99、自分の気持ちに気づく
セルさんは、私を抱きしめたまま、動かない。
彼は、もうすぐ街を離れるから、その前に来たかったのよね。この街は、15年以上前に、亡き恋人と過ごした思い出のある街だから。
そっか。セルさんが抱きしめているのは、私じゃない。きっと、死なせてしまった恋人だ。シャルルさんが、私が少し似ていると言っていた。私は、その代役を務めているかな。
彼の心の中にある後悔が、彼をこの場所から遠ざけていたのね。来たかったのに、来られなかった。
ずっと、私の前を歩いていたのは、顔を見られたくなかったのかな。きっと懐かしい光景だったよね。
「あぁ、オモチ、悪い」
セルさんは、スッと離れた。だけど、涙を拭いたような跡が見えた。今の私には魔力があるから、注視すれば見えるのね。
「セルさん、やっぱり、街から離れない方が、いいんじゃないですか? あの子たちも、もうすぐ街に行くって言ってましたし、街の安全を守るのが悪役の役割でしょう?」
「ふっ、無茶苦茶なことを言う子猫だな。オモチが帰るまでは、ちゃんと居る。オモチを見送ってやるから、心配するな」
セルさんは、私の頭をポンポンと叩くと、また歩き始めた。その背中を見ていると、彼が泣いている気がした。
「セルさん!」
私は駆け寄っていくと、振り返った彼の胸に飛び込んでいた。なぜだか、わからない。ううん、わかってる。
「オモチ、どうした? ヘビでも居たか?」
「違うよ! 私は、セルさんに、ちゃんと前を向いてもらいたいの! ずっと、過去しか見てないでしょ。前を向いて歩いて欲しいの!」
「いきなり、どうしたんだ? なっ?」
私の顔を覗き込んだセルさんに、私は……。
「ちゃんと、未来に向かって歩いて欲しいの!」
「オモチ、今、口に子猫が当たったぞ?」
「当たったぞ、じゃなくて、当てたの! んっ」
私の唇は、セルさんの唇で塞がれた。だけど、それはとても短いキスだった。
スッと離れたとき、彼の目が私を真っ直ぐに見ていた。信じられないモノを見るような目。何かに怯えている?
あっ、そっか。彼は、ファンに誘われることがトラウマになってるんだ。だから今も、変な顔をしてる。油断していた子猫にキスされたから、動揺してる?
「オモチ、突然、どうした?」
「わかんない!」
「わからなくて突撃してきたのか?」
「わかんないけど、突撃した!」
私は怒ったような言い方しかできない。セルさんが戸惑ってる。困らせたくないのに、困らせてる。
「ふっ、変なやつ」
セルさんは、私をギュッと抱きしめた。彼がどんな顔をしてるか見たいのに、頭をムギュッと押さえられてる。
「顔が見えないっ!」
「また、子猫が突撃してくるかもしれないだろ」
「もう、しないよっ!」
「ダメだ」
「本当に、しないからっ! そんな勇気ない」
「ダメだよ」
彼の腕の力は少し弱くなったけど、私の顔は、セルさんの腕の中から脱出できない。完全に、迷惑な子猫扱いされてる?
どれくらいの時間が経っただろう。何人かの人が横を通っていく足音が聞こえた。周りの人からは、私達は、どう見えるのかな。
「オモチ、そろそろ行くか」
やっと解放されたとき、彼のぬくもりが離れたことに、不安と寂しさを感じた。
「どこに行くの?」
「ん? どこに行きたい?」
問い返したセルさんの目は、今までに見たことのないほど優しかった。あっ、私じゃなくて、亡き恋人と喋ってるのかな。そう思うと、胸がギュッと苦しくなった。
「セルさんのオススメの所」
「ふっ、やっぱりオモチはオモチだったな」
何? なぜか頭をわしゃわしゃと撫でられてる。
「ちょ、髪の毛がぐちゃぐちゃになるよ」
「もともと、ぐちゃぐちゃだったんだろ? あはは」
セルさんは、ケラケラと笑うと歩き始めた。だけど、置いていかれそうなスピードではない。ゆっくり歩いてる?
「もうっ! 昼よりも、もっとぐちゃぐちゃになったじゃないですかー」
「お詫びに飯をおごるよ。あー、ウィルに会う前に、髪型を整えたいか。宿屋ノームに送るよ」
商店街のアーケードが終わると、セルさんは後ろを振り返っていた。この場所に、もう二度と来られない別れを告げているのだと、感じた。
私と目が合うと、セルさんは、無理をして笑顔を作っている。何か、言わなきゃ。そう思ったときには、転移魔法の光に包まれていた。
◇◇◇
「オモチ、明日の行動は自分で決めろ。俺達は、オモチの呼び出しに応えられるように、終日予定は空けてある。あぁ、ウィルは、変更可能なコンセプトカフェ巡りをするみたいだけどな。じゃあな」
セルさんは、宿屋ノームの前に送ってくれた。まるで業務連絡のようなことを喋ると、私の返事を待たずに、スッと姿を消した。
明日の予定を空けてあるのは、測定アプリの強制なのかな。私が呼び出せば、会ってくれるんだ。
もう会えないわけじゃない、ということに、私はホッとしていた。私は、セルさんが亡き恋人への想いを断ち切れないのだと、気づいてしまった。彼は自暴自棄になってる。そう考えると、私の胸は苦しくなっていく。
そっか。私は、セルさんに片想いしてるんだ。
セルさんと会っていた間は、特に暗い商店街に入ってからは、ゲーム舞台だということを忘れていた。ずっと、セルさんのことばかりを気にしていた。周りの目も、恋人に見えるのかなって思ったり……。
つらい。
恋心に気付くと、私はいろいろなことが辛くなってきた。ミッションが終われば、地球に帰る。セルさんが攻略対象をしている18禁のゲームを買ってしまうかな。
きっと今日のことを、何度も思い出すよね。
そして、20周年の大作が配信されなければ、この人工星が、今日見たアーケードが、セルさんの大切な思い出が……消えてしまったことを知るんだろうな。




