第49話
王都の格式高い宮殿の一室。
重厚な扉の向こうで、ギルバートは国政を担う重鎮たちを前に、直立不動で控えていた。
「――で、ギルバート卿。先夜、君の屋敷を中心として領地一帯を覆い尽くしたあの聖なる光についてだ。あれは、間違いなく『聖女覚醒』の奇跡と考えてよいのだな?」
玉座の近くに控える宰相の問いかけに、ギルバートは静かに、しかしはっきりと頷いた。
「間違いありません。我が妻・エカテリーナこそが、永きにわたり語り継がれてきた真の聖女です」
報告を受けた宮殿の重鎮たちは、どよめきと驚愕の色を隠せないでいた。あの若くして国最強と謳われる聖騎士ギルバートの妻が、まさか伝説の聖女だったとは。
ギルバート自身も、彼女の正体を知ったときは驚愕した。だが、同時に胸に落ちるものもあった。
――あれは、彼が十歳の頃。森で迷子になり、凶暴な野獣に襲われかけたとき、エカテリーナが自分をかばって放った眩い光。
あのとき感じた圧倒的な神聖さと温もりは、まさにあの光景そのものだったのだ。彼女は子供の頃から、知らず知らずのうちにその奇跡の力を宿していたのだろう。
「それに……」と、ギルバートは表情を引き締め、さらに言葉を続けた。
「聖女覚醒の報せと同時に、王室に申し上げたい件がもう一件ございます。我が妻を長年蝕み、ついには私をも殺そうとした悪徳についてです」
ギルバートの冷徹なまでの低い声に、場の空気が一瞬で張り詰める。
彼は、リチャードが血眼になって集めた確たる証拠の数々を、王室の重鎮たちの前に差し出した。
「ハワード子爵――レイチェル・ハワード。彼女が裏で禁忌の魔呪師と通じ、幾重もの呪術を用いて我が妻を精神的にも肉体的にも追い詰めていた確証を得ました。その呪術によって周辺の人間の精神を操り、己の都合のいいように世論や人間関係まで操作してきた疑いがあります」
「なっ……! 一介の子爵夫人が、禁忌の呪術を用いてだと!?」
「今回は、私をもターゲットにし、致命的な呪いを放ちました。幸い妻の奇跡の力によって事なきを得ましたが……これ以上、あの女を野放しにしておくことは、国益を損なうだけでなく、国家の安全保障にかかわる重大な脅威です」
ギルバートの双眸に宿る怒りと殺気は、ただの私怨によるものではない。妻を傷つけ、国を揺るがそうとする悪に対する、断固たる処断の意志だった。
「相手は一応、貴族の身分を持つハワード子爵家ですが……」と、一人の重鎮が眉をひそめる。
しかし、ギルバートは一歩も引かなかった。
「もはや彼女に爵位の庇護を受ける資格などありません。レイチェルと、その背後にいる黒幕の男を、私の手で一網打尽にすることを許可していただきたい」
国を守る最強の聖騎士であり、レイヴン侯爵家の当主でもあるギルバートの直々の申し立て。さらに、その妻が国を救う「聖女」であると分かれば、もはや見過ごすことのできない事態だった。
宰相は深く息をつき、静かにうなずいた。
「……そこまでの証拠が揃っており、被害が聖騎士本人にまで及んでいるのであれば、王室としても見過ごすわけにはいかない。レイチェル・ハワードの身柄拘束、およびハワード子爵家の家宅捜索を特例として許可する。――存分にやりなさい、ギルバート卿」
「はっ……御意に」
許可の下りたギルバートの唇に、冷酷で美しい笑みが浮かんだ。
カティを泣かせたすべての元凶を断ち切り、二度と彼女の平穏を脅かさせないために――。
レイチェル・ハワードを追い詰めるための、反撃の歯車が静かに回り始めたのだった。




