第71話
「――お義父上が襲われた……っ! やはり、あれほど帰ると言い張っても、行かせるべきではなかった……!」
そのただならぬ気配と怒鳴り声を聞きつけ、エカテリーナとラーシャが庭へと飛び出してくる。
「バート、どうしたの……!?」
「カティ、お義父上の乗った馬車が襲撃を受けた! 今すぐ現地へ向かう!」
それを聞いた瞬間、エカテリーナの顔から血の気が引いた。
「私も行くわ!」
「ダメだ、カティ! 危険すぎる、お前になにかあったら……っ!」
ギルバートはそれ以上言葉を続ける暇もなく、アランを引き連れて全速力で現場へと馬を飛ばしてしまった。
取り残されたエカテリーナ。
すると、すぐ傍らにいたラーシャが、青ざめた顔で力強く訴えかけた。
「カティ先生、私も現場に連れて行ってください! 呪術の魔力の気配……私なら、誰の仕業か、どこへ向かったのか分かります。お願いします!」
「……っ! 分かったわ、行きましょう!」
エカテリーナは迷うことなく頷き、すぐさま馬車寄せへと走り出した。
慌てて追いかけてきたメイドのシビルが、青い顔で必死に制止する。
「お、奥様! いけません! あまりにも危険すぎます!」
シビルの制止を振り切るように、エカテリーナは毅然とした、しかし芯の強い美しい声で命令を下した。
「――いいえ、シビル! 馬車を出しなさい! これはギルバート・レイヴンの妻、エカテリーナ・レイヴンの命令です!」
その圧倒的な気迫と気高さの前に、シビルはそれ以上言葉を返すことができず、すぐに屈強な御者付きの馬車を手配させた。
エカテリーナとラーシャを乗せた馬車は、ギルバートたちの後を追って猛スピードで街道を駆け抜けていくのだった。
* * *
――その頃、現場に到着したギルバートとアランの眼前には、惨劇の跡が広がっていた。
「父さん……っ!」
「お義父上……っ! レイモンド!」
横転し、車輪が破壊された馬車のそばで、血を流して息も絶え絶えに倒れている護衛のレイモンドと、胸元を呪われてぐったりと横たわるロバートの姿。
ギルバートとアランは慌てて馬から飛び降り、二人のもとへ駆け寄った。
「レイモンド、しっかりしろ!」
「父さん、おい、父さん……っ!」
そこへ、わずかに遅れて到着した馬車の扉が勢いよく開き、エカテリーナとラーシャが飛び出してきた。
「カティ!? なぜ来るなと言ったはずだ……!」
ギルバートが驚愕と怒りを混じらせて声を荒らげるが、エカテリーナはその言葉を無視するように、ぐったりとするロバートの元へと崩れ落ちるように膝をついた。
「お父様……っ!」
ぐったりと息絶え絶えになっているロバートを抱きしめ、エカテリーナの瞳から大粒の涙があふれ出す。
「お父様、死なないで……っ! お父様までいなくなってしまったら、私は……私はどうしたらいいの……っ!」
愛する父親や傷ついた人々を失うかもしれない恐怖と絶望に耐え切れず、エカテリーナが激しく号泣したその瞬間――
彼女の身体の底から、底知れぬ圧倒的な聖女の力が爆発的にあふれ出した。
眩い聖光が周囲を包み込む。
純白の光はロバートの胸を蝕んでいたドス黒い呪詛をみるみるうちに洗い流し、さらに隣で血を流していたレイモンドの身体までも優しく包み込んでいく。
やがて、レイモンドの傷口がゆっくりと塞がり始めた。
さっきまで真っ青だったロバートの顔色にわずかに血の気が戻り、安らかな呼吸を取り戻す。そして、死線をさまよっていたレイモンドも苦痛の表情を和らげ、荒かった息を整えていった。
「……っ。二人とも、間に合った……!」
安堵に胸を撫で下ろすエカテリーナのそばで、ラーシャは地面に膝をつき、周囲に残された魔力の気配を探っていた。
「……呪術の残り香が、まだ微かに残っています。遠くには行っていません。おそらく、こっちの森の奥に逃げ込んだはずです」
ラーシャは鋭い視線を森の方向へと向け、ギルバートとエカテリーナに告げた。
「……きっと、呪いが成功したかどうかを、どこかから見届けているはずです。……そして、この魔力の残滓の辿り方や仕掛けられた呪術の型からして……間違いない、仕掛けたのは、おそらく私の育ての親である、バルド様です……!
その言葉に、ギルバートの瞳が殺気立つように鋭く光った。
「……我が家族を手にかけ、絶望する顔でも見たかったということか。許さん……!」
エカテリーナはアランにそっとロバートとレイモンドを託した。
「アラン、お父様とレイモンドさんをお願い……!」
「うん、姉さん、任せて! ふたりは僕が絶対に守るから!」
アランが力強くうなずいたのを確認すると、エカテリーナは立ち上がり、きりっとした強い決意の目を向けた。
「ラーシャ、案内して!」
「はい、こっちです!」
ラーシャが先行し、そのすぐ後ろをギルバートが「待て、カティ!」と声を張り上げながら猛追する。
二人が鬱蒼とした木々の生い茂る森の奥へと足を踏み入れていくと、視界が開けた場所に、不気味に佇む黒いローブの男の姿が見えてきた。
――バルドだった。




