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冷徹な聖騎士様は、地獄を脱出した元令嬢を溺愛したくて仕方がない〜実は十三年前から初恋でした〜  作者: 白狼るる


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第8話


滞りなく挙式が終わり、控室には弟のアランがこっそりと駆けつけてくれた。



たった一人の血を分けた弟であるアランだけは、姉の晴れ姿を一目見ようとこっそり抜け出してきたのだ。



「カティ姉さん……!」



大きく成長したアランが息を切らせて部屋に入ってくると、エカテリーナは懐かしさと安堵に目を潤ませながら、彼をぎゅッと抱きしめた。



「アラン……来てくれたのね。ありがとう」



アランは少し照れくさそうにしながらも、純白のドレス姿の姉を見て嬉しそうに微笑んだ。



そんな姉弟のやり取りを少し離れた場所で見つめていたギルバートの前に、アランはキリッとした表情で進み出た。



実家の父親への不信感があるからこそ、アランの中には「姉を絶対に守らなければ」という強い意志がある。彼はギルバートの前に立ち、真摯な眼差しで頭を下げて言った。



「……レイヴン侯爵閣下。姉を、カティをどうかよろしくお願いします。あの家では、父も継母たちも、姉をずっと冷遇して……つらい思いをさせてきました。だから……今度こそ、姉には本当に幸せになってほしいんです」



その真摯で切実な言葉に、ギルバートは迷いのない瞳でまっすぐ頷き返す。



「――もちろんだ。彼女を絶対に不幸にはしない。俺が命に代えても守ると、ここに誓う」



その力強い返答にアランがホッとしたような笑顔を見せる。エカテリーナは(アラン……いつの間にこんなに頼もしくなったのかしら)と、胸を熱くさせるのだった。



だが、感動の余韻は長くは続かなかった。



控室の扉が、何の断りもなく荒々しく開け放たれたのだ。



「ちょっと、どういうことよ! 私たちに一言の相談もなく、勝手に大聖堂で侯爵閣下と結婚式を挙げるなんて!」



入ってきたのは、見慣れた継母ルイーゼと、我が物顔で着飾った義理の妹たち――ソフィーとシャルロッテ、そしてその後ろで気まずそうにしながらも流されている父親のロバートだった。



勝手に家を出てレイヴン侯爵に嫁いだことが面白くなかったのだろう。ソフィーとシャルロッテは嫉妬に狂ったような顔でエカテリーナを睨みつけ、ヒステリックに声を荒げた。



「お姉様、自分がどんな身分か分かっているの!? 一度離婚した出戻りの分際で、王国最強のレイヴン侯爵サマをたぶらかすなんて厚かましいわ!」



「そうよ! 閣下は『剣の鬼』って呼ばれて女性に興味なんかないって噂だもの。どうせすぐに飽きられて、実家に泣きつきに戻ってくるのがオチよ!」



「お父様からも何か言ってやってくださいよ!」



妹たちの下劣な罵声が控室に響き渡る。ロバートも気まずそうに目を泳がせながら、「おい、エカテリーナ……実家に何の相談もなしにこれはないだろう。謝罪して、今後の支度金を……」と口を開きかけた、その時――。



「――誰の許可を得て、俺の妻の控室に踏み込んできた?」



低く、地獄の底から這いずるような氷点下の声が響いた。



その場の空気が一瞬で凍りつく。振り返ったルイーゼたちの視線の先で、ギルバートがゆっくりと立ち上がっていた。



その蒼い瞳に宿っていたのは、いつもの冷徹な理性など微塵もない、すべてを凍りつかせるような圧倒的な殺気だった。



「ひっ……!」



あまりの迫力に、ルイーゼとソフィーたちはその場にへたり込みそうになる。



ギルバートは冷たい足取りで一歩、また一歩と歩み寄り、震えるロバートたちを凄まじい眼差しで見下ろした。



「彼女は俺の妻だ。そして、俺の命に代えても守るべき、世界でたった一人の女性だ。……それを『すぐに飽きられる』だと?」



ギルバートの纏う圧倒的な威圧感に、部屋中の空気が重く沈む。



「お前たちがこれまで彼女にどのような扱いをしてきたか、俺が知らないとでも思ったか? よくも、俺の最愛の妻をそのような目にあわせ続けてくれたな」



低く絞り出すような声に、ロバートたちは恐怖で顔を真っ青にし、一歩も動けなくなっている。



「……言っておくが、これ以上彼女に一歩でも近づき、不敬な真似やくだらない噂を流す者がいれば、ヴェルツ子爵家など、俺の剣一つで明日にも跡形もなく消し去ってやる。二度とその汚い面を彼女の前に見せるな。失せろ」



その殺気を含んだ一喝に、ルイーゼたちは悲鳴を上げ、ロバートを引きずるようにして逃げるように部屋から転がり出していった。



静まり返った控室で、ポカンと口を開けていたエカテリーナは、目の前で仁王立ちするギルバートを見上げて呆然とする。



(え……? いま、ギルバート様……私のために本気で怒ってくれたの……? しかも「最愛の妻」なんて……っ!?)



甘い響きに胸の奥がキュッと締め付けられ、耳の先まで真っ赤に染めながら硬直するエカテリーナ。だが、彼女は慌てて自分の頬をパンと軽く叩き、必死に頭をブンブンと横に振った。



(――って、これはあくまで周囲の目を欺くための徹底した演技なんだから! ギルバート様、プロ意識がすごすぎるというか、気合いが入りすぎててこっちが恥ずかしくなっちゃうわよっ……!)



一人で勝手に納得しつつも、エカテリーナは慌てて姿勢を正し、ギルバートに向かって深々と頭を下げた。



「あの……侯爵様、先ほどは私を庇ってくださって、本当にありがとうございました。助かりましたわ」



礼を言われたギルバートは、びくりと肩を揺らす。向けられた真っ直ぐな感謝の視線に耐えきれなくなったのか、彼は気まずそうにサッと顔をそらした。



そして、わざとらしく低くぶっきらぼうな声で言い放つ。



「……虫が湧いただけだ。気にするな」



規律正しい低い声が、わずかに揺れていたことには、エカテリーナも気づかなかった――。






やがて慌ただしい一日の終わり、二人は馬車に揺られてレイヴン侯爵邸へと向かっていた。



ガタゴトと車輪が石畳を鳴らす音だけが響く中、閉ざされた馬車の中は奇妙な静寂に包まれていた。大勢の参列者たちの目を離れた途端、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れる。



二人きりになったとたん、エカテリーナの胸の中は、あの瞬間の記憶――祭壇の前で交わされた、あんなにも熱を帯びたキスの感触で、大嵐のように荒れ狂っていた。



(……うそ、なんであんなに本格的に……っ!? あれって、私の初めてのキスだったのよ……?)



思い出すだけで、カッと耳のあたりまで熱が昇っていくのがわかる。ただの契約結婚の、しかも形だけの形式的な式のはずだった。それなのに、唇に残る微かな熱や、彼女を抱きすくめたギルバートの腕の強さを思い出してしまい、エカテリーナの心臓はうるさいほどに跳ね上がっていた。



かといって今更本人にどう突っ込んでいいかも分からず、エカテリーナが固まっていると、向かいの席に座っていたギルバートが、急に咳き込んだ。



「……コホン!」



驚いて見ると、ギルバートはなぜか顔を真っ赤にし、必死に窓の外を睨みつけながら、ぶっきらぼうに呟いた。



「っ……さ、先ほどの式でのことだ。……あれは、あくまで周囲の目を欺くための『演技』の一環にすぎん。参列者たちに変に疑われないよう、徹底して本物の夫婦を演じる必要があるからな。決して、ほかの深い意味があるわけではない……!」



(なるほど、そういうことね!)



エカテリーナはパッと表情を輝かせた。



「さすがは侯爵様! そこまで徹底して演技なさるなんて、プロ意識がすごいです!」



納得したような尊敬の目を向けるエカテリーナに、ギルバートは「あ、ああ、そういうことだ!」とただ不愛想に頷くしかなかった。



こうして、盛大な勘違いと不器用な言い訳を乗せた馬車は、ようやくレイヴン侯爵邸へと到着したのだった。






「ふう……やっと落ち着いたわ」



エカテリーナは、机の上に、式の間身につけていた『月光石』のティアラやネックレス、イヤリング、そして指輪を丁寧に並べた。



「そういえば、このアクセサリーたち……。式の時用に貸してもらったものよね。ちゃんと返さなくちゃ」



そう独り言をつぶやきながら宝石箱に丁寧にしまい終えた、まさにその時、コンコン、と上品なノックが響いた。



「どうぞ」



返事をすると、ガチャリと音を立てて扉が開き、式典用の正装を脱いでシャツ姿になったギルバートが姿を現した。



「侯爵様、ありがとうございました。アランも本当に喜んでくれました」



エカテリーナが丁寧に頭を下げると、ギルバートは「気にしないでくれ」とぶっきらぼうに一言返すだけだ。



緊張が少しだけ解けたエカテリーナは、ふと机の上に置かれた宝石箱へと視線を向けて、申し訳なさそうに切り出した。



「あの、この宝石もありがとうございました。お返ししますね」



すると、ギルバートは低い声で淡々と言い放った。



「……それを返すと?」



「はい。これほど高価なものをいつまでも借りておくわけにはいきませんし……」



そう言って箱を差し出すと、ギルバートは眉間をピクリと微かに動かし、不機嫌そうに首を横に振った。



「返す必要はない。それはあなたのものだ」



「えっ……? ですが、これはレイヴン家に代々伝わるものだとおっしゃっていたではありませんか!」



「そうだ。だが、それは『レイヴン家の妻が身につけるためのもの』だ」



ギルバートは一歩近づき、エカテリーナをまっすぐに見据えて低い声で続ける。



「代々……つまり、現在のレイヴン家の妻であるあなたが身につけるべきものだ。あなたのものに決まっている。それに――」



ギルバートはふと、彼女の左手薬指に目をやった。



――だが、そこに嵌まっているはずの指輪がない。



「……」



ギルバートの瞳がわずかに揺れ、息を呑む音が静かな部屋に響いた。彼は一歩踏み出し、宝石箱の中を覗き込むと、そこへ綺麗に収められている結婚指輪を見つける。



「なぜ、それを外した」



冷徹な仮面の奥から、隠しきれない焦燥と執着が滲んだ低い声が漏れる。



「えっ? だって……」



戸惑うエカテリーナの言葉を最後まで聞くことなく、ギルバートは素早い手つきで宝石箱から指輪をつまみ上げた。そして、彼女の拒絶を許さない力強さで、エカテリーナの左手薬指をしっかりと掴み取り、再びぴったりと嵌め込む。



カチリと、冷たい金属の感触が戻った。



「……指輪を決して外すな」



「え? 指輪をずっとですか?」



「あ、ああ……」



ギルバートは動揺を隠すようにわざとらしく咳払いをし、必死に理屈を並べ立てた。



「俺たちは世間に対して『新婚の夫婦』として振る舞わなければならん。屋敷内であっても使用人や来客の目はある。いざというときに指輪をつけていなければ、あらぬ疑いをかけられる。だから……その……肌身離さずつけておくのが『任務』だ」



(なるほど、そこまで徹底して演技の辻褄を合わせる必要があるのね……!)



エカテリーナは深く感心し、自分の薬指できらめく月光石の指輪をそっと撫でた。



「分かりました! 演技に穴を開けないよう、ずーっと大切に身につけておきますね」



(ずーっと身につけておく)という言葉に、ギルバートの心臓がうるさく跳ねた。自分の名前を刻み込んだその指輪が、彼女の温かい体温に包まれていることを想像してしまい、彼は慌てて視線を逸らす。(ちなみにギルバート自身の左手薬指にも、シンプルなデザインの結婚指輪がしっかりと嵌められていた)。



動揺を押し隠すように、ギルバートはさらに続けて本題を切り出した。



「それともう一つだ。……この屋敷の中では、指輪だけではなく呼び方や過ごし方にも気を配る必要がある。……これからは、俺のことは『ギルバート』と呼んでくれ。食事も基本的には一緒に取る」



「えっ!?」



思わず声を上げたエカテリーナに、ギルバートは平然とした顔を取り繕いながら言い放つ。



「夫婦なのだから、『侯爵様』では他人行儀でおかしい。周囲に疑われる。……いいな?」



なるほど、確かにその通りだ。



「なるほど! どこに面倒な目が潜んでいるかわかりませんもんね。わかりました、周囲の目ですね! お任せください、ギルバート……様?」



その弾けるような笑顔と、戸惑いながらも名前を呼んでくれた響きに、ギルバートの心臓が再び激しく跳ねる。するとエカテリーナが、ふと見つめて言った。



「……それじゃあ、私のことも『カティ』と呼んでください」



「ああ……では、今日は疲れただろう。もう休んでくれ、カティ」



ギルバートはそう言い残すと、これ以上耐えられないと言わんばかりの早足で自分の部屋へと去っていってしまった。



のちに部屋に残されたエカテリーナは、パタンと閉まった扉を見つめながら首を傾げる。



(……気のせいかしら? 今、名前を呼んだとき、ギルバート様の顔が少しばかり赤かったような……? いやまさか、あんなに冷徹な聖騎士様が照れるわけないか。きっと、お仕事でお疲れなのね!)



完全に見当違いな理由で納得しつつ、エカテリーナは明日からの新生活に思いを馳せるのだった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


そして、早速ブクマをしてくださった方……本当にありがとうございます、とても励みになります。


次の更新もできれば15時や21時頃に……と予定はしておりますが、なにぶん時間の都合がつかない日も多いため、確実なお約束はできず申し訳ありませんが、できる限り頑張って更新したいと思っています。


お付き合いいただけますと幸いです!

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