第58話
王立高等部にいるラーシャは、通学ではなく寮生活を送っていた。
貴族が通う学校だけあって、個室が与えられているものの、周囲との交流は一切なく、食事も部屋で一人で簡素なものを摂る孤独な日々だった。
誰とも群れず、ひっそりと息を潜めるように暮らすその様子を、のちに寮の管理係から偶然耳にしたエカテリーナは、胸を痛めた。
(あんなに孤立していて……。一人で寂しい思いをしているのね)
エカテリーナの目に映るラーシャは、そんな過酷な境遇を微塵も見せず、ただひたむきに生物の授業や植物栽培のことについて熱心に質問してくる健気な少女だった。
(この子、まだ十六歳よね……。アランと、ちょうど同じ歳だわ)
ふと、弟・アランの顔が脳裏をよぎる。
アランは今、ギルバートの母校でもある王立高等学院――エカテリーナが勤める王立高等部よりもさらに上の、より専門的で高度な学問やエリート教育を施す最高学府に通っていた。アランはそこで寮生活をしている。
夫であるギルバートやレイブン家の手厚い庇護のもと、アランはそこで文武両道に励み、その将来は明るく約束されている。
同じ十六歳という多感な年頃でありながら、片や光の当たる道を歩むアランと、片や暗い底で冷たい孤独に耐えているラーシャ。
(アランと重ねてしまうのは、少し違うかもしれないけれど……でも、私自身が昔、孤独で不幸だったときの記憶とも重なってしまうのよ)
かつて自分もまた、理不尽な環境で誰にも手を差し伸べられず、凍えるような思いをした過去がある。
だからこそ、あの孤独な紫色の瞳の奥にある痛みが、痛いほど理解できてしまうのだ。
(……どうしてこんなに気になってしまうのかしらね)
エカテリーナは、知らず知らずのうちにラーシャという少女を気にかけすぎている自分に気づき、思わず苦笑を浮かべた。
* * *
放課後になるとラーシャは必ずと言っていいほどエカテリーナの元を訪れるようになった。
同級生には誰一人として相手にされないというのに、彼女は黙々と勉学に励んでいた。
最初はただ自分に甘えたくて質問をしているのかと思っていたエカテリーナだったが、すぐにその認識を改めることになった。ラーシャが投げかけてくる質問はどれも非常に的確で、教える側が感心させられるほどだった。
(本当にこの子は優秀なのね……)
生物の授業だけでなく、時には専門外の教科についてまで「先生、私の分かる範囲で構いませんから、教えてもらえないでしょうか!」と目を輝かせて頼み込んでくる。
熱心にペンを走らせるその姿を見ていると、本当に勉強が大好きなのだと伝わってきた。
勉強をしているときのラーシャはふっと柔らかな笑みを浮かべ、見違えるほどイキイキとして見える。年相応の、どこにでもいる可愛らしい十六歳の少女そのものだった。
しかも、ラーシャ自身も非常に知識が豊富で、時折エカテリーナがハッとさせられるような興味深い話をしてくれることもあった。
* * *
ある日のこと。二人は放課後の静かな教室で、ラーシャの故郷に自生しているという『星鐘草』という小さな野草について語り合っていた。
ふと、その花の話の流れで、ラーシャが遠い目をしながら寂しそうな表情を浮かべる。
「……この花を見ると、母のことを思い出すんです。私が幼い頃に母は亡くなってしまったから……」
ぽつりと零れ落ちた言葉に、ラーシャ自身がはっと息を呑み、慌てて口を真一文字に結んだ。
(……っ、何を話しているの私。こんな身の上話をするつもりなんてなかったのに……!)
魔呪師として訓練された彼女にとって、自身の過去やプライベートな情報を他人に漏らすなどご法度だというのに。
なぜか、このエカテリーナの温かな眼差しの前にいると、自分のなかの冷たい防壁が勝手に溶かされ、調子が狂ってしまう。
だが、ラーシャのその言葉を聞いたエカテリーナの表情が、ふっと柔らかく、そしてどこか切なげなものに変わった。
彼女は優しく微笑むと、静かに自分の過去を重ねるように語りかける。
「……そうだったの。お母様を早くに亡くされたのね」
「先生……?」
ラーシャが小首をかしげると、エカテリーナは困ったような、しかし温かい目を向けてそっと続けた。
「実は私もね、母を亡くしているの。だから……その寂しさは、少しだけだけど分かる気がするわ」
「――っ」
予想していなかった言葉に、ラーシャは息を呑んだ。
エカテリーナの瞳には同情やあわれみではなく、ただ純粋に同じ痛みを知る者としての深い共感と優しさだけが湛えられていた。
ざわめく胸の違和感を隠すように、ラーシャは小さく俯き、震える指先でスカートの裾をぎゅっと握り締めた。
冷たいはずの胸の奥が、なんだか言い知れない温かさでじんわりと疼くのを感じていた。




