03-1.【還郷村】── 疲れた者の辿り着く村
《異常存在記録報告書:A-E/No.003-1》
識別仮称:《還郷村》
通称:“灰の帰郷” “休息村” “帰り村” “冒険者の終着点”
分類:共同体型異常
収容状況:監視運用段階
危険等級:第三等級指定
管轄:国連総合ギルド 異常存在管理局(中央監査部)/聖教会共同管理
閲覧制限:制限なし
⸻
■概要
本報告書は、北方山脈《白哭連峰》にて確認された異常集落
《還郷村》に関する調査記録である。
当該集落は、
“極限まで疲弊した人間だけが辿り着く”
という異常性を有している。
内部では、
* 異常な安全性
* 強い安心感
* 精神安定効果
* 疲労軽減
などが確認されており、
聖教会は本件を奇跡認定候補として調査開始。
⸻
■第一記録:伝承段階(起)
⸻
■古期伝承
北方山脈《白哭連峰》には、
古くから以下の口承が存在していた。
⸻
「帰りたくなった者は、
灰の村へ辿り着く」
⸻
この話は主に、
* 老猟師
* 傭兵
* 巡礼者
* 引退冒険者
など、
長年雪山を往来する者達の間で語られていた。
証言内容は一定しておらず、
* 吹雪の中に灯りが見えた
* 灰色の煙突が並んでいた
* 誰かが“おかえり”と呼んでいた
など、
細部には差異が存在。
そのため長年、
「遭難者が見る幻想」
として扱われ、
正式調査は実施されていなかった。
⸻
■実在性の確認
転機となったのは、
白哭連峰南西部における遠征隊救助事案である。
吹雪によって消息を絶っていた探索隊三名が、
遭難から十二日後に発見された。
本来、
生存は不可能と判断されていた。
しかし三名は、
軽度衰弱のみで生還。
さらに全員が、
同一内容を証言した。
⸻
「灰色の村に助けられた」
⸻
当初は低体温症による幻覚と判断された。
しかし問題となったのは、
彼らが持ち帰った物品である。
確認物:
* 未知系統の保存食
* 高純度薬草
* 白灰色の布
* 出所不明の陶器
いずれも既知流通品との一致なし。
特に保存食については、
「温かかった」
という証言が複数残されている。
以後、
同様の証言は断続的に増加した。
⸻
■到達者傾向
《還郷村》へ到達した者には、
明確な共通点が存在していた。
確認例:
* 深層迷宮帰還者
* 仲間を失った冒険者
* 呪いを受けた騎士
* 長期遠征帰りの兵士
いずれも、
* 重傷
* 極度疲労
* 精神摩耗
* 強い絶望
状態にあった。
逆に、
健康状態の調査員は、
同一地点を探索しても村を発見できていない。
これにより中央監査部は、
「当該領域は、
特定精神状態へ反応して出現している可能性が高い」
と判断した。
⸻
■集落構造および環境異常
初期観測記録によれば、
《還郷村》は、
本来生存困難とされる白哭連峰中腹に存在していた。
しかし内部環境は著しく異常である。
確認事項:
* 外気温との差異(平均+23℃)
* 村内部のみ積雪融解
* 建物劣化が極端に少ない
* 防御結界反応なし
さらに、
村内部では以下が一切確認されていない。
* 魔物襲撃
* 飢餓
* 感染症
* 暴力衝突
本来、
白哭連峰周辺は高危険魔獣出現域である。
しかし村周辺では、
魔物の痕跡そのものが消失していた。
雪原には、
足跡すら残されていなかった。
⸻
■住民行動記録
村人達は極めて友好的であり、
到達者へ無条件の保護行動を示した。
提供内容:
* 暖炉
* 温泉
* 薬草茶
* 柔らかな寝具
* “故郷の味”と証言される食事
特に食事については、
多数の到達者が以下証言を残している。
⸻
「母親の作った味だった」
「小さい頃に食べた煮込みだった」
「故郷そのものだった」
⸻
しかし実際には、
到達者達の出身地は一致していない。
提供された料理内容も、
観測者ごとに異なっていた。
⸻
■心理安定効果
滞在者の多くは、
到着後短時間で著しい精神安定を示した。
記録抜粋:
⸻
「もう戦わなくていいんだ」
「寒くない……
久しぶりに眠れる」
「やっと休める」
⸻
一部対象は、
暖炉前で涙を流したまま眠り込んでいる。
また、
* 呪詛侵食
* 戦闘後遺症
* 慢性恐慌
などについても、
一時的改善例が多数確認された。
聖教会は当初、
本件を
“疲弊者救済型奇跡領域”
として評価。
中央監査部もまた、
「高ストレス対象保護区域として有用性あり」
との判断を下していた。
⸻
■初期結論(起)
現段階において、
《還郷村》は明確な敵対性を示していない。
むしろ、
* 遭難者救助
* 精神安定
* 疲労回復
* 呪詛緩和
など、
極めて高い保護機能を有している。
そのため中央監査部は、
本件を第三等級異常領域として登録。
限定的接触監視のみを継続する方針とした。
⸻
■監査官付記
現時点で、
《還郷村》は救済領域として扱われている。
実際、
到達者は救われている。
凍死を免れ、
温かい食事を与えられ、
久しぶりに眠っている。
だが、
帰還者への面談記録を読み続けるうち、
私は別の違和感を覚え始めている。
彼らは誰一人として、
村の異常性を問題視していない。
本来であれば、
* 存在しない集落
* 出現条件不明
* 極寒地帯での異常環境
など、
警戒すべき点はいくらでも存在する。
しかし帰還者達は、
それらをほとんど気にしていなかった。
むしろ多くは、
「また行きたい」
と繰り返す者は多い。
そして私は、
あの村から戻ってきた者達が、
“戻ってきてしまったこと”を、
少しだけ残念そうにしているように見えてならない。
――中央監査部
第五監査官《エドラム》
⸻
※本報告は「起」段階記録であり、
長期滞在者に関する追跡調査は現在も継続中である。
次回投稿 明日20:00
03-2.【還郷村】── 帰りたがる者達




