第2話︰シチュー
「それにしても昨日は散々だったなー。美味しいもの食べて、早く忘れちゃお。今日の給食のシチューめちゃくちゃ美味しいなぁ。おかわりもしよっと」
僕はまだ食缶に残っていたシチューを取りに行くことにした。まだたくさん残っている。これぐらいたくさんあるなら、なみなみと注いじゃえ。まだいける。もうちょい。
「ねえ、まだー?」
「うわっ!」
急に後ろから声をかけられて、手が跳ねた。振り向くと、犯人のこころが呑気に立っていた。
「なによ」
「何よじゃないよ! 急に話しかけてくるからビックリするだろ」
「ごめんごめん。そんな真剣になってるとは思わなくて。……それよりいいの? それ。」
「それって……うわあぁっ!?」
お盆の上を見たら、注ぎすぎたシチューがなみなみと溢れ出していた。大好きなシチューなのに。もったいない……! 慌てて先生が駆け寄ってくる。
「かける君、どうかした? あらあら、シチューがこぼれてるじゃない」
「大丈夫です! あと、シチューが……」
「シチューのことは放っておきなさい。さ、雑巾で拭いて」
「いえ、もったいないです!」
どうしよう、こぼした分がもったいなさすぎる。……そうだ!
「先生、いいこと思いつきました!」
「何かな?」
「吸います!」
僕はお盆に直接かぶりつき、ペロペロと舐め始めた。慌てて先生が叫ぶ。
「こらっ!吸わなくていいから早く雑巾で拭いて !」
教室中に大きな爆笑が巻き起こる。クラスのみんなに笑われまくって、僕は顔が爆発しそうなくらい真っ赤になってしまった。
◇
そんな事件があった日の帰り道。予想通り、彼女はニヤリと笑いながら僕を振り向いた。
「今日の勝負はもちろん、あの事件からよ! 給食のシチューとかけまして!」
「おい、僕のトラウマを勝負にするなよ……」
「いいから! 給食のシチューとかけまして、いい夢と解く!」
「……その心は?」
「どちらも『さめて(冷めて/覚めて)』ほしくはないでしょう! ここっちです!」
「うーん……上手いこと言ってるな。僕は現実じゃなくて夢であってほしかったけど」
「感想はいいの! 得点は!?」
「スピード40点、言葉遊び40点で……計80点にしとくよ。ちょっと悔しいけど」
「やった! 勉強した甲斐があったわ! さあ、あなたの番よ」
「どんな勉強だよ……。んーっと」
お題はもちろん「給食のシチュー」。 僕は通学路の電柱を見つめながら必死に頭を巡らせた。シチュー、こぼす、吸います、すみません……あ!
「よし、出来た! 給食のシチューとかけまして、怒られている時の僕たちと解く!」
「へえ、いい度胸じゃない。……その心は?」
「どちらも『こぼしたあとは、すいません(吸いません/すいません)でしょう』!」
「……」
「どうだ! 今日の先生の説教を綺麗に回収したぞ!」
「……」
「判定は!?」
「そうね……スピード50点、言葉遊びは40点! 合計90点ね!」
「よし! 90点! ってことは、僕の……」
「あ、言っとくけど、今日も『かけっちです』忘れてたからマイナス10点だからね」
「言ったよ! 心の中でちゃんと『かけっちです』って言ったから!」
「心の中はノーカウントでーす!」
「なっ……ずるいぞ!」
「ずるくありませーん。なぞかけ勝負公式ルールブック第3条に書いてありまーす!」
取り留めのないことを叫び合いながら、僕たちは夕暮れの坂道を走る。
(結局、今日の勝負も引き分けかー)
「……あとさ」
少し前を走っていたこころが、ふと立ち止まった。振り返った彼女は、夕暮れの影を少し踏みつけるようにして、小さな声で言った。
「……明日さ、予備のハンカチ持ってきてあげるよ」
「え?」
「……私が急に声をかけて、シチューこぼさせちゃったでしょ。もし次の時があったら、サッと拭けるようにね」
申し訳なさそうに、でも少し照れくさそうに目線を逸らすこころ。 あんなにバカなことをして恥ずかしかったのに、その一言で胸の奥がキュッと甘酸っぱく締めつけられた。
「……べ、別にもう、こぼしたシチュー食べたりしないよ」
「ふふ、ほんとかな。この食いしん坊は」
「誰が食いしん坊だい!」
僕はぷいっと横を向いた。 きっと今の僕の耳は、教室でみんなに笑われた時よりも、ずっと真っ赤になっていただろう。




