第65話
エカテリーナが「ピーチパイを取ってくる」と部屋を出て行ったあと、客間にはアランとラーシャの二人が残された。
少し気まずい沈黙が流れるのを和らげようと、アランはテーブルの上に置かれたテキストにそっと視線を落とした。
「……あ、これ。ラーシャが勉強しているテキストかい?」
「あ、はい……」
アランがページをめくると、そこに記された専門的な記述に、思わず感心したように目を丸くした。
「へえ、すごいな。こんな難しい内容を自分で勉強しているのか」
その言葉に、ラーシャはわずかに頬を赤らめながら、首を横に振った。
「いえ……私なんてまだまだです。すべては、カティ先生――エカテリーナ様が、すごく分かりやすく丁寧に教えてくださるおかげなんです」
「あぁ、姉さんの教え方は本当に上手いからね。実は、僕も小さい頃はよく姉さんに勉強を教えてもらったんだよ」
懐かしそうに目を細めるアランの姿に、ラーシャはふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「そうなんですね……。アラン様は、王立高等学院に通っていらっしゃるんですよね?」
「ああ。レイヴン侯爵様も卒業された、あの王立高等学院に通わせてもらってるよ」
アランが誇らしげに胸を張ると、ラーシャは少し羨ましそうな、憧れのこもった瞳を向けた。
「学院での生活は、どうですか……?」
「そうだな……まわりは優秀な連中ばかりで刺激的だし、僕もそれなりに頑張っているよ。一応、剣を極めたいと思っていて、将来は正式に騎士になろうと考えているんだ」
「すごいですね……! 剣士を目指しているなんて、かっこいいです」
ラーシャの真っ直ぐな称賛の言葉に、アランは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「はは、ありがとう。……ちなみに、ラーシャは将来、何かやりたいことはあるのかい?」
「私は……幼い頃から魔導の技術にずっと興味があって、独学で学んできたんです。ただ、きちんとした学校で基礎から習ったことはなくて……」
ラーシャが少し切なそうに視線を落としたのを見て、アランは明るく元気付けるように言った。
「それなら、学院に魔導の専門コースもあるよ。この騒動が落ち着いて安全になったら、チャレンジしてみたらどうだい?」
「え……私が、王立高等学院の魔導コースにですか?」
驚くラーシャに、アランはうなずきながら続ける。
「あそこの学院はあくまで実力主義だからね。純粋な才能と実力で評価されるんだ。それに、レイヴン侯爵様の奥方であるカティ姉さんの推薦と、入学試験にパスさえすれば、きっと道は開けるはずさ」
「私に……そんなことができるでしょうか……?」
自信なげに不安がるラーシャに対し、アランは優しい笑みを向けて太鼓判を押した。
「大丈夫さ。ちなみに僕なんか、レイヴン侯爵様の強力な推薦があったからこそ入学できたけれど、実際の試験はギリギリ合格だったからね。でも、ラーシャのその熱意と頭の良さなら、きっと試験に合格できると僕は思うよ」
アランの真っ直ぐで力強い励ましの言葉に、ラーシャの胸の奥で、かつてないほど温かい光が灯った。
「……ありがとうございます、アラン様。私、頑張ってみます」
薄紫色の瞳をきらめかせて微笑むラーシャの姿に、アランは再びドキリと心臓を高鳴らせるのだった。




