第23話
アルフレッドの邸宅を後にし、レイヴン侯爵家へと戻る帰りの馬車の中。
(……あの、距離感が、明らかにおかしくありません……!?)
向かい合わせではなく、なぜか隣にぴったりと座っているギルバート。その肩が触れ合うほどの距離に、エカテリーナは息をするのさえ忘れてしまいそうだった。
「ギ、ギルバート様……? 馬車は広いのですから、なにも隣に座らなくても……」
「何を言っている」
ギルバートは涼しい顔を装いながら、しかし耳の端を真っ赤に染めて低い声で言い放つ。
「父上も、カティのことをたいそう気に入っていたぞ。それなのに、使用人たちに『仲が悪い』などと変な噂を立てられてみろ。我がレイヴン家の体面に関わる。……ほら、もっとしっかり寄り添え」
「えっ!? これも、契約妻の務めですか……!?」
「当たり前だ。どこで、誰に見られているかもしれない。夫婦なのだから、これくらい密着していて当然だ」
(いや、だからって、そんなに強く抱き寄せなくても……!)
背中に回された彼の腕から伝わる体温や、ふわりと香る大人の男性の匂いに、頭がどうにかなりそうだった。
(これじゃあ、私の心臓がいくつあっても足りません……!)
旅行の行程が終わり、夕暮れ時にようやくレイヴン侯爵家の本邸へと馬車が滑り込んだ。
長い旅の疲れに「やっと自分の部屋でゆっくり休める……」とエカテリーナがほっと息をついたのも束の間。玄関に降り立ったギルバートは、荷物を受け取る執事たちを振り返り、平然とした顔でとんでもない爆弾を投下した。
「おい。今夜から夫婦の寝室を統合する」
「……はっ!?」
エカテリーナは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「な、何を言っているのですか、ギルバート様!? 私たちの部屋は別々のはずでは……!」
慌てるエカテリーナに対し、ギルバートは顔色ひとつ変えず、すまし顔の側近のリチャードへ問いかける。
「すでに荷物は俺の私室へ移動させてあるな?」
「はっ。閣下のご指示通り、完璧に完了しております」
何事もなかったかのように深く頭を下げるリチャード。ギルバートはそのままエカテリーナの耳元へ顔を寄せ、周りに聞こえないよう小声で囁いた。
「カティ。父上の前であれだけ仲睦まじい夫婦を演じておきながら、屋敷に戻った途端に別々の部屋で寝ていたら、使用人たちに『あれは芝居だったのか』と疑われるだろう。噂が広まったらどうする」
「それは……そうですけれど!」
あまりの強引さと、理路整然とした「お芝居のための言い訳」に、エカテリーナは言葉を失って立ち尽くした。
ギルバートは内心で(やった、これで毎晩同じベッドだ……!)と歓喜しながらも、外見はあくまで冷徹な当主の顔を崩さない。エカテリーナの細い手首をキュッと掴むと、そのまま自分の私室へとエスコートしていく。
「さあ、行くぞ、妻よ」
甘い同居生活へと連れていかれるエカテリーナと、その背中で「計画通り……いや、ここからが本番だ」と闘志を燃やすギルバートの同居生活が、いよいよ本格的に幕を開けるのだった。




