第81話
長かった戦いと、目まぐるしく人々が交錯した騒がしい日々がようやく過ぎ去った。
賑やかだった屋敷には静寂が戻り、レイヴン邸は今、本来あるべき二人だけの甘やかな時間を迎えている。
重厚なオークの扉が閉じられ、夜の寝室には燭台の柔らかな炎と、二人を祝福するように降り注ぐ青白い月光だけが満ちていた。
「……カティ」
背後から滑り込んできたしなやかで力強い腕に抱き締められ、エカテリーナは小さく息を呑んで振り返る。
そこには、普段の理知的な面影をすっかり消し、灼けるような熱を孕んだ蒼の瞳で自分を見つめるギルバートの姿があった。
「バート……っ? あの……」
「ずっと、我慢していたんだ」
逃がさないと言わんばかりに、ギルバートはエカテリーナの華奢な腰を引き寄せて密着させると、彼女の白く細い首筋へと深く顔をうずめた。
吸い付くような吐息と唇の感触に、エカテリーナの身体がびくりと跳ねる。
「客人が大勢いて、ずっと指一本まともに触れられなかった……。今夜は覚悟してほしい」
「っ……バート、そんな……んっ」
甘い言葉を呑み込むように重なった唇。
深く、熱く、息を吸い尽くすような口づけが何度も落とされる。
熱情に塗れた指先がシルクの薄い衣を滑り落ち、エカテリーナの肌を直接なぞり上げると、彼女の身体からすっと力が抜け、彼の胸の中に身を委ねるしかなかった。
ベッドへと優しく倒し込まれ、覆いかぶさる重厚な体温。
ギルバートの大きな手がエカテリーナの濡れた髪をすくい上げ、幾度も首筋から鎖骨へと甘い痕を刻んでいく。
「……前世の記憶を、完全に思い出したのだろう?」
エカテリーナの薬指で微かに輝く『月光石』を見つめながら、ギルバートは愛おしそうに目を細めた。
「ええ……。セレスティアと、レオン……。あの切なくて、悲しかった涙の記憶も……全部」
エカテリーナが潤んだ瞳で見つめ返すと、ギルバートは彼女の華奢な手を取り、自らの衣の隙間から露わになった素肌――その鼓動の鳴り響く胸元へと深く導いた。
指先から伝わる、狂おしいほどの脈打ち。
「俺が君を遠くから見つめていた時も、奪い去りたいと飢えていた時も……ただの片思いにしては、どうしてこれほど狂おしいのか不思議だった」
ギルバートはエカテリーナの額にそっと額を重ね、吐息が混ざり合うほどの距離で、熱く甘い声で囁いた。
「だけど、すべて繋がったよ。俺が君を好きで好きでたまらなくて、何としてでも妻にしたいと望んだのは……あの日、君を残して逝ってしまったレオンの想いも、ずっと俺の中に受け継がれていたからなんだな」
『生まれ変わったら……今度こそ君を、俺の妻にする』
遠い昔、冷たい荒野で途絶えたあの最期の約束。
「バート……私ね、今すごく幸せよ。聖女としてではなく、ただの『エカテリーナ』として、貴方にこんなにも愛されていることが……たまらなく嬉しいの」
「カティ……もう二度と、逃がしてなんてやらない。俺の生涯も、魂も、この身のすべてで君を愛し尽くす」
再び重なり合う唇。
今は、身も心も余すことなく重ね合わせ、二人は幾重もの運命を乗り越えて、互いの愛を確かめ合っている。
シーツを強く掴み取るエカテリーナの指先をギルバートの指が力強く絡め取り、月光が静かに二人を包み込む中、数千年の時を超えて結ばれた二人の愛は、もう二度と悲劇に引き裂かれることなく、夜の闇さえ優しく溶かしていくのだった。




