第53話
厳かな空気が漂う王宮の大広間。
国を揺るがしたハワード邸の一件を解決へ導いた功績を讃えるため、エカテリーナとギルバートは揃って国王の御前に召し出されていた。
ひざまずく二人に向け、国王は深く静かな声で告げた。
「顔を上げよ。エカテリーナ、そしてギルバート・レイヴンよ。今回の災厄におけるお前たちの働き、見事であった」
国王の言葉に促され、エカテリーナがそっと顔を上げると、王座から微笑みをたたえた国王が言葉を続けた。
「エカテリーナ。あの夜、天を突くほどの光が王都を包み込んだのを覚えているか? あれこそは、長年失われていた『聖女』の覚醒に他ならない。お前の力によって、ハワード邸の忌まわしい呪いは打ち砕かれ、数多の民が洗脳の苦しみから解放された。王国への貢献は、もはや計り知れん」
「――わ、わたくしが、聖女……ですか?」
あまりにも過分な言葉に、エカテリーナは慌てて目をしばたつき、恐縮したように両手を軽く重ねた。
「お言葉ですが陛下、あのとき私から放たれた光の正体についても、正直なところ自分でもよく分かっておりません。ただ……ギルバート様が苦しんでいるのをどうにかしたいという一心で……その、私が本当に聖女様のようなお役割を果たせているのかどうか……」
言い淀むエカテリーナの様子に、国王は気さくに笑い声を上げた。
「はっはっは、謙虚だな。だが、起きた事実が変わるわけではない。本日の宴は、まさにその目覚めと、王国をも救った奇跡を祝うためのものだ」
満足げに頷いた国王は、今度は視線をギルバートへと移した。
「ギルバート。最強の聖騎士として、これからもその聖女をしっかりと守護せよ。国としても、全面的なバックアップを惜しまない」
「はっ、御意に」
ギルバートが迷いのない力強い声で応じると、王宮の者たちからどよめきと称賛の拍手が沸き起こった。
さらに、国王は一連の処分についても淡々と告げていく。
「黒幕であったレイチェルの最期については、自ら身を滅ぼした『契約の呪い』も含め、まさに自業自得な最期であったと言えよう。息子のジュリアス・ハワードに関しては、彼自身も母親の恐ろしい所業など知る由もなく、長年強烈な呪縛に操られていた被害者であると判明している。ゆえに、特に罪に問うて罰することはない」
その言葉に、エカテリーナはほっと胸を撫で下ろす。ジュリアス本人は悪くなかったのだと知り、心の底から安堵した。
「ただし――」
国王の声音がわずかに低くなる。
「ハワード子爵家の家名は剥奪する。ジュリアスは身分を失い、平民として生きることとなる。彼はすでに罪滅ぼしも兼ねて、この地を離れて遠くの地方へと発つ準備をしているそうだ。『これからは過去を悔い改め、真面目に一からやり直す』と、自らの足で歩む決意を固めているらしい」
すべてが正しいあるべき場所へと収まりつつある。
王の言葉を聞き終えたエカテリーナは、隣に立つギルバートの腕にそっと自分の手を重ねた。
* * *
式典のあとに開かれた盛大な祝賀の宴で、大広間の中心に音楽が鳴り響いた。
ギルバートに手を引かれ、エカテリーナは純白のドレスの裾を揺らしながらダンスフロアへと踏み出す。
音楽に合わせて一歩を踏み出した瞬間、周囲の視線が自然と二人へと集まった。
エカテリーナはかつて、ヴェルツ子爵家で厳しい作法を叩き込まれていた伝統ある貴族の令嬢だ。長年の冷遇で自信を失っていたものの、その身体に染みついた気品と優雅な身のこなしは少しも失われていなかった。
ギルバートの頼もしいリードに導かれ、軽やかにステップを踏むエカテリーナの姿は息を呑むほど美しく、フロアを取り囲む貴族たちから「なんと素晴らしい……」「あれが、噂の聖女様か……」と、感嘆のため息とざわめきが漏れた。
踊り終えてフロアの端へと戻ると、今度は途切れることなく高位貴族たちが挨拶にやってきた。
「エカテリーナ様、先日は王国を救っていただき、本当にありがとうございます」
「聖女様のご加護があらんことを」
かつては冷たい視線を向けられるか、あるいは存在を無視されるだけの人生だった。それが今では、国中の誰もが敬意と感謝を込めて自分に言葉をかけてくれる。
戸惑いながらも、エカテリーナは上品な笑みで一つひとつ丁寧に応え、心から楽しいと思える華やかな時間を過ごしていた。
――自分が本当に「聖女」なのかどうかは、実のところエカテリーナ自身にはまだよく分かっていなかった。自分から放たれたあの光の正体も、相変わらず手探りのままだ。
けれど、ふと周囲を見れば、王宮のきらびやかなシャンデリアの隙間から、いつの間にか忍び込んできた小さな妖精たちが、祝福するかのように楽しげにひらひらと舞い踊っている。
レイヴン邸でも、そして今日この場所でも、なぜか自分にはいつも妖精たちが寄り添ってくれる。それは、彼女にとって、何よりも優しく、確かな温もりだった。
そして何より――彼女の視線の先には、常に自分を見守るように寄り添うギルバートの姿がある。
(私が聖女様かどうかは分からないけれど……。でも、ギルバート様の横にいて、あの人の隣で少しでも力になれたことは本当だわ)
ただ守られるだけの存在ではなく、大切な人を支え、誰かの役に立つことができたという確かな実感。その誇らしさと喜びが、エカテリーナの胸の奥で温かな自信へと変わっていく。
もう自分を卑下する必要はない。胸を張って、この最強の聖騎士の隣に微笑み続けていいのだと知ったエカテリーナの瞳は、かつてないほどに明るく輝いていた。




