08-2.【英雄殺し】── 偶然は何度続くのか
《異常存在記録報告書:A-E/No.008-2》
識別仮称:《英雄殺し》
通称:“ただの男”
分類:調査中
収容状況:保護監視指定
危険等級:第二等級
管轄:国連総合ギルド 異常存在管理局(中央監査部)
閲覧制限:第一閲覧指定
⸻
■第二記録:偶然は何度続くのか
⸻
■監視指定
第一次事情聴取終了後。
中央監査部は、
対象《英雄殺し》を
要監視対象として指定。
対象本人の保護を名目に、
監査部管理施設への移送を決定した。
当初、
調査班内部では、
「単なる偶然の可能性は否定できない」
という意見が依然として多数を占めていた。
対象本人からは、
異常反応が一切確認されていなかったためである。
⸻
■移送中事案
移送開始から二日後。
対象移送隊は、
中継都市へ到着した。
同日、
当該都市には
特級冒険者《蒼槍のゼクト》一行も滞在していた。
ゼクトは、
国家級災害指定魔獣《雷牙竜》を討伐したことで知られる英雄的人物である。
対象は、
ゼクト来訪の報告を受けた直後から、
明確な動揺を示した。
⸻
■対象発言記録
「まずい……」
「離れた方がいい」
「帰った方がいい」
「お願いですから」
対象は繰り返し、
都市外への移動を要求した。
⸻
■接触回避措置
中央監査部は、
過去事例を考慮。
対象とゼクトの接触を禁止した。
対象は監視下へ移動。
宿泊場所変更も実施された。
しかし当日夜。
ゼクト本人が監視区域を訪問した。
⸻
■監視記録抜粋
ゼクト:
「お前が噂の男か」
「英雄が死ぬって?」
対象:
「帰ってください」
「お願いです」
「近付かないでください」
ゼクト:
「ただ話すだけだ」
⸻
接触時間は約十一分。
戦闘行為、
呪術行使、
異常反応は確認されなかった。
⸻
翌朝。
ゼクトは宿泊施設裏手の崖下にて死亡確認。
死因は転落による頭部損傷。
現場調査では、
* 他者侵入痕なし
* 戦闘痕なし
* 毒物反応なし
* 呪術反応なし
と記録されている。
⸻
■監査部内部報告
当該事案を受け、
監査部内部の意見は大きく変化した。
特に問題視されたのは、
対象本人が接触前から死亡を恐れていた点である。
担当監査官は、
以下の記録を残している。
「対象はゼクトを恐れていたのではない」
「ゼクトが死ぬことを恐れていた」
⸻
■再遭遇事例
以後、
中央監査部は対象監視体制を強化。
英雄級人物との接触回避を複数回実施した。
しかし、
期待された効果は確認されなかった。
確認事例。
* 宿泊地変更直後の同宿発生
* 移送経路変更後の街道再遭遇
* 急な依頼変更による同一目的地への移動
個々の事例はいずれも偶然として処理可能であった。
監査部が問題視したのは、
偶然そのものではない。
偶然が繰り返されたことである。
⸻
■事例記録 E-14
監視七日目。
対象は、
聖騎士《銀冠のリオネル》を視認後、
即座に移動を要求。
対象は担当職員へ、
以下を繰り返している。
「帰りましょう」
「あの人も危ない」
「今なら間に合う」
監査部は接触回避を優先し、
対象を別区画へ移送。
しかし移送途中、
対象一行は中央街道にて、
リオネル一行と再遭遇した。
⸻
■遭遇記録
対象:
「なんで……」
「離れたのに……」
⸻
リオネルは接触禁止要請を受けたものの、
「少し話すだけだ」
として接触を実施。
翌日。
リオネルは魔導馬車事故により死亡。
死因は車輪破損に伴う圧死であった。
⸻
■統計分析
中央監査部統計部門は、
過去事例を含めた再分析を実施。
その結果、
以下の共通傾向を確認。
* 接触対象は著名人物へ偏る
* 一般市民への影響は確認されない
* 接触時間と死亡率に相関傾向
* 死因は事故・病死へ収束
特に重要視されたのは、
死亡対象の大半が
社会的に「英雄」と認識されていたことである。
⸻
■第二次事情聴取記録
対象:
「昔からだったんです」
「最初は偶然だと思ってた」
「でも何回も続いて……」
「気付いたら」
「強い人を見るのが怖くなった」
長時間沈黙後。
対象は小声で続けた。
「やっぱり」
「俺が原因なんですね」
⸻
■分類変更審議
中央監査部は、
対象周辺で発生する死亡事例について、
「偶然では説明困難」
と正式判断。
対象を、
“英雄級人物へ限定的な影響を及ぼす異常存在”
として再定義した。
識別仮称《英雄殺し》は正式承認。
危険等級は第一等級へ昇格。
閲覧制限も特級閲覧指定へ変更された。
⸻
■暫定結論
《英雄殺し》は、
既存の呪術体系と一致しない。
しかし対象周辺では高確率で、
“英雄として認識された人物”
が死亡する。
さらに、
接触を回避しようとした場合であっても、
不自然な偶然により接触へ至る事例が確認されている。
問題は、
対象が死を発生させているのか。
あるいは、
英雄そのものが対象へ引き寄せられているのか。
現時点では不明である。
⸻
■監査官付記
統計学において、
偶然は存在する。
だが偶然には限度がある。
人はしばしば、
理解できない事象を超常現象と呼ぶ。
私は逆だと思っている。
理解できないほど積み重なった偶然こそ、
最も恐ろしい。
もしこの男が英雄を殺しているのなら、
話は単純だ。
だが記録は、
別の可能性を示している。
英雄の方が、
この男へ近付いている。
それが事実だとしたら。
我々は今、
人ではなく法則を調査しているのかもしれない。
――中央監査部
第九監査官《ヴェルナー》
⸻
※本報告は「承」段階の記録である。
次段階(転)では、中央監査部による対象運用実験、および対英雄抑止措置としての管理運用記録が記載される。
次回投稿 本日21:00
08-3.【英雄殺し】── 偶然は利用できるのか




