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冷徹な聖騎士様は、地獄を脱出した元令嬢を溺愛したくて仕方がない〜実は十三年前から初恋でした〜  作者: 銀文鳥


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第22話


(――くそっ、どうしてこうなった……!)



アルフレッドの前で「仲の良い夫婦のふりをしてくれ」と、勢いと悔しさにまかせて口走ってしまったものの。



ギルバートの胸中は、狂おしいほどの後悔に苛まれていた。



そもそも、エカテリーナにプロポーズをするため、あの森の家へ自ら訪ねた時。



「初めまして」と言われたことに動揺し、さらに彼女が「結婚はもうこりごりだ」と怯えていたため、無理やり結婚に持ち込むための方便として「これは政略結婚だ、愛はないから安心しろ」などと最悪な嘘をついてしまったのだ。



(今思えば、完全に自業自得だ……)



エカテリーナは「これはギルバート様の恩返しなのだ」「二年で離婚する契約なのだ」と、どこまでも健気に、そして残酷なほど冷静にそう思い込んでいる。本気で彼女を愛している自分からすれば、その誤解は喉に刺さった小骨のように痛かった。



しかし同時に、彼にとっては、今のこの状況はまたとない免罪符でもあった。



(「芝居」だという大義名分があれば……! 触れても、近くに寄っても、咎められない!――このチャンスを逃すわけにはいかない)



普段なら冷徹な理性が全力でストップをかけるはずの行動が、「父親を安心させるため」「夫婦のふりだから」という言い訳によって、いとも簡単に正当化されてしまう。



そう気づいた瞬間から、ギルバートの理性のダムは決壊寸前だった。





食堂での夕食の席。



「ギルバート様、お肉を取り分けてくださったのですね!」



「おや、息子よ、気が利くではないか!」



アルフレッドが目を細めて笑う。



「――そういえば、エカテリーナさんはヴェルツ領の出身だったよね?」



ふと、アルフレッドがワイングラスを置きながら、懐かしそうに口を開いた。



「はい、そうですわ、お義父様」



「昔、ギルバートと狩りに行ったときのことなんだがね。あいつが夢中になって獲物を追いかけたものだから、一人で深い森の奥に迷い込んでしまってねえ。戻ってこないものだから、私は本当に心配したんだよ。あれは、確かお前が十歳の時だったか?」



アルフレッドの言葉に、ギルバートは一瞬、何か企むようなそぶりを見せたあと、すまし顔のまま父に告げた。



「あの時、道に迷った俺を助けてくれたのが、エカテリーナだ」



「えっ……?」



さっき、その事実を知ったばかりのエカテリーナは、まさか義父の前でそんな昔の秘密をサラッと暴露されるとは思わず、目を丸くして彼を見上げる。



(別に隠すようなことじゃないけれど……なんだか気恥ずかしいわね……)



そんな二人の様子を見て、アルフレッドは目を細めて満面の笑みを浮かべた。



「そうだったのか! じゃあ、その時からの縁だったんだねえ。これはもう、結ばれるべくして結ばれた運命というやつだ!」



「ふっ、父上の言う通りだな」



心の中で激しくガッツポーズをしつつ、ギルバートは必死に「氷の騎士」としてのポーカーフェイスを死守する。



エカテリーナは、(これも、お義父様を安心させるための、いつもの「お芝居」ね……)と納得しながら、胸の片隅にほんの少しだけ生まれた切なさを、ごまかすように微笑んだ。



さらに、アルフレッドは嬉しそうに思い出話を続ける。



「それにしても驚いたのは、そのあとさ。ギルバートはあの森で迷った頃から、急に剣の鬼のようになってね。自分を追い込むように鍛え始めて、討伐隊にも自ら志願したりして……」



「そうそう、滞在中のわずかな間だったというのに、暇さえあれば『あの森へ行く』と言って出かけていたよ。そんなにもエカテリーナさんに会いに、足しげく通っていたのかい?」



「――っ!?」



その暴露に、今度はギルバートの顔が一気に朱に染まる。



(ちょっ、父上、それはやめてくれ! あの時、彼女に一目惚れして以来、毎日でも会いたくて必死に通い詰めてたなんて、本人を目の前にして恥ずかしすぎるだろうがッ……!)



隣で聞いていたエカテリーナは、微笑みながら言った。



「ええ、あの頃はよく遊びに来てくださいました。短い期間でしたが……」



まっすぐな瞳で見つめられ、ギルバートの心臓が激しく跳ね上がる。



(っ……! もういっそ全部打ち明けて、「恩返しなんかじゃなくて、あなたが好きでたまらないからだ」って言ってしまおうか……!?)



一瞬、ヤケクソになりかけたギルバートのなかで葛藤が嵐のように吹き荒れる。だが、「ここで突然告白したら、彼女が驚いて逃げてしまうかもしれない」「まだ『二年で離婚』の契約が残っているのに……」という理性が、ギリギリのところで踏みとどまらせた。



「……あ、ああ。まあ、そうだ……」



顔を真っ赤にし、蚊の鳴くような声で目を泳がせながら、ギルバートはなんとか絞り出す。



エカテリーナは(恩があるからお礼を言いに来てたのよね!義理堅い方ね!)と、すっきりと一人で納得して微笑んだ。



(もういっそ全部気づいてくれ……!)と、ギルバートは内心で頭を抱え、テーブルの下で拳を強く握りしめるしかなかった。



そんな二人のただならぬ空気など露知らず、アルフレッドは「いやあ、若いって素晴らしいねえ」と満足そうにワインを傾けるのだった。



(……気を取り直せ……そうだ! 俺たちは今、ラブラブな夫婦を演じているんだ……!)



これ以上ないほど気まずい動揺を誤魔化すように、ギルバートは勢いのまま、隣に座るカティの肩へとスッと腕を回した。



芝居だという大義名分を盾に、ギルバートはカティとの距離をゼロに等しいほど縮める。



「カティ、口に合うか?」と囁きながら、柔らかな髪を一筋すくって耳にかけ、そのまま頬にそっと触れながら至近距離で見つめた。



「っ、ギルバート様……?」



カティが耳まで真っ赤にして身を縮こまらせると、ギルバートの心臓は再び爆音を立てた。



(……カティ、そんなに赤くなって……もしかして、少しは俺を意識してくれているのか……?)



期待したい。だが、「どうせお芝居の延長だと思われているのだろう」という冷徹な現実がすぐに冷水を浴びせかける。「二年で離婚しますから」と、あのとき彼女が浮かべた驚くほど清々しい笑顔が、呪いのように脳裏にこびりついて離れない。



(ふざけるな……。誰が、あなたを手放すものか)



さらに、食後のテラスを散歩するときも。



「夜風が冷えるからな」



ギルバートは自分の上着を脱いでカティの肩にかけ、そのまま両手で彼女の体を包み込むようにして背後から引き寄せた。



「あ、あのっ?」



「ここは、父上の部屋から見える。……じっとしていてくれ」



もっともらしい理由を言いながら、内心ではカティから香る甘く清らかな匂いに脳が焼き切れそうになっていた。ふいに見上げられた瞳のあまりの美しさに、喉が鳴る。今すぐ唇を奪ってしまいたい衝動を抑えるだけで、全神経を使い果たしていた。




夜。静まり返った寝室。



部屋の真ん中にでーんと鎮座する、相変わらず「一つだけ」の大きなベッド。



「まあ、前回も一緒でしたし、もう慣れましたね!」と、なんの迷いもなく反対側へするすると潜り込もうとするエカテリーナの背中を見つめながら、ギルバートはベッドの端で固く拳を握りしめた。



今すぐ、彼女を強引に抱き寄せてしまいたい。



「ずっと前からあなたを愛している」と、すべての真実をぶつけてしまいたい。



けれど――。



彼女がこれまでの結婚生活で負ってきた深い傷や、トラウマを思えば、ここで焦るのは悪手だということも、冷徹な頭脳は痛いほど理解していた。彼女に「怖い」と思われたら終わりだ。



(……だが、いつまでも「ふり」だけで終わらせる気はない)



ギルバートはベッドの端に腰掛け、そのなかで無防備に目を閉じるカティの横顔をじっと見つめた。



この甘くも苦しい「お芝居」という名の免罪符を盾に、彼女の心を少しずつ、確実に自分へ向けさせてやると心に誓いながら。



「……おやすみ、カティ」



そっと額に落とした彼の唇は、誰にも気づかれないほど、切なく、そして熱かった。



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