

座らされている。

拘束はされていない。

だが、自由でもない。

周りに人がいる。

距離がある。

詰めない。逃がさない。

その中に、宋江がいる。

笑っている。変わらない。

声が届く。

「無理はなさらずに」

やわらかい。

だが、逃がさない。

盧俊義は答えない。

視線だけが動く。

場を見ている。

分かっている。

全部、見えている。

アタシは少しだけ目を細める。

やり方は同じだ。

変わらない。

違うのは、相手だけ。

玉楼が隣で動かない。

「……どう見ますか?」

アタシは視線を外さない。

「決まってるでしょ」

「もう逃げられないわ」

盧俊義の視線が、わずかに止まる。


既に手遅れだった。

もう囲われている。

逃げ道は残っていない。

選ばされているだけだ。

それでも、まだ決めていない顔をしている。

盧俊義は動かない。

宋江は笑っている。

アタシは視線を外さない。

見ていれば分かる。

どこで折れるか。それだけだ。

「此度のこと、詫びさせてもらいたい」

頭を下げる。場が静まる。

盧俊義は動かない。

一拍。

「……首領は、そなたが務めるべきだ」

静かに言う。

空気が張る。

アタシは声を張る。

「前首領は、史文恭を討った者を、次期首領にと言っていたわ」

場が止まり、視線が集まる。

一斉に、向きが変わる。

宋江の動きが止まる。

ほんの一瞬、顔が歪む。

盧俊義の視線が、わずかに上がる。

「……そういうこと」

ここでは決まらない。

玉楼が隣で動かない。

「通りましたね」

アタシは頷く。

 

外に出る。灯りが遠い。

夜はまだ動いている。

人の流れが変わっている。

その中に、二人いる。

林冲と、李俊だ。

並んで立っている。

声は低い。

近づいても、気にしない。

林冲が言う。

「流れたな」

李俊が頷く。

「ええ」

「前に出た」

誰のことかは、言わない。

林冲は視線を動かさない。

「分かっている」

李俊は少しだけ間を置く。

「このままだと、狙われますよ」

林冲は答えない。

李俊が目を細める。

「ここで決めさせないために」

林冲は頷く。

「それでいい」

李俊は息を吐く。

「……手を出してきますかね?」

林冲は首を振る。

「出させない」

はっきりしている。

「ここではな」

李俊は黙って頷く。

理解している。

「分かりました」

アタシは少しだけ目を細める。

全部、聞こえている。

玉楼が隣で動かない。

アタシは歩き出す。


人の流れが速くなる。

号令が飛び、夜のまま、動く。

馬が引き出され、鞍が鳴る。

隊列が組まれていく。

アタシは手綱を取る。

玉楼が横につく。

配置を見る。

前列が決まる。

名前が呼ばれ、一つずつ、埋まっていく。

アタシの名が呼ばれる。

視線を動かす。

すぐ横に、二人いる。

顧大嫂。

孫二娘。

もう並んでいた。

顧大嫂が急かす。

「遅いよ」

孫二娘が笑う。

「来たね」

相変わらずだ。

玉楼が小さく言う。

「……揃いましたね」

アタシは頷く。

「ええ」

遠くで声が上がる。

「出るわ」

隊列が動く。

迷わず、アタシは手綱を引く。

夜のまま、進む。

前が近い。

気配が変わる。

来る。


顧大嫂隊が駆ける。

「行くよ!」

ぶつかる。音が潰れる。

馬が鳴く。

土が跳ねる。前が重い。

止まらない。

アタシは手綱を引く。

「そのまま」

玉楼が通す。

「そのまま!」

顧大嫂が、前に出る。

「まだ足りないねぇ!」

力で押す。

列が歪む。

無理やりこじ開ける。

そこへ孫二娘が入る。

「逃がすかよ!」

横から絡む。

一人、引きずり落とす。

崩れが広がる。

姐御セットは、相変わらずパワフルだ。

アタシは見る。

「そこ」

三つ、噛み合う。

押し込む。

止まらない。

前が、開く。


そのまま行ける。

そう見える。

次の瞬間、止まる。

一騎。

そこにいる。

顧大嫂が踏み込む。

「どけ!」

打ち込む。

受けられる。

弾かれる。

崩れない。

孫二娘が回る。

「逃がすか!」

横から入る。

合わされる。

通らない。

玉楼が前に出る。

静かに入る。

刃を合わせる。

外される。

通らない。

アタシは見る。

「下がって」

玉楼が通す。

「下がれ!」

距離が開く。

息が戻る。

前を見る。

そこにいる。

動かない。

それだけで、間が止まる。

踏み込めない。

なのに、届かない。

――何だ、こいつ。

誰も、名を知らない。

それでも、分かる。

ここで倒す相手じゃない。


そう判断した瞬間。

横から、影が入る。

速い。

止める間がない。

一直線。

そこにいる奴が、初めて動く。

遅い。

刃が鳴る。

一合にもならない。

体勢が崩れる。

馬がずれる。

そのまま、落ちる。

土が跳ねる。

一瞬、音が消える。

誰かが叫ぶ。

「――盧俊義だ!」

声が広がる。

アタシは息を吐く。

「……持っていくわね」

玉楼は何も言わない。

ただ、前を見る。


声が広がる。

ざわめきが走る。

前の列が揺れる。

踏み込みが鈍る。

崩れる。

誰かが引く。連なる。

止まらない。

アタシは手綱を引く。

「追わない」

玉楼が通す。

「追うな!」

第四軍が止まる。

列が締まる。

息が揃う。

顧大嫂が振り返る。

「行かないのかい?」

アタシは首を振る。

「ここまで」

孫二娘が笑う。

「十分だね」

前を見る。

もう、終わっている。

土だけが残る。


人が動き、隊列が戻る。

負傷者が運ばれる。

戦は、終わっている。

アタシは馬を進める。

玉楼が横につく。

顧大嫂と孫二娘も並ぶ。

前に、止まっている影があり、人だかりができている。

人が道を空ける。

中央に、一人立っている。

周りが、離れている。

名を呼ぶ声が残っている。

「盧俊義」

アタシは足を止め、間合いを取る。

視線を上げる。

目が合うが、逸らさない。

顧大嫂が鼻で笑う。

「いいとこ、持ってくじゃないか」

孫二娘が肩をすくめる。

「持ってかれたねぇ」

盧俊義は答えない。

ただ、こちらを見る。

玉楼が半歩、前に出る。

何も言わない。

空気が落ち着く。

アタシは視線を外す。

「退くわよ」

玉楼が通す。

「第四軍、退け!」

隊列が動く。

そのまま、離れる。


夜は、まだ明けない。

空気が冷える。

戦の熱が、ゆっくり抜けていく。

アタシは馬を進める。

玉楼が隣につく。

顧大嫂と孫二娘も離れない。

隊列は静かだ。

声は少ない。

誰も振り返らない。

前に、灯りが見える。

林冲隊だ。

人が集まっている。

動きが違う。

戦の後じゃない。

待っている。

アタシは足を緩める。

玉楼が一歩、前に出る。

「報告を」

人が道を空ける。

その奥に、いる。

林冲だ。

動かず、こちらを見る。

アタシは馬を止める。

視線を上げる。

「終わったわ」

林冲は一拍置いて、頷く。

「見ていた」

余計な言葉はない。

アタシは呟く。

「そう」

それで終わる。


部屋に戻る。

扉を閉める。

外の音が途切れる。静かだ。

アタシは椅子に腰を下ろす。

玉楼は、いつもの位置に立つ。

顧大嫂と孫二娘も、そのまま中に入る。

遠慮はない。

しばらく、誰も言わない。

外から、笑い声が流れ込む。

酒の匂いも混じる。

宴だ。

アタシは目を閉じる。

「……また、あれか」

顧大嫂が鼻で笑う。

「勝ったら騒ぐ。それ自体は悪くないさ」

言い方は軽い。

だが、目は笑っていない。

「けどね。誰の手柄で、誰の顔を立てるための酒か。それが見えすぎる」

孫二娘が壁に背を預ける。

「二龍山にいた頃はさ、勝ったらただ飲んだ」

一拍。

「生き残ったから飲む。それだけだった」

「ここは違うねぇ」

アタシは目を開ける。

「何が?」

孫二娘は口元だけで笑う。

「酒まで、誰かのために回ってる」

顧大嫂が続ける。

「晁蓋様の頃は、もう少し粋だったよ」

「今は、綺麗すぎる」

玉楼は何も言わない。

ただ、聞いている。

アタシは息を吐く。

「綺麗なものほど、汚れが見えるわね」

顧大嫂がこちらを見る。

「分かってるじゃないか」

孫二娘が肩をすくめる。

「だから嫌なんだよ。あの席は」

アタシは椅子の背に体を預ける。

出たくない。

けれど、出なければ見えない。

見えなければ、遅れる。

遅れれば、使われる側に回る。

「出ないと、出遅れる」

顧大嫂は口元を歪める。

「だろうね」

孫二娘も頷く。

「顔は出すしかないさ」

玉楼が静かに言う。

「見ておく必要があります」

それで決まる。

アタシは立ち上がる。

「行くわよ」

玉楼が動く。

顧大嫂と孫二娘も続く。

扉を開ける。

音が戻る。

笑い声。

盃の音。

誰かの名を持ち上げる声。

アタシは一度だけ息を吐く。

そのまま、宴へ向かう。

盃は回る。

言葉も回る。

誰が何をしたか。

誰のための戦だったか。

その形は、すぐに整えられる。

整えられたものは、綺麗に見える。

綺麗なものほど、疑いにくい。

だから、残る。

アタシは、それを横で見ている。

まだ中には入らない。

だが、離れもしない。

その距離で、しばらくはいい。

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