09-3.【転嫁妖精】──痛みの蓄積
《異常存在記録報告書:A-E/No.009-3》
識別仮称:《転嫁妖精》
通称:“癒し妖精”
分類:治癒型異常(暫定)
収容状況:接触管理指定
危険等級:第二等級
管轄:国連総合ギルド
・異常存在管理局(中央監査部)
・医療監査局
閲覧制限:第一閲覧指定
⸻
■第三記録:痛みの蓄積
⸻
■運用開始から二年後
転嫁妖精の運用は、
当初予測を大きく上回る成果を挙げていた。
戦場死亡率は低下。
高位冒険者の生存率は上昇。
辺境医療も改善傾向を示した。
医療監査局は運用拡大を提案。
軍部は追加個体の探索を開始。
一部地域では、
“転嫁治療学”
と呼ばれる新たな研究分野すら誕生している。
異常が報告され始めたのは、
その頃であった。
⸻
■初期異常報告
第五治療院にて、
長期受容者の一部へ原因不明の症状が発生。
確認症状は以下。
・慢性疼痛
・睡眠障害
・情緒不安定
・突発的激痛発作
医療検査では、
異常を説明できる損傷は確認されなかった。
⸻
■症例記録:Case-77
対象:
男性
転嫁受容回数:
三十一回
⸻
確認症状
・外傷なし
・骨損傷なし
・内臓異常なし
・激痛反応のみ継続
対象は繰り返し以下の発言を行った。
「腹が裂けてる」
「まだ熱い」
「まだ切れてる」
しかし診断結果に異常は存在しなかった。
なお対象は、
過去に腹部裂傷患者の受容者となっていたことが確認されている。
⸻
■追加調査
類似症例を調査した結果、
共通点が判明。
発症者は全員、
“転嫁妖精の受容経験者”
であった。
さらに症状内容は、
受容した損傷内容と高い一致率を示していた。
⸻
■研究結果
研究班は新たな仮説を提出。
転嫁妖精は、
“傷そのもの”
ではなく、
“傷に伴う苦痛や記憶”
まで移動させている可能性が浮上した。
⸻
■接触記録
長期受容者の異常が確認された後、
研究班は対象への聞き取りを実施。
記録抜粋。
研究員:
「痛みは消えていないのか?」
対象:
「うん」
研究員:
「なぜ報告しなかった?」
対象:
「だって、みんな助かるから」
研究員:
「受けた人は苦しんでいる」
対象:
「知ってる」
対象は数秒沈黙した後、
以下を発言している。
「でも」
「死ぬよりいいよね?」
対象は笑顔のままそう答えた。
⸻
■経過観察記録
受容回数と症状進行には明確な相関が存在。
一回のみ受容:
・軽度幻痛
・違和感
⸻
十回以上受容:
・慢性疼痛
・睡眠障害
・集中力低下
⸻
二十回以上受容:
・激痛発作
・現実認識障害
⸻
三十回以上受容:
・発狂
・廃人化
・死亡
⸻
研究班は、
受容回数が増えるほど苦痛が蓄積している
可能性を指摘した。
⸻
■内部運用変更
一般患者への影響を避けるため、
運用方針を変更。
受容者は主に以下より選定された。
・重犯罪者
・終身刑囚
・奴隷
・身寄りのない浮浪者
・身元不明患者
これらは内部資料において、
“受容者群”
と記載されている。
⸻
■倫理委員会議事録抜粋
「受容者は確実に壊れている」
「治療ではなく損害移転だ」
「運用停止を提案する」
しかし提案は否決された。
⸻
■否決理由
転嫁妖精運用開始以降、
・戦場死亡率低下
・平均寿命上昇
・高位戦力維持
・医療費削減
など、
明確な利益が確認されていたためである。
内部資料には、
以下記録が残されている。
「数百人を救うために、
数人が苦しむだけである」
「合理的損失として許容可能」
⸻
■新事実
同時期、
研究班は転嫁先選定に一定傾向が存在することを確認した。
対象は毎回、
無作為に転嫁先を選んでいるわけではなかった。
長期統計の結果、
* 囚人
* 奴隷
* 浮浪者
* 身元不明者
など、
社会的地位の低い者へ転嫁が集中する傾向が確認された。
一方、
* 高位冒険者
* 貴族
* 軍指揮官
* 上級研究員
への転嫁率は著しく低かった。
選定基準は不明。
研究班は、
対象が何らかの価値判断を行っている可能性を報告している。
⸻
■暫定結論
転嫁妖精は、
傷を移動させる存在ではない。
傷と共に、
“苦痛そのもの”
を移動させている可能性が高い。
そしてその苦痛は、
受容後も完全には消失していない。
長期受容者では、
蓄積・増幅現象が確認されている。
しかし現時点においても、
運用停止は決定されなかった。
理由は単純である。
救われる人数の方が、
圧倒的に多かったからだ。
⸻
■監査官付記
私はこの時初めて、
村長の言葉を思い出した。
「誰かが代わりに痛みます」
当時の私は、
その言葉を傷の話だと思っていた。
違った。
村長が見ていたのは、
傷ではない。
痛みそのものだった。
傷は治る。
骨も繋がる。
血も止まる。
だが痛みは残る。
そして残った痛みは、
次の誰かへ押し付けられる。
報告書の数字は、
まだ利益が上回っていると示していた。
だから誰も止めなかった。
私も含めて。
――中央監査部
第五監査官《レオン》
⸻
※本報告は「転」段階の記録である。
次段階(結)では、
受容者不足によって発生した大規模苦痛災害および、
転嫁妖精封印指定事案について記録する。
次回投稿 明日20:00
09-4.【転嫁妖精】── 痛みの負債




