第3話︰参観日
今日は授業参観だ。教室の後ろには保護者がズラリと並んでいる。
こころのお母さんも、僕のお母さんも来ている。
「今日は国語の同音異義語の勉強よー。同じ読み方でも漢字が違うの。はい、じゃあこの問題分かる人ー?」
黒板には、「メールの□□する、仮面ライダーが□□する」と書かれている。
(こんなの誰も分からないよ……えっ!?)
僕の予想と違って、先生の問いかけにクラスの半分以上が勢いよく手を挙げた。こころも手を挙げている。
僕はといえば、後ろのお母さんからの無言の圧力をひしひしと感じ、半ばヤケクソでビシッと高く手を伸ばした。
「じゃあ、かける君」
「えっ……!?」
当てられると思っておらずパニックになった僕は、直前に隣のこころがノートに書いていた答えをそのまま読み上げた。
「……へ、へんしんです!」
「正解! よくできました。メールの『返信をする』と、仮面ライダーが『変身する』ね」
ホッと胸を撫でおろす僕の横で、こころが「やるじゃん」と小さく呟いた。ニヤニヤ顔で見つめてくるこころの顔を、僕は見られないでいた。恥ずかしさで顔が熱い。
◇
「今日の参観日、かける大活躍だったじゃん」
帰り道、案の定こころがニヤニヤしながら並んで歩いてきた。
「いじるなよ……必死だったんだから。……で、今日の勝負はどうするの?」
「ふふん、もちろん参観日ネタよ! 参観日を見守るお母さんとかけまして、天ぷらと解く!」
「……その心は?」
「どちらも『あげたて(上げた手/揚げたて)が嬉しいでしょう』! ここっちです!」
「あはは! 上手い! って、僕の冷や汗をネタにするな!」
「ふふ、でも当たったから良かったじゃん。得点は?」
「悔しいけど……スピード50点、言葉遊び50点で100点満点あげちゃうよ」
「やったー! 満点! じゃあ、次はかけるの番ね」
お題は同じく「授業参観」。僕は通学路のガードレールを指でなぞりながら必死に考えた。
参観日、お母さん、緊張、ピリつく……なんだかマイナスの言葉しか出てこないぞ。どうしようどうしよう……あ。
「よし、整いました! 参観日とかけまして、不況と解きます!」
「……その心は?」
「どちらも『ふけいきになる(父兄気になる/不景気になる)でしょう』! かけっちです!」
「……!」
「どうだ! ちゃんと最後も言ったぞ!」
こころは一瞬目を見開いたあと、くすっと小さく笑った。
「ふーん……なかなか上手いじゃない。スピード40点、言葉遊び50点で90点ね!」
「よっしゃ高得点! ……ってことは、今日の勝負は100対90でこころの勝ち……か」
「そうね。約束通り、誰にも言っていない秘密を教えてもらうわ」
負けた。ついに僕の負けだ。ということは、「誰にも言っていない秘密」を言わなきゃいけない。冷や汗が吹き出す。いや、腹を括ろう。
「う、約束だもんな……僕の秘密、教えるよ。実は僕――」
息を吸い込んで、告白する。
「授業で当てられた時にさ、こころのノートに書いてあった答えを見て発表したんだ。僕の実力じゃないんだよ」
怒られるかな。カンニングした奴だって失望されるかな。胸の奥がモヤモヤと重たくなる。
「知ってたよ」
「え?」
「逆にバレてないと思ってたんだ。ちらっとこっち見たの、丸わかりだったよ」
「で、でも……『やるじゃん』って……」
「かっこつけさせてあげようと思って、演技したの」
「なーんだ……緊張して損した」
「ふふ、緊張したんだ?」
「そりゃそうだよ。見損なわれるかと思って……」
「そんなことで見損なったりしないって」
こころが可笑しそうに笑う。それを見て、僕の気持ちは一気に楽になった。……でも。
「そういえばさ、誰にも言っていない『本当の秘密』って、他にもないの?」
「ギクッ」
「私としては、そっちの方が気になるんだけどなー。ね、次の時にはその秘密、教えてよね」
「いやいや! 次はもう勝つつもりだし。次こそは絶対に僕が勝つからね!」
「ふふん、次も私が勝つもんねー。それじゃ、またあし――あ、明日は土曜日だった。また来週ねー!」
手を振って、そそくさと走っていくこころの背中を見送りながら、僕は立ち尽くした。
「また来週」までの2日間が急に長く感じられて、ホッとしたような、でも胸の奥がソワソワと甘酸っぱく疼くような、そんな不思議な気持ちでいっぱいになった。




