第45話
ギルバートの元から離れ、森の小さな小屋へと移り住んでから、エカテリーナの毎日は驚くほど穏やかで充実したものになっていた。
弟のアランの紹介で引き受けた、幼い貴族の子どもたちの家庭教師。子供たちと向き合い、教える日々はやりがいに満ちており、自分の頭で考え、働いた正当な対価として報酬を受け取る。
そのお金を握りしめて市場へ行き、焼きたての香ばしいパンやチーズ、新鮮な果物を選んで買って帰る――かつては経験することができなかった、その小さな日常が、今はたまらなく愛おしかった。
けれど、どれほど穏やかな時間が流れても、夜の静けさに包まれるたび、エカテリーナの胸の奥にはどうしても拭えない切なさがこみ上げてくる。
一人きりの静かな夜、窓の外の月を見上げるたびに脳裏によぎるのは、あの時の冷たく凍りついた別れ際と、不器用なまでに真っ直ぐだったギルバートの姿だった。
(……あの人は、今どうしているかしら……)
もう関わるべきではない、彼のためにも離れるべきなのだと言い聞かせる一方で、心の底ではどうしようもなく彼の温もりや優しさを恋しく求めてしまう自分がいる。
胸を締め付けるような切なさをそっと押し隠し、エカテリーナは目の前の生活に意識を向けようと小さく首を振った。
小屋の周りには相変わらずポコをはじめとする妖精たちが集まってきて、賑やかに騒ぎ立てる。そんな彼らと過ごす時間が増えるにつれて、エカテリーナは最近、自分自身の体に奇妙な変化が起きていることに気づいていた。
庭の畑で野菜やハーブの種をまき、水をやりながら「すくすく育ってね」と心の中で優しく語りかけ、ふっと気持ちを込めたときのことだ。
驚いたことに、その植物たちはまるで魔法のようにみるみる茎を伸ばし、わずか数日で、息をのむほど立派に育ち、たわわに実をつけてしまうのだ。
(……ねえ、これって、気のせい、よね……?)
自分で育てた作物が驚異的なスピードで育っていく様子を見るたび、エカテリーナは自分の両手をそっと見つめ、首をかしげた。自分が一体どうなってしまったのかと戸惑いつつも、エカテリーナはどこか心地よい不思議さを抱えながら、穏やかな日々を過ごしていた。
* * *
その頃、エカテリーナの平穏を遠くから見守るギルバートは、決してただ傍観していたわけではなかった。
妻を苦しめている原因と、レイチェルとの関係を探らせていたギルバートは、信頼する側近のリチャードを通じ、ついに気になる情報を掴んでいた。
――ハワード子爵邸の当主であるレイチェルのもとに、定期的に「怪しげな人物」が通っているという密偵からの報告だった。
月明かりさえ届かない、深い夜。
人の目を徹底的に避けるように、頭からすっぽりとローブを被った不審な男が、幾度となくレイチェルの屋敷へと忍び込んでいるという。その影こそ、レイチェルと結びつき、カティに害をなす術を教えた張本人である可能性が極めて高かった。
(あの女が勝手に動いているだけだと思っていたが……裏で糸を引く『黒幕』がいるというわけか)
ギルバートの胸の内で、冷徹で激しい怒りの炎が静かに燃え上がっていた。
すべての元凶を叩き潰し、カティにこれ以上の害が及ばないよう、ギルバートは静かに、しかし確実に行動を開始しようとしていた。




