06-2.【帰還待ち】── 主人
《異常存在記録報告書:A-E/No.006-2》
識別仮称:《帰還待ち》
通称:“殺戮人形”
分類:認識依存型異常
収容状況:収容済み
危険等級:第二等級 → 第一等級再審査中
管轄:中央監査部
閲覧制限:第二閲覧指定
⸻
■第二記録:主人認識条件
⸻
■追加調査概要
第一記録以降、
中央監査部は生存隊員J-3の証言、
ならびに過去被害記録の再解析を実施した。
その結果、
対象には一定の行動規則が存在することが判明した。
対象は接近個体へ、
「お帰りなさいませ」
と発声する。
そして、
「ただいま」
と返答した個体を保護対象として認識する傾向が確認された。
中央監査部はこれを、
《主人認識状態》
と正式指定した。
⸻
■主人認識状態
認識移行後、
対象は当該個体への護衛行動を開始する。
確認事例は以下。
* 常時追従
* 周辺警戒
* 睡眠監視
* 接近者排除
* 移動経路確認
対象は敵意を判定しない。
武装も判定しない。
危険性も判定しない。
主人へ近付いた。
それだけで十分だった。
⸻
■生存隊員J-3聴取記録
以下は第一次接触事案後、
生存隊員J-3へ実施した聴取記録である。
なお対象が常時追従状態にあったため、
聴取は遠距離念話にて実施された。
記録官:
対象は応答後、
攻撃を停止したのですね。
J-3:
はい。
記録官:
その時どう思いましたか。
J-3:
助かったと思いました。
記録官:
その後は。
J-3:
ずっと後ろにいました。
記録官:
護衛していた。
J-3:
そうです。
でも――
J-3:
あいつは俺を守ってたんじゃない。
閉じ込めてたんです。
記録官:
そう思った理由は。
J-3:
別の隊員が近付いた時です。
助けようとしてくれただけでした。
でもあいつは殺した。
その時、
村の子供の話を思い出したんです。
J-3:
俺も同じだった。
あの子と。
⸻
■アレン死亡事案再解析
住民証言によれば、
アレンは帰還後、
繰り返し家族の元へ向かおうとしていた。
しかし対象はその都度進路上へ移動。
接触や攻撃は行わなかったものの、
結果的に行動を制限していた。
また検死記録では、
* 両膝の擦過傷
* 転倒痕
* 強い恐怖反応
が確認されている。
中央監査部は現在、
アレンは保護対象として認識されていたが、
対象への恐怖および逃走行動によって認識状態が解除された可能性が高い
と判断している。
⸻
■長期観察結果
現在までに確認された《主人認識状態》移行事例は計██件。
恒久的な維持に成功した事例は存在しない。
保護対象となった人物は例外なく、
* 睡眠障害
* 被監視感
* 強い閉塞感
* 慢性的恐怖
を訴えている。
対象は常に数歩後方を維持。
睡眠中も離れない。
移動先を監視し続ける。
その結果、
多くの保護対象は精神的疲労を蓄積。
最終的に、
* 拒絶
* 離脱
* 攻撃
などの認識解除条件を満たしている。
⸻
■認識解除事例
以下は代表事例である。
事例A
護衛探索者H-1。
認識後五日生存。
対象からの隔離を要求。
翌日死亡。
死亡前最終発言。
「もう寝られない」
「後ろに立ってるんだ」
⸻
事例B
監査補助員O-2。
認識後七日生存。
継続的拒絶発言を確認。
死亡。
⸻
事例C
魔導技師M-3。
認識後九日生存。
逃走を試みる。
死亡。
⸻
J-3を含む全事例に共通していたのは、
対象への恐怖。
対象への拒絶。
対象からの離脱。
であった。
⸻
■観測記録:A-E/006-C
監査補助員O-2に対する観測記録。
観測六日目。
対象は終日、
当該職員の後方二〜三歩を維持。
移動先を継続監視。
対象発声。
「本日もご無事で」
「危険は排除済みです」
「ご安心くださいませ」
⸻
観測七日目。
深夜帯。
当該職員は居室からの離脱を試行。
監視記録抜粋。
職員:
「どいてくれ」
対象:
「危険区域です」
職員:
「頼むから離れてくれ」
対象:
「ご安心くださいませ」
職員:
「来るな」
対象沈黙。
約四秒。
職員:
「俺はお前の主人じゃない」
対象:
「……主人ではない」
記録終了。
翌朝、
当該職員の遺体を確認。
死因は頸部切断。
⸻
■旧王国記録調査
対象の起源調査を目的として、
旧王国廃都市群内部の探索を実施。
探索開始から██日後、
地下居住区画を発見した。
内部には、
* 魔導研究設備
* 自律機構整備装置
* 生活用品
* 記録媒体
が残存。
調査により、
当該区画は旧王国魔導技師
《エルディオ・ラグナス》
の居住区であった可能性が高いと判明した。
さらに記録媒体内には、
《専属護衛機 No.106》
との記述を確認。
対象が個人護衛用人形であった可能性が極めて高いと判断された。
⸻
■生活記録抜粋
回収音声記録。
対象:
「お帰りなさいませ」
男性音声:
「ただいま」
⸻
対象:
「本日もご無事で」
男性音声:
「ああ」
⸻
対象:
「危険は排除済みです」
男性音声:
「ご苦労」
⸻
対象:
「お休みになってください」
男性音声:
「明日も頼む」
⸻
記録終了。
⸻
回収された記録の大半は、
このような短い日常会話で構成されていた。
⸻
■内部記録断片
対象内部記録領域より、
破損データを回収。
【記録開始】
主帰還予定時刻超過
待機継続
主応答なし
待機継続
主応答なし
待機継続
⸻
主応答なし
待機継続
主応答なし
待機継続
⸻
[記録破損]
⸻
戦闘機構強制移行
主保護優先
主捜索開始
⸻
【記録終了】
⸻
■破損状況
記録領域周辺には高密度損傷痕が存在。
損傷原因は不明。
* 外部攻撃
* 魔導暴走
* 対象自身の武装稼働
いずれによるものか判別不能である。
また居室内部は極めて激しく損壊しており、
詳細調査継続は困難と判断された。
⸻
■暫定結論(承)
《帰還待ち》は、
主人帰還確認機構を中核とした旧王国製護衛人形である可能性が極めて高い。
しかし何らかの理由により主人と離別。
その結果、
* 帰還確認
* 護衛
* 排除
* 待機
という本来独立していた命令群が異常融合を起こしたと推定される。
現在の対象は、
“主人を待機し続ける護衛機構”ではない。
“主人不在状態を終了できなくなった護衛機構”である。
なお、
主人の最終状況は現在も不明。
遺体も発見されていない。
⸻
■監査官付記
我々は法則を理解した。
少なくとも、
そう考えていた。
対象を恐れるな。
拒絶するな。
逃げるな。
それさえ守れば生存できる。
そう結論付けた。
だが私は、
回収した旧王国記録を読んだ時から、
一つだけ気になっていた。
あの護衛機は、
主人を守るために作られている。
ならばなぜ、
主人がいなくなった後も、
待機を続けていたのだろう。
本当に壊れたのは、
主人を失った後だったのか。
それとも――
主人が帰らなかった日から、
既に壊れ始めていたのか。
――中央監査部
第七監査官《ラルク》
⸻
※本報告は「承」段階の記録である。
次段階(転)では、
認識機構劣化による法則崩壊、
および保護対象殺害後の異常行動について報告する。
次回投稿 本日23:00
06-3.【帰還待ち】── 認識崩壊




