第39話
すべての真実――彼の深い愛と、あの面倒なご令嬢の件がすべて嘘だったこと――を知ったエカテリーナだったが、その温かな事実に浸れば浸るほど、レイチェルに浴びせられた冷酷な言葉や、自身の「余命」という残酷な現実が重くのしかかってきた。
(……やっぱり、私は彼にふさわしくないわ。これ以上一緒にいたら、いつか私が死んだときの絶望で、彼を深く傷つけてしまう……)
これ以上、私の死で、彼を苦しませてはいけない。
決意を固めたエカテリーナは、あえて冷徹な仮面を被ると、馬車を手配させてギルバートのいる職場へと向かった。
馬車を降り、厳重な警備を通り抜けて彼の仕事場である執務室へと通される。突然の訪問に驚く部下たちを制し、彼女は静かに扉を開けて部屋へと足を踏み入れた。
「どうした、カティ?」
わざわざエカテリーナが自分の仕事場までやってくることなど一度もなかったため、ギルバートは何事かと驚いて尋ねた。
「――ギルバート様。突然申し訳ございません。でも、確認しなくてはいけないことがあります」
エカテリーナは、意を決したように口を開いた。
「以前おっしゃっていた、付きまとわれていたというご令嬢は、今どうなさっているのですか?」
突然の問いに、ギルバートはぴくりと動きを止め、内心で冷や汗を流しながら必死にごまかそうとする。
(また、そのことか……もう知らないではすまないだろう)
「あ、ああ……あの令嬢か。……そうだな。確か、もう海外へ旅立ったはずだ」
ギルバートは、その架空の令嬢が海外に行ったことにすれば、エカテリーナもこれ以上追及してこないだろうと、苦し紛れにそう答えた。
しかし、それを聞いたエカテリーナは、冷ややかに、侮蔑を含んだような笑みを浮かべてみせた。
「そうですか。――でしたら、もうあのとき契約した『理由』はなくなりましたよね。彼女も海外に行ったのですし、私たちがこうして一緒にいる必要はもうありませんわ」
「なっ……何を言っているんだ、カティ! 契約期間はまだ残っているぞ!」
慌てて席を立ち、必死にすがるギルバートに、エカテリーナは冷たく言い放つ。
「いいえ、そもそもあの令嬢の件は『あなたを助けるための形だけの結婚』というお話だったはずです」
そして、エカテリーナがすべてを知っているとばかりの表情をして付け加えた。
「でも――もし、そのご令嬢の話そのものが、侯爵様のついた嘘だったとしたら?……それは、そちらの契約違反ですわ」
狼狽えるギルバートを前に、エカテリーナはさらに、自分の心を削るような言葉を重ねていく。
「それに……気づいていなかったのですか? 私は、あなたが思っているような綺麗な人間じゃありません。あのジュリアスなんかと結婚していた女ですよ? あなたのような高潔な聖騎士様には分からないでしょうけど、私はもっと打算的で、自分の利益しか考えていない下品でどうしようもない女なんです。……私のことなんて、あなたは何も知らないでしょ?」
わざと嫌な女を演じ、自分の過去の醜さを引き合いに出して、彼の心を抉るような言葉を次々と吐き捨てる。
(ごめんね、バート……。あなたに嫌われて、この家を出ていくのが、私の選べる一番の優しさだから……)
「そんなわけがない! カティ、あなたがそんな女じゃないことくらい――!」
必死に否定しようと伸ばされたギルバートの手を、エカテリーナは冷たい眼差しで振り払った。
「私、もう……あなたの家から出ていきます。……今まで、お世話になりましたわ、侯爵様」
エカテリーナはギルバートに背を向けた。
彼女の瞳から、こらえきれずに一筋の涙が零れ落ちた。




