第51話
レイチェルの死から数日。
ハワード家が崩壊したその後、エカテリーナはギルバートの屋敷で彼と共に穏やかな日々を送っていた。
もともとエカテリーナになついていた妖精たちも、「レイヴン邸は居心地が良すぎる」とばかりに居座り続け、今ではすっかり屋敷のあちこちを我が物顔で飛び回っている。
そんな温かい空間に囲まれ、エカテリーナはかつての過酷な日々が嘘のように、満ち足りた時間を過ごしていた。
そんなある日、ギルバートは落ち着いた様子で、レイチェルの呪術にまつわる真相の続きを静かに切り出した。
「……カティ。あのレイチェルが、農機具小屋の隠し部屋で使っていた禁忌の魔術について、足跡を徹底的に調べさせたんだ」
引き締まった声に、エカテリーナはわずかに息をのんで耳を傾ける。
「あの女が使っていた呪術について、すべての詳細まで明らかになったわけではない。だが、残されていた痕跡や記録を調べたことで、カティが昔から苦しんでいた体調不良も、やはりあいつが執拗に仕掛けていた呪いの影響だったことは、ほぼ間違いないとわかった……それは以前話した通りだが」
ギルバートは一度言葉を区切り、苦いものを飲み込むように少しだけ表情を曇らせた。
「さらに、それだけではなかった。……カティのお母上であるマリア様が長年病に伏せり、そして亡くなられた原因も、すべてはあの女が裏で仕掛けた執拗な呪いの毒によるものだったと判明したんだ」
「お母様まで……そんな……!」
ずっと「体が弱かったから」と自分に言い聞かせて受け入れていた母の死の裏に、あの悪女の執念深い呪いがあったなんて。ショックと怒りに震え、エカテリーナの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
さらに、ギルバートは言いづらそうに視線を伏せ、わずかに歯噛みしながら静かに続けた。
「……そして、ジュリアスとカティの間に子供がいなかったのも……あの女がカティに仕掛けていた呪いの影響だろう」
言い淀むギルバートの意図を察しかねたのか、エカテリーナはきょとんと小首をかしげた。
「え? 子供って……私、ジュリアスになんて、指一本触れられたことないわよ?」
思考が追いついていない様子のエカテリーナに、ギルバートは息を呑んだ。
「……それは、本当か?」
「ええ。結婚式が終わって屋敷に帰ったその日から寝室は別だったし、夫婦としての営みなんて一度も……いいえ、触れられたことすらなかったわ」
その予想外すぎる真実が持つ意味に気づいた瞬間、ギルバートのなかに走ったのは、言葉にできないほどの激しい歓喜と、どうしようもない愛おしさだった。
――そういうことか……。
レイチェルは、エカテリーナへの嫉妬から、ジュリアスに無意識の拒絶を引き起こすような精神干渉を仕掛けていたのかもしれない……。
憎むべきその嫌がらせが、皮肉にも、彼女の純潔を何よりも尊い形で守り抜く盾となっていたのだ。
(神様がいるとするなら、これほど慈悲深い奇跡があるか……!)
こみ上げる愛おしさを抑えきれず、ギルバートはエカテリーナを強い腕で引き寄せ、二度と離さないと言わんばかりに力強く抱きしめた。
「レイチェルがしたことは、万死に値する外道所業だ……だが……カティが、俺以外の男を知らないという事実は……その、嬉しすぎて、狂いそうだ」
強い力で抱きしめられながらも、伝わってくる彼の腕はかすかに震えていた。
その言葉に込められた溢れんばかりの独占欲と愛おしさに胸を締めつけられ、エカテリーナはそっと頷く。
ギルバートの腕の中でゆっくりと身体を返すと、彼女はそのまま広い胸に顔をうずめ、甘く息を吐き出した。
「……ねえ、バート」
潤んだ瞳で顔を上げ、エカテリーナは照れくさそうに、しかしまっすぐに微笑んだ。
「……私、結婚式のあのキスが、人生で初めてだったのよ」
可愛らしい告白ともとれるその言葉は、ギルバートのなかに残っていた最後の理性を、完全に焼き尽くした。
「……っ、そんな可愛い顔をして、これ以上俺の心を狂わせる気か」
喉の奥から絞り出されたのは、もう我慢の限界を告げるような掠れた声だった。
ギルバートはふわりと彼女の頬に手を添え、愛おしさと熱を孕んだ瞳でその唇を見据える。
「初めてを奪ったのは、俺だ。……だったら、そのあとの続きも、全部俺が教えてやる」
(十三年前のあの日から――ずっと、この温もりを抱きしめることだけを夢見ていた。もう二度と離さない。お前を縛り付けた過去の呪縛も、あの男の影も、すべて俺の愛で塗り替えてやる――!)
ギルバートはエカテリーナをそのまま軽々と抱き上げ、静まり返った寝室へと歩みを進めた。
突然のことに小さな悲鳴を上げかけたエカテリーナの唇は、ふたたび彼の熱い口づけによって優しくふさがれていく。
ベッドの縁に腰を下ろした勢いのまま、二人はもつれるように柔らかなマットレスへと倒れ込んだ。
「ん……っ、バート……」
包み込むような甘やかな重み、全身を包み込む彼の体温。恐怖は微塵もなく、あるのはただ、これ以上ないほどに満たされていく愛おしさだけだった。
不器用なほどに切なさを帯びたギルバートの手が、ドレスの重なりをほどき、重ねられる愛撫はどこまでも優しく、けれど決して逃がさないという強い独占欲に満ちている。
長いすれ違いの果てにようやく結ばれた二人は、互いの体温と確かな鼓動を確かめ合うように、穏やかで熱を孕んだ夜へと溶け込んでいくのだった。




