第5話︰雨
ポツポツと、アスファルトに黒いシミが広がっていく。
下校時刻と同時に降り出した雨は、あっという間に本格的な土砂降りになった。
「うわぁ、最悪……傘持ってないや」
昇降口で立ち尽くす僕の隣で、こころが「ふふん」と鼻を鳴らしてランドセルから黄色い傘を取り出した。
「甘いね翔。これだから天気予報を見ない男子は。……しょうがないな、入れてあげるよ」
「えっ、いいの?」
「その代わり、肩が濡れても文句言わないこと!」
ひとつの傘にふたりで並んで入る。どうしても肩と肩が触れそうな距離になって、僕は歩幅を合わせるだけで精一杯だった。雨の音に混じって、自分の心臓の音がこころに聞こえてしまうんじゃないかと焦る。
「……ねえ、翔」
「う、うわっ!? なに!?」
「急に大声出さないでよ。……雨の日の勝負、どうする?」
息を呑む僕を気に留める風もなく、こころが傘の柄を両手で握り直した。相合い傘の狭い空間に、彼女の髪から漂うシャンプーの甘い香りが満ちる。
「じゃあ……私からね。『2人でひとつの傘』とかけまして!」
「おい、このシチュエーションそのままかよ……」
「いいの! 『二人でひとつの傘』とかけまして、お猿さんと解く!」
「……その心は?」
「どちらも『あいあい(相合/アイアイ)でしょう』! ここっちです!」
「……!」
思わず足を止めそうになった。半分しか傘に入っていないから濡れるか不安でドキドキする——そう言い訳しているけれど、こころの横顔はほんのり赤くなっている。
「……う、上手いけどさ。得点は……スピード50点、言葉遊び50点で、100点だよ」
「やったー! 満点! じゃあ次は翔の番ね!」
お題はもちろん「相合い傘」。雨音を聞きながら、僕は自分の右肩がしっとり濡れていくのを感じていた。
こころを濡らさないように、そっと傘を彼女の方へ押しやりながら頭を巡らせる。半分こ。狭い空間。距離。濡れる肩。相合傘、愛愛・・・。いやいや、だめだだめだ。集中しよ。
「ねえ」
「な、なんだよ!別に変なことなんて考えてないよっ」
「雨、あがってる。」
「え、あ、ほんとだ」
「ちぇっ、ざーんねん。」
「雨上がって残念なの?」
「べーつにー。それよりなぞかけは?」
「そうだそうだ。うーんと。・・・あっ」
「来た?」
「よし、整いました! 『大雨』とかけまして、雨上がりと解きます!」
「……その心は?」
「どちらも『スキップ(skip(飛ばす)/スキップ)したくなるでしょう! かけっちです!」
「……っ!」
こころが足を止めた。
大雨と雨上がり真逆のことを掛け合わせた、僕なりの最高傑作。
「……ふーん。スピード40点、言葉遊び50点で【90点】ね。相変わらず一歩及ばずで私の勝ち!」
「くそー、また10点差かぁ……。じゃあ、また僕が秘密を言う番?」
僕が苦笑いすると、こころはふいに傘を少しだけ高く掲げた。
見上げると、彼女は自分の右肩がすっかり雨で濡れていることに気づいていなかったみたいだ。僕に傘を差し伸べようとして、自分の方を半分差し出していたのだ。
「……言わなくていいよ」
「え?」
「今日のなぞかけ、すっごく上手だったから。それに……」
こころは照れくさそうに視線を泳がせながら、僕の濡れた右肩をちょんと指で突いた。
「傘、半分以上私の方に傾けてたでしょ。濡れてるじゃん」
「あ、いや……それは、こころが濡れたら悪いかなって……」
「そういう優しいところ、秘密にしなくていいのに」
小さく呟かれた言葉だったけど、僕の耳にははっきりと届いた。
「な、なんか言った!?」
「なにも言いたませーん! ほら、雨も上がったことだし早く帰るよ!」
こころはパッと前を向いてスキップしていく。その後を追いかける僕。
雨上がりの道はいつもよりもあたたかく感じた。




