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100/122

100、ウィルのジュエン荒らし

『オモチ、30分後に宿屋ノームのロビーに迎えに行く』


 宿屋の部屋に入るとすぐに、シャワーを浴びた。気持ちを切り替えるために、すべてを流し去りたかったのだと思う。


 シャワーから出ると、ウィルからチャットが来ていた。ウィルとはフレンド登録はしていない。セルさんが、私を宿屋ノームに送り届けたことを、連絡したのね。


 チャットの時間を確認すると、あと10分しかない! 私は慌てて髪を乾かす。今日は、ずっと焦ってばかりだな。




 ロビーに降りていくと、まだ1分はあるはずなのに、ウィルが既に待っていた。ウィル王子ではなくて、ウィル。フード付きのパーカーを着ている。


「ごめん、待たせた?」


「あぁ、10分待った」


 ウィルにそう言われて、フロントの時計を見たけど、チャットの時刻のちょうど30分後だった。反論しようかと思ったけど、やめた。ウィルがまた、ウィル王子になってしまうと困る。


「髪を乾かしてたからー」


「ふぅん。あぁ、廃墟の街に行ったからか。あの街は頻繁に砂嵐が起こっているもんな」


 廃墟の街?


「セルさんから、何を聞いたの?」


「オモチが、ゲーム舞台巡りをしたがっているって言ってたよ。まさか、セルさんのゲーム舞台まで見たがるとは、俺としては驚きだけどな」


 あー、そういう説明か。


「別に、変な意味じゃないよ?」


 私の反論が言い訳に聞こえたのか、ウィルは意味深な笑みを浮かべた。ちょ、変なことを考えてる顔だよね?



「とりあえず、夕食を食べに行こうか。セルさんとは、ずっと歩き回っていて、何も食べてないんだろ?」


「うん、朝食は遅かったけど、さすがに、お腹空いたかな。でも、街歩きはマズイよね」


 宿屋のロビーだから喋っていられるけど、フード付きのパーカーでも、声でウィルだとバレているみたい。宿屋に来たお客さん達が、ヒソヒソ話をしている声が聞こえる。私はまだ、ウィルの恋人だと思われているみたい。噂って、怖いな。



「今日は、ジュエン荒らしをしようと思ってる」


「ジュエン荒らし?」


「面白そうだろ? 昨日、公園に行ったから、思いついたんだ。あの近くにいたのは、『青に染まるキミの春』のレックスだっただろ? バトラーの所に抗議があったらしい」


「あー! 爽やか青年のレックスだったんだ。『青に染まるキミの春』の攻略対象は、実物はシャールくんしか知らなかったけど。でも抗議があったなら、ダメじゃない。ナワバリがあるんでしょ?」


「だから俺は、今日はお忍びスタイルだ。ククッ、面白くなるよ。オモチにも良い思い出になるはずだよ」


 ウィルは、思い出作りをしようとしてくれてるの? 確かに、気付かれるかどうかというドキドキはありそうだけど……いや、絶対に気付かれるよね。この街ジュエンにも、『月の世界の王子様』のファンは多いはず。



「絶対にバレるよ? 『青に染まるキミの春』の次に配信されたのが『月の世界の王子様』だもん」


「いいんだよ。新旧対決だ。しかも、ここは敵の本拠地だからな」


「はい? 敵って、何を言ってんの?」


 私が呆れ顔を向けると、ウィルは、ククッと悪ガキのように笑ってる。心底、楽しんでいるみたい。




 ウィルは、パーカーのフードを被り、サングラスをした。もう夕方なのにサングラスなんて、変装にしか見えないよ。


 私と手を繋ぐと、ウィルは歩き始めた。目的地はもう決めてあるみたい。明らかに怪しい変装は、逆に人目を引きつけた。まさか、それをわかっててやってる?



「ここだ、ここ。腹減ったな」


「えっ? ちょっと、何を考えてるの?」


「新旧対決だよ」


 この悪ガキは、私には止められない。


 ウィルは、並んでいる人達をサーッと眺めると、列の前の方に並んでいる恋人同士に見えるカップルに近寄っていった。



「ねぇ、フレンドのふりをして、相席してくれないかな」


 ウィルは、サングラスをずらして、そんな無謀なことを言ってる。声をかけられた女性は、真っ赤な顔。あーあ、知らないよ?


「ど、ど、ど、どういうことですか」


「彼女と二人だと目立つからさ。さすがに店内でサングラスというわけにもいかないでしょ。キミ達の分も、俺が奢るから、頼めないかな?」


 あちゃ、彼女の方は思考停止してる。彼の方は、挙動不審にキョロキョロしてるよね。


「わ、わかりました。念のために確認しますが、ウィルさんですよね? そちらの方はオモチさんですか? 主人公の期間が終わったのかな」


「そうだよー」


 後半は、違うでしょ! 彼は、真っ赤な彼女の顔を見ながら、ウィルに返答した。


「わかりました。この店は4人席しかないから、割り込みにもならないし、大丈夫だと思いますが……」


 いやいや、割り込みだよ。


 ウィルは、サングラスをズラして、列の後ろの人達に軽く会釈をした。そして、人差し指を口の前に立てると、完璧なウィル王子スマイル。


 これだけで、みんな共犯になるのね。列の後ろに並んでいた人達は、ポワッとした表情で頷いている。この店は、『青に染まるキミの春』のコンセプトカフェなのに。


 これが攻略対象の放つオーラか。



「オモチ、良かったな。ここの夜定食が食べたいって言ってたもんな」


「えっ? あー、あはは」


 そんなこと、一度も言ってないよ!



「キミ達の名前を教えて」


「はい。俺はピルスで、彼女はユキコです」


 えっ? ユキコ?


「彼女さんは、アース星から来たんですか?」


 私は、つい、問いかけてしまった。


「はい。アース星から半年ほど前に来ました。『月の世界の王子様』では、ウィル王子ルートが解禁されてなかったけど、知ってます。私は今、ウィル王子ルートをやってますから」


「えっ? 今ですか?」


「彼女は、そのために、ルナシティのファン会館のゲーム屋に通ってるんですよ」


 そんな場所があるの?



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