第76話
「オオオオオオッ!! 滅びよ、大聖女ぉぉぉっ!!」
『邪神ゼノヴィア』が腕を打ち振るうと、空間を引き裂くような漆黒の衝撃波が一直線に放たれた。
地面が爆音とともに爆ぜ、黒い瘴気が津波となってエカテリーナたちへと押し寄せる。
「させるかあっ!!」
ギルバートが前に躍り出ると同時に、聖剣を激しく一閃させた。
「――聖騎士流奥義・天光十文字!」
目も眩むような眩い聖気が十字の閃光となって放たれ、迫り来る瘴気の津波を真っ向から切り裂いて霧消させる。
衝撃の余波で嵐のような風が吹き荒れる中、ギルバートは絶え間なく地を蹴り、異形と化したゼノヴィアへと肉薄した。
「ハハハッ、無駄だ無駄だぁッ!」
背から生えた漆黒の翼を羽たたかせ、鋭い爪を振り下ろすゼノヴィア。
しかし、ギルバートの剣技は冴え渡っていた。
無数の爪撃を最小限の動きで受け流し、透き通るような聖なる刃で相手の漆黒の装甲を次々と切り刻んでいく。
さらに、死角から襲い来る不意打ちの暗黒弾に対しては――。
「――聖光の結界!」
背後に控えるエカテリーナが静かに祈りを捧げると、ギルバートの全身を覆うように黄金の防壁が展開された。
暗黒弾は結界に阻まれて弾け飛び、ギルバートの一瞬の隙すら与えない。
「見事だ、カティ! 息がぴったりだな!」
「はいっ、バート! 怪我はない!?」
息の合った完璧な連携。
幾多の死線を潜り抜けてきた歴代最強の騎士と、覚醒しつつある大聖女の絆は、異形の脅威すら押し返しているかに見えた。
(いける……! このまま聖なる力で押し切れば勝てる……!)
そう確信した瞬間だった。
「クハハハハ……甘いな、人間どもめ……っ!」
邪神の胸部に埋め込まれた『石匣』が、ドクンと不気味に脈動した。
周囲に漂う瘴気と、数千年間にわたって蓄積されてきた人々の憎悪や怨念が一気に吸い上げられ、邪神の全身が何倍もの膨大な魔力で膨れ上がる。
「我は数千年間、あの暗闇の中で耐え忍んだのだ……! あの忌々しい大聖女への恨み……この程度で拭い去れると思うかぁぁぁっ!!」
ドッ……!! と天地を震わせるほどの衝撃波が吹き荒れ、ゼノヴィアの放つプレッシャーが跳ね上がった。
全身から溢れる漆黒の炎が輪郭を塗り替え、その力は先ほどまでとは比較にならないほど凶悪なものへと変貌を遂げる。
ゼノヴィアの真の狙いは、一貫してエカテリーナただ一人にあった。
「大聖女……お前だけは絶対に殺す!! ズタズタに引き裂き、その魂ごと潰してやる!!」
* * *
激しい攻防は、いつ果てるとも知れず続いた。
立ち込めていた暗雲は、二人の聖気と邪神の放つ凄まじい衝撃波の余波によって次々と吹き飛ばされていく。
いつしか空は夜へと移り変わり、雲の切れ間から満月が姿を現した。
蒼々とした月光が、荒れ果てた庭園を冷たく照らし出す。
「カティには……指一本触れさせん!!」
ギルバートは限界を超えたスピードで踏み込み、襲い来る瘴気の嵐を剣一本で防ぎ止める。
しかし、覚醒した邪神の力はあまりにも絶大だった。
「邪魔だ、騎士ぃぃぃっ!!」
無数に枝分かれした黒い光の槍が、月光を貫いてエカテリーナへと襲いかかる。
エカテリーナへ飛ぶ一撃をすべて己の身体で受け止めるべく、ギルバートは剣を盾にして立ち塞がった。
バリィィィンッ……!!
聖光の結界が打ち砕かれ、数本の黒槍がギルバートの肩と脇腹を深く穿った。
「ぐあっ……!!」
「バート――っ!!」
鮮血が月光の下で散り、ハラハラと舞い散る。
赤く染まった血が濡れた地面へと落ち、ギルバートは膝をつきそうになりながらも、剣を地面に突き立てて踏みとどまった。
「あ……ああ……っ」
エカテリーナの瞳が恐怖とショックで大きく見開かれる。
頭上には、澄み渡る満月。
目の前で血を流し、自分を守って倒れかけるギルバート。
そして、薬指で狂おしく熱を帯びる「月光石」の指輪――。
その瞬間、ギルバートの流した血が月光に照らされた。
――ドクン。
二人の鼓動が、まるで一つになったかのように重なった。
(また……だ。また私は……あなたを守れなかったのか……?)
ギルバートの脳裏に、凄まじい光景が奔流となって流れ込む。
(いいえ……今度こそ、私はあなたを失わない……!)
エカテリーナの瞳から、一筋の美しい涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。
数千年の時を超えて。
騎士が聖女を守って命を散らした、あの切なくも愛おしい最期の記憶が――二人の意識の中に一気に蘇ったのだった。




