第37話 父を超えろ
山奥。
風が吹く。
ナナとゾロ。
向かい合う。
「本当にやるの?」
ナナが言う。
「やる」
即答。
「手加減は?」
「するわけねぇだろ」
ゾロは笑う。
「お前が強くなりたいならな」
「本気で来い」
チュウジが横でため息をつく。
「加減はしてやれよ」
「死なねぇ程度にな」
「多分大丈夫」
「多分って何よ!」
ナナが叫ぶ。
ゾロはケラケラ笑う。
だが。
次の瞬間。
空気が変わった。
圧。
重い。
呼吸が詰まる。
(なに……これ……)
今まで会った誰よりも強い。
ギンジ。
シロ。
ポンズ。
比べ物にならない。
ただ立っているだけなのに。
山そのものが敵になったような感覚。
「来い」
ゾロ。
一歩も動かない。
ナナは飛び出した。
速い。
今までより遥かに。
だが。
届かない。
「え?」
目の前にいたはず。
消えた。
「後ろだ」
ゾロの声。
「っ!?」
振り向く。
そこにいる。
攻撃。
空振り。
また消える。
「遅い」
「くっ!」
何度も。
何度も。
攻撃する。
だが当たらない。
一発も。
かすりもしない。
息が上がる。
汗が落ちる。
「どうした」
「そんなもんか」
「まだよ!」
怒り。
悔しさ。
感情が膨らむ。
青白い光。
目が染まる。
ニャオス。
解放。
「うおおおおお!!」
地面が砕ける。
突進。
今までで最速。
ゾロの瞳がわずかに動く。
「ほう」
しかし。
当たらない。
紙一重。
避ける。
避ける。
避ける。
「なんで!」
「なんで当たらないのよ!!」
叫ぶ。
青白い光が激しくなる。
呼吸が乱れる。
身体が悲鳴を上げる。
その時。
「やめろ」
ゾロ。
真剣な声。
「え?」
「その先だ」
「その先は行くな」
ナナの動きが止まる。
ゾロは空を見上げた。
少しだけ。
遠くを見る目。
「昔な」
「ある仲間がいた」
ナナは黙る。
「強くなりたかった」
「誰にも負けたくなかった」
「守りたかった」
ゾロの声は静かだった。
「だから怒った」
「ずっと怒ってた」
「カラスにも」
「人間にも」
「世界にも」
拳を握る。
「その結果」
「俺は仲間を傷つけた」
ナナの目が見開く。
「え……?」
「暴走したんだよ」
「ニャオスにな」
チュウジも目を閉じる。
知っている話。
「俺は強かった」
「でも弱かった」
「怒りに勝てなかった」
風が吹く。
「だからお前には同じ道を歩いてほしくねぇ」
ナナの青白い光が揺れる。
「怒るなとは言わねぇ」
「憎め」
「許せなくていい」
「でもな」
ゾロが近づく。
額を軽く小突く。
「手綱は離すな」
「力じゃなく」
「心で握れ」
ナナは俯く。
考える。
今まで。
寂しかったこと。
苦しかったこと。
怖かったこと。
許せないこと。
全部。
消えない。
でも。
それでいい。
消す必要はない。
抱えて生きればいい。
そう思った瞬間。
青白い光が変わる。
暴れない。
静か。
穏やか。
身体に馴染む。
初めてだった。
自分で動かしている感覚。
ゾロが笑う。
「そうだ」
「それだ」
「やっと掴んだな」
ナナは目を開く。
世界が違って見える。
風。
匂い。
音。
全てが鮮明。
チュウジも頷く。
「まずは合格じゃ」
「ほんの序の口じゃがな」
ナナは少し笑った。
「……厳しすぎるわよ」
「ははは!」
ゾロが笑う。
「まだまだこんなもんじゃねぇぞ」
その時だった。
ゾロの笑顔が消える。
チュウジも。
ナナも。
三匹同時に空を見上げる。
嫌な感覚。
遠く。
さらに遠く。
どこかで。
何かが動いた。
「……来るな」
チュウジ。
ゾロは笑わない。
ただ静かに呟く。
「黒牙」
その名を。
初めて本当の脅威として。
ナナは聞いた。
夜風が吹く。
戦いはまだ終わっていない。
むしろ――
これから始まるのだから。




