08-1.【英雄殺し】── 英雄の死は偶然か
《異常存在記録報告書:A-E/No.008-1》
識別仮称:《英雄殺し》
通称:“ただの男”
分類:欲求汚染型異常
収容状況:接触管理指定
危険等級:第二等級
管轄:国連総合ギルド 異常存在管理局(中央監査部)
閲覧制限:第一閲覧指定
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■第一記録:英雄の転落死
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■概要
本報告書は、
西方戦役の英雄《黒鋼のガルド》死亡事案を契機として開始された、
英雄級人物の異常死亡調査記録である。
当初、
当該事案は単なる事故死として処理されていた。
しかし中央監査部は、
事故記録の中に、
無視できない違和感を確認。
再調査の結果、
過去にも複数の英雄級人物が、
本人の戦歴や能力に見合わない、
あまりにもありふれた事故で死亡していたことが判明した。
そして各死亡事案の周辺記録には、
毎回、同じ男の存在が残されていた。
対象人物は後に、
識別仮称《英雄殺し》として正式登録される。
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■発生事案
西方王都。
西方戦役終結から十二日後。
戦争英雄《黒鋼のガルド》が、
王都中央宿舎の階段下で死亡している状態で発見された。
死因は、
転落による頸椎損傷。
現地騎士団は、
酩酊状態による事故死として処理。
宿舎側も異議を示さず、
事案は通常事故として終結する予定であった。
当時、
この死に強い疑問を呈した者は、
ほとんど確認されていない。
理由は単純である。
どれほど強い英雄であっても、
事故で死ぬことはある。
そう判断されたためである。
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■対象人物:《黒鋼のガルド》
ガルドは西方戦役において、
最前線を担った重装戦士である。
当代最高峰の防御能力保持者として知られ、
以下の戦歴が確認されている。
* 地竜の突進を正面から受け、生還
* 城壁崩落に巻き込まれ、軽傷
* 上級攻城魔術の直撃に耐久
兵士と民衆の間では、
“不死身の英雄”
として語られていた。
しかし、
戦時下の評価には誇張も含まれる。
そのため、
現地騎士団の判断は以下のものであった。
「英雄であっても、
階段から落ちれば死ぬ」
この結論に、
当初は誰も反論しなかった。
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■再調査要請
事案が再調査対象となった契機は、
中央監査部の監査官による事故報告の閲覧である。
監査官は後の記録において、
以下の発言を残している。
「……ガルドが、
階段から落ちて死ぬ?」
「そんなはずがない、
とは言い切れない」
「だが、
それで終わらせていいのか」
当初、
この疑問は単なる英雄視による思い込みと判断された。
だが監査官は再調査申請を継続。
独自判断により、
現地確認を開始している。
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■現場再調査
現地再調査の結果、
事件性を示す要素は確認されなかった。
確認された内容は以下。
* 階段の破損なし
* 戦闘の痕跡なし
* 呪術反応なし
* 毒物反応なし
* 第三者侵入の痕跡なし
王立異常封印院による遺体再検査でも、
異常な点は発見されなかった。
外傷は頸椎損傷のみ。
精神干渉、
魔力異常、
呪術の痕跡も確認されていない。
つまり記録上、
《黒鋼のガルド》は本当に、
階段から落ちて死んでいた。
調査は再び、
単純事故死として終了する予定であった。
しかし監査官は、
この結論を受け入れなかった。
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■過去死亡記録の確認
監査官は、
過去二十三年間の英雄級人物の死亡記録を確認。
その結果、
複数の類似事案が発見された。
対象はいずれも、
* 勇者
* 聖騎士
* 特級冒険者
* 戦役英雄
など、
極めて高い生存能力を持つ人物であった。
しかし死因は、
いずれも平凡だった。
* 転倒
* 落馬
* 溺死
* 食事中の事故
それらはどれも、
あり得ない死に方ではない。
だが、
本来の戦歴と照らし合わせた場合、
あまりにも不釣り合いであった。
地竜の突進に耐えた者が、
階段から落ちて死ぬ。
魔獣の群れを単騎で突破した者が、
浴場で足を滑らせて死ぬ。
戦場で死ななかった者たちが、
日常の中で、
簡単に死んでいた。
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■断片記録の確認
監査官は、
各事案の周辺記録を再確認した。
宿帳。
馬車便の記録。
酒場の会計。
通行証。
巡回兵の記録。
通常であれば、
誰も注目しない記録である。
しかし、
それらを並べた時、
ある共通点が浮かび上がった。
死亡した英雄たちの周囲には、
毎回、
同じ男がいた。
男は目立たなかった。
同行者ではない。
敵でもない。
依頼人でもない。
ただ、
同じ宿に泊まっていた。
同じ馬車に乗っていた。
同じ酒場にいた。
同じ通りを歩いていた。
それだけだった。
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■《黒鋼のガルド》死亡事案との照合
《黒鋼のガルド》死亡事案においても、
当該男性が同一宿舎へ宿泊していたことが判明した。
宿帳には、
男の名前が残されていた。
ただし、
宿泊理由、
同行者、
職業の記載はない。
宿舎店主への追加聞き取りでは、
以下の証言が得られている。
「ああ……いたな」
「誰だったかは覚えてない」
「普通の男だった」
「ただ、
ガルド様と話してた」
監査官が確認すると、
店主は少し考えた後に答えた。
「たしか……
ガルド様の方からだったと思う」
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■対象人物の確保
中央監査部は、
統合記録より対象人物を特定。
王都下層区にて、
任意同行を実施した。
対象は、
二十代後半から三十代前半と思われる男性。
特筆すべき外見的特徴はない。
武装なし。
魔術師登録なし。
確認された経歴も、
ごく平凡なものであった。
確保時、
対象は抵抗しなかった。
ただし、
監査部職員が《黒鋼のガルド》の名を出した直後、
明確な動揺を示している。
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■第一次事情聴取記録
記録担当:中央監査部 第九調査班
対象は調査開始直後より、
激しい発汗と震えを示した。
以下、
記録抜粋。
「……また、
死んだんですか?」
「いや、
でも……」
「俺は何もしてない」
「俺じゃない」
「俺じゃないんです」
対象は以後、
呼吸の乱れにより会話継続が困難となった。
医療班の診断では、
異常な精神支配ではなく、
強い恐怖と長期的なストレス反応と判断されている。
なお、
対象本人からは、
魔力異常、
呪術適性、
危険な異常反応のいずれも確認されなかった。
対象は、
どこから見ても普通の人間であった。
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■暫定指定
中央監査部は、
対象人物を
“英雄級人物の死亡事案と関係する可能性が高い人物”
として暫定登録。
識別仮称《英雄殺し》を付与した。
ただし、
この時点では、
対象本人による殺害行為は確認されていない。
武器の使用もない。
呪術の使用もない。
敵意もない。
確認されたのは、
ただ一つ。
英雄が死ぬ前、
その近くに、
この男がいる。
それだけである。
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■暫定結論
現時点において確認されている事実は以下である。
* 英雄級人物が不自然な事故死を遂げている
* 各死亡事案の周辺に同じ男の記録が残っている
* 対象本人から危険な異常性は確認されていない
しかし、
これらをすべて偶然として処理するには、
事例数が多すぎる。
中央監査部は、
対象を要監視対象として登録。
継続観察を決定した。
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■付記
第一次事情聴取終了後。
対象は退室直前、
調査員へ以下の質問を行っている。
「あなたは、
英雄ですか?」
調査員が否定すると、
対象は目に見えて安堵した。
その後、
小声で以下を発言している。
「それなら、
大丈夫です」
当該発言の意味は、
この時点では不明であった。
なお、
当該調査員は現在まで生存している。
当該調査員に英雄歴は存在しない。
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■監査官付記
私は現在でも、
超常現象より数字を信じている。
だからこそ、
この記録が気味悪い。
一件なら偶然。
二件でも偶然。
三件でも説明は可能だ。
だが、
記録は四件目を示した。
五件目を示した。
六件目を示した。
そして七件目も。
その頃には理解していた。
我々が調査しているのは、
英雄の死ではない。
偶然そのものだ。
数字が、
偶然ではないと告げている。
だから私は、
この男よりも数字の方が恐ろしい。
――中央監査部
第九監査官《ヴェルナー》
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※本報告は「起」段階の記録である。
次段階(承)では、対象監視下における英雄級人物死亡事例、
および接触回避を試みた際に発生した不自然な再遭遇記録が記載される。
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