第69話
開放的なテラスで語られた、衝撃的な告白。
そのやり取りを、少し離れた回廊の物陰からすべて聞いてしまったアランは、その場から一歩も動けなくなっていた。
(ラーシャ……そんな、過酷な暮らしを……っ)
貴族である子爵家の一人息子として、アランはこれまで多くのものに守られ、大切に育てられてきた。
実母のマリアが亡くなった後、継母のルイーゼや、義理の姉であるソフィーとシャルロッテが家に入ってきたときも、いさかいこそあったが自分の身に致命的な害が及ぶことはなかった。
後になって知ったことだが、レイチェル――かつてエカテリーナと結婚していたジュリアスの母親が、恐ろしい呪いを使っていたという。
父であるロバートもその精神誘導に深くかかり、「エカテリーナを惨めにひどい目にあわせろ」という呪いのままに動かされていた。
おそらくレイチェルにとって、アランという弟の存在など、どうでもよかったのだろう。不幸中の幸いか、アラン自身には実害が及ばなかった。
だが、そのせいで大切な姉であるエカテリーナが、たった一人であんなにも酷い目に遭わされていたのだと思うと、可哀想で、胸が締め付けられるようだった。
(――当時は父さんも操られていたんだから、どうしようもなかったって頭では分かっている。だけど……!)
ラーシャが背負ってきた痛ましい過去と、エカテリーナが味わった理不尽な苦難。
そのすべての元凶であり、いまもどこかで影を潜めている「マスター」という男の存在が、アランの中で激しい怒りへと変わっていた。
(許せない……! カティ姉さんや、ラーシャにあんな酷いことをしたあの野郎を、絶対に許さない……!)
居ても立ってもいられなくなったアランは、すぐに行動を起こした。
アランは、ちょうどテラス近くの回廊を歩いていたギルバートの姿を見つけた。
「――ギルバート義兄上!」
勢いよく駆け寄ったアランのただならぬ気配に、ギルバートは足を止め、怪訝そうな眉をひそめた。
「どうした、アラン。そんなに血相を変えて」
「義兄上にお願いがあります……! あの、マスターの野郎を……! 奴の居場所を突き止めて、僕に叩かせてください!」
アランの唐突すぎる直訴に、ギルバートはわずかに目を丸くした。
「……なんだって? お前がマスターを?」
「はい! さっき、義兄上たちがラーシャと話してるのを聞いてしまったんです。あいつがどれだけ酷いやり方でみんなを苦しめてきたのか……それを知って、じっとなんてしていられなくて! 僕だって、いつまでも子供扱いされてないで、家族を守るために戦いたいんです!」
アランのまっすぐすぎる、しかしあまりにも無謀な申し出に、ギルバートは静かに首を横に振った。
「気持ちは痛いほど分かる。だがな、アラン。相手は人の心の闇や呪いを操る卑劣な化け物だ。剣の腕が立つからといって、まだ学院生のお前が単身でどうこうできる相手じゃない」
「そんな……! じゃあ、このまま奴らがまた何か仕掛けてくるのを、指をくわえて待てって言うんですか!?」
悔しそうに拳を握りしめるアランに、ギルバートは厳しく、しかしどこか優しい声音で諭した。
「待つわけがない。俺やリチャードたちが、今も全力で奴の尻尾を掴もうと動いている。……だが、お前にできる一番の役割は、ここで余計な危険を冒さないことだ。お前の父上や、そして……お前が守りたいと思ったその子たちを、安全な場所で支えてやることじゃないのか?」
ギルバートの圧倒的な説得力と冷静な言葉に、アランは歯噛みしながらも、自分の力のなさを思い知らされてぐっと押し黙るしかなかった。
(くそっ……! 結局、僕はまだ何もできないのか……!)
悔しさに唇を噛みしめるアランの頭を、ギルバートはふっと大きな手で優しくポンと叩いたのだった。




