95、測定アプリに振り回されてる
「そろそろ、送っていくよ。シエルさんは、今どこにいるか、わかるか?」
セルさんは立ち上がると、個室の扉を開いた。ただの状況確認のためだけに、私と会ったのかな。
携帯機でシエルさんの居場所を確認すると、ジュエンにいるけど、移動しているみたいだった。用事があるのかな。聞いてみようとチャットを開くと、シエルさんからチャットが来ていた。
『オモチ、暇になったら連絡くれる? 今日と明日は、サリィさんから、仕事禁止命令が出てしまったよ』
仕事禁止命令?
「シエルさんは、今、ジュエンにいます。外を歩いているみたいです。仕事禁止命令が出てるって」
「ふっ、サリィさんか。あの人は単純に楽しんでるようだな。悪役令嬢が、少しキレていた。まぁ、イービー星の人の価値観は、俺達にはわからないが」
「確かに、サリィさんはワクワクしてましたね。私が誰を選ぶのか、リアルな乙女ゲームを見ている感覚でしょうか」
「そうかもな。シエルさんが歩いている場所は、どの辺りだ?」
私はセルさんに、地図アプリを見せた。
「わかった。じゃあ、行くか」
私が携帯機を操作していた間に、セルさんは酒場の支払いを済ませていた。ほんと、いつも奢ってもらってばかりだな。
店を出ると、私達は、転移魔法の光に包まれた。
◇◇◇
「うわっ! びっくりした」
転移で移動した場所は、まさにシエルさんの目の前だった。すっごく正確な転移ね。
「おっ、悪い。ちょっと着地点が狂った。シエルさん、オモチを引き渡しに来ましたよ。じゃ」
そう言い残すと、セルさんは、スッと姿を消した。何だろう? いつも通りな気もするけど、ちょっと何かが違う。
そっか。セルさんは、転移のとき以外、全く私に触れなかったんだ。いつもは、子猫扱いしてたのに。
「シエルさんの居場所を地図で見せたら、こういうことになりました。チャットの返信ができなくて、すみません」
「いや、大丈夫だよ。セルさんは、正確な転移ができるんだね。地図を見て、僕の移動速度を計算したようだね」
「そうなのかな? 着地点が狂ったって言ってましたけど、あれは照れ隠し?」
「ふっ、たぶんね。一瞬、磯の香りがしたけど、海に行ってたの?」
シエルさんは鋭いな。水槽があったし、店内は磯の香りが漂っていたから、服に付いてるのかも。
「シーパスの街に昼食を食べに行ってました。次のアース星で配信される乙女ゲームの舞台だからって」
「あぁ、サリィさんが好きなゲームだね。メイン舞台は海だから、海岸沿いには観光客が多いよ。シーパスの街は、セルフィア王国にある街に似せて作ってあるから、店にハズレはないよ。セルフィア王国の人がよく行くからね」
「へぇ、そうなんですね。とても都会だなと思っていました。漁師飯のような定食を食べましたよ」
「ふっ、そっか。楽しめたんだね」
シエルさんは、なぜか少し寂しそうな表情をしているように見えた。
「はい。ただ、昼に会ったウィルほどじゃないですけど、セルさんも、いつもとは違うような気がしました。開発中の乙女ゲームに選ばれたくないのかなって」
「ん? そんなことを言ってたの?」
「いえ、普通を装っていたというか、二人とも距離を感じたというか……。ウィルは途中で崩れてたけど、セルさんはいつも通りに見えたのに、何か違っていたから」
私は上手く説明できなかった。シエルさんは、少し考え事をしているみたい。やはり、彼は真面目だな。
「測定アプリの件で、運営から威圧的なメールが来ていたから、ちょっと構えていたのかもね」
「威圧的なメール?」
「うん、たぶん文字化けするだろうから、本人にしか見えないと思うけど、街でのすべてに優先するとか何とか。測定アプリへの協力を拒否すると、追放だってさ」
「ええっ? 街から追放? 研究室送りですか?」
「いや、この人工星からの追放だって。こんなことができるのは、監視者のオルフルさんだろうね」
オルフルさん、コワイ。
私達は、どこかへ向かって歩いていた。
「シエルさん、どこに向かってるんですか?」
「オモチが好きそうな場所だよ。サリィさんには、僕が不利だと言われたんだけどね。ただ、やっぱり諦めなくないんだ。オモチの感覚では、恋愛の先に結婚があるんだよね?」
えっ? シエルさんは、選ばれようとしてる? でも、既に運営は、私の記録を持ってるはずよね。
「測定アプリの数値は、何を測っているんですか? 運営側の記録と異なる結果が出ることもあるのかな」
「それは、わからないね。測定アプリの仕組みは、開発したオルフルさん以外は、サリィさんしか知らないんじゃないかな。僕にも、教えてくれない。ただ、運営の記録は過去のものだから、異なる結果が出ると、新しい方を採用するはずだよ」
私達は、夕焼けに染まる湖に着いた。
「ここは、シエルさんのミッションの手伝いをしたときに来た湖? じゃないな。ボートがある。あっ! わかった」
この湖は、『青に染まるキミの春』のエンディングで流れるシーンのひとつだ。たぶん、課金キャラのルートだよね。
「オモチは、やってないかな? 『青に染まるキミの春』に出てくる場所だけど、課金しないと遊べない攻略対象だと思うよ。だけど、僕は好きなんだよ」
シエルさんが、私の手を取った。そして、湖に向かって歩いていく。
「ちょ、湖に落ちちゃう……あれ?」
湖の水は、私の靴が触れると、光っている。
「ふふっ、面白いよね。この湖は、魔力のある人が乗ると、固まる性質があるみたいだよ。湖上を歩けるんだ」
「面白いです! 沈まないか、ドキドキしますね」
シエルさんの笑みが、少し変わった気がした。夕焼けに照らされる湖のせいかな。
えっ!?
見上げた私の唇に、シエルさんの唇がスッと重なった。




