第78話
「……レオン……っ!」
「……セレスティア……!」
前世の記憶と、数千年の時を超えた愛を取り戻した二人。
しかし――その再会を喜ぶ間もなく、ギルバートの身体からはなお鮮血が流れ続けていた。
「そんな……バート! 待っていて、今すぐ治すわ……っ!」
エカテリーナは震える手でギルバートの傷口に手をかざし、必死に聖気を送り込む。
しかし、黒い呪いは聖なる光を弾き返し、傷口は塞がるどころか、じわじわとギルバートの命を蝕んでいく。
(どうして……っ! 前世と同じ……大聖女の力をもってしても、邪神の呪いだけは治せない……!?)
デジャヴのような絶望がエカテリーナの胸を締め付け、ポロポロと涙が溢れ出す。
また目の前で彼を失ってしまうのかと、全身が恐怖で凍りつきかけた――その時だった。
『カティ、泣かないで!』
ポンッと光の粒子が弾け、純白の毛並みを揺らしたウサギの姿のポコが、エカテリーナの肩へとぴょんと飛び乗った。
続いて、夜空から光の粒のように無数の小さな妖精たちが集まってくる。
『カティを悲しませるやつなんて大嫌いだもん!』
『私たちが助けるからね、カティ!』
「ポコ……! みんな……!?」
『……ジュリアスの家にいたときは、カティが苦しんでるって分かってたのに……あそこに近づくことすらできなかったよね』
ポコが、悔しそうに耳を伏せる。
かつてレイチェルの屋敷に満ちていた、淀んだ呪い。
その強烈な瘴気を前に、妖精たちはエカテリーナを助けることができなかった。
『でも、もう逃げないよ』
ポコは小さな身体を震わせながら、ギルバートの傷口を見つめた。
『あのとき何もできなかった分まで……今度は、ボクがカティの大切な人を助けるんだ!』
「待って、ポコ……!」
エカテリーナが慌てて手を伸ばす。
「この呪いは危険よ! あなたまで傷ついてしまったら……!」
『ううん。分かってるよ、カティ』
ポコは振り返り、小さな身体で精一杯胸を張った。
『この呪いは、ボクにとっても危ない。近づいたら、力を全部吸い取られて……二度と飛べなくなるかもしれない』
「……っ!」
エカテリーナの顔から血の気が引く。
「だったら、やめて! お願い、ポコ……! あなたまで犠牲になるなんて、絶対に嫌!」
『……でも』
ポコは悲しそうに笑った。
『カティが泣いてる』
「……!」
『ボク、カティが泣いてるのを見るの、嫌いなんだ』
小さな身体が、ギルバートの傷口へ向かって跳ねる。
「ポコ――!」
エカテリーナの伸ばした手は、あと少しのところで届かなかった。
ポコはギルバートの傷口のそばへ、ふんわりと降り立った。
『僕の力なら、そんな黒くて嫌な呪いなんて吹き飛ばせるよ!』
『レイヴン侯爵様! カティを悲しませないって約束してくれるなら、ボクの力、ぜんぶ貸してあげる!……その代わり、この戦いが終わったら、美味しい新鮮なお野菜、たくさん頂戴ね!』
「……っ、ああ、約束する。何トンでも……山盛りで用意してやる……!」
激痛に胸を上下させ、苦しげに息を吐きながらも、ギルバートはポコへ向けて口元を不敵に歪めてみせた。
その蒼い瞳には、絶対に折れない強い意志が宿っている。
それを見届けたポコは、ギルバートの傷口へ小さな前足をそっと触れさせた。
『カティを苦しめる嫌な呪いなんて……みんなどこかへ飛んでいけーっ!』
ポコの身体から、眩いばかりの清らかな光が溢れ出す。
周囲の妖精たちは、その光を支えるようにポコの周りを飛び回った。
『ポコ、頑張って!』
『もう少しだよ!』
『カティの大切な人を、助けるんだよ!』
仲間たちの声援を受けながら、ポコは必死に力を注ぎ続ける。
澄み切った大自然の清廉な力がポコの身体から溢れ出し、エカテリーナの聖気では消せなかった禍々しい黒い呪いを、柔らかな光が少しずつ包み込んでいく。
『うう……っ! まだ……まだだよ……!』
ポコの身体が小刻みに震える。
それでも、決して力を緩めない。
「ポコ……もういいわ! お願い、もうやめて……!」
エカテリーナの瞳から、再び涙が溢れる。
しかし――。
『ダメ……! カティが泣かないようにするんだ……!』
ポコは最後の力を振り絞った。
『――えいっ!!』
パァァァァッ……!
凄まじい光が弾け、ギルバートの傷口を蝕んでいた黒い呪いが、一気に霧散していく。
「……っ!」
やがて黒い呪いが完全に消え去ると、ポコの身体から力が抜けた。
『へへ……ちゃんと……できた……』
「ポコ!」
ふらりと宙を漂ったポコが、そのまま落ちてくる。
エカテリーナが慌てて両手を差し出すと、ポコはその腕の中へ、ぽすんと落ちてきた。
純白だった毛並みは少しくすみ、その小さな身体からは、いつものような清らかな光がほとんど感じられない。
「ポコ……! しっかりして!」
『大丈夫だよ、カティ……』
ポコはかすかに目を開き、安心させるように笑った。
『ちゃんと……カティの大切な人、助けられたよ……』
「……っ、ポコ……!」
エカテリーナは涙を浮かべながら、ポコの小さな身体をそっと抱きしめた。
『だから……ちょっとだけ、眠るね……』
そう呟くと、ポコは安心したように目を閉じた。
「……ポコ……」
エカテリーナは胸が締め付けられる思いで、眠ったポコを見つめる。
すると、すぐそばにいた妖精の一人がポコへ近づき、その身体をそっと受け取った。
『大丈夫だよ、カティ。ポコはボクたちが見てるから』
「……お願い。ポコを守ってあげて」
『うん!』
妖精たちは眠ったポコを大切そうに囲む。
エカテリーナは一度だけポコを振り返ると、涙を拭った。
「……ありがとう、ポコ。今度は私が、バートを守るわ」
そして――。
ポコが呪いを消し去ったことで、エカテリーナの治癒魔法を阻んでいた力も消えた。
「傷が……塞がった……!」
エカテリーナがすぐさま聖気を送り込むと、ギルバートの傷口が一気に塞がり、血色が劇的に戻っていった。
「ありがとう……ポコ……。お前のおかげだ」
ギルバートは力強く立ち上がり、愛剣を握り直した。
前世ではレオンが一人で抱え込み、セレスティアが一人で涙を呑んだ。
だが今世の二人には、互いへの愛だけでなく、ポコたち妖精との温かな絆がある。
「いくぞ、カティ! 今度こそ、二人でアイツを打ち破る!」
「はい、バート! 私のすべてを、あなたに託すわ!」
エカテリーナの薬指で「月光石」が太陽のごとき眩い聖光を放ち、ギルバートの聖剣へと吸い込まれていく。
一度は二人を引き裂いた邪神の力を乗り越え、前世では果たせなかった未来を掴むため――二人の最強のコンビネーションが、満月の下で再び覚醒したのだった。




