93、違和感
ウィルが向かっているのは、この街ジュエンがメイン舞台になっている『青に染まるキミの春』のすべてのストーリーに登場する公園みたい。
静かな公園で少し話そうと言いながら、ウィルが観光客だらけの場所を選ぶことに、私は疑問しかない。『青に染まるキミの春』で有名な公園に、『月の世界の王子様』の人気攻略対象が行くなんて、騒ぎにならないわけがないもの。
「ウィル、どうしたの?」
「その先の公園を目指してるよ。嫌だった?」
やはりおかしい。ウィルが、こんな話し方をするなんて。完全にウィル王子……。
これまでの関係を、全否定されているような気になる。ウィルは、私には不機嫌をぶつけていたのに。気を許してくれていると思ってたのに。
あっ……そうか。彼がウィル王子を演じているのは、自分の感情を消してるってことだ。私は、もうすぐ居なくなるから? 彼は、完全にウィル王子という人形になってる。ケイトさんが以前話していたような、感情のない人形に。
もしかすると、あれから何かあったのかな。コールドパンを案内してくれたときは、セルさんがいるから緊張してたみたいだけど、それでもこんな感じではなかった。
今のウィルは、私を拒絶してるの? 彼の心の扉が、固く閉ざされていると感じる。
公園に入っていくと、彼は、花壇の前の木のベンチに座った。すぐ近くには、別の攻略対象っぽい人がいる。ファンサービスをしていたのかな。
ウィルがベンチに座ると、驚いた顔をしていた。だよね。ナワバリがあるかは知らないけど、まさかのウィルだもんね。
「オモチも座りなよ。ここの花壇は、いつ見ても綺麗に手入れされているね」
私は、ウィルの隣に座る。すると彼は、ふわっとしたウィル王子スマイルを浮かべた。上っ面だけの笑顔ね。
「ウィル、今日の予定を強引に変えさせちゃった?」
「ん? そんなことないよ。昼は空いていたからね。オモチがミッションを終えるまでは、全面的に協力するから、安心して」
「この後の予定は?」
「一応、夕方からは、ルナシティのファン会館での公演がある。キャンセルしてもいいよ。でも、測定初日は、三人とも会う方がいいかな?」
何だろう? この違和感。ウィルの笑顔には、感情がない。ウィルのことを知らなければ、舞い上がるような対応かもしれない。だけど、私は、ウィルの涙を知っているから……。
「ウィルは、今日は何も聞かないんだね。私に踏み込んでこない。どうしたの? 何か、嫌なことがあった?」
「オモチは、何も心配しなくていいよ。測定アプリに従って、基準値を越えた人に告白すれば、ミッション完了だ。アース星に帰れる。良かったよ」
ウィルは、自分の言葉で喋ってない。ウィル王子を演じているだけだ。心の扉に鍵をかけて、分厚い壁を作ってる。
「もしかして、私が帰るから、急に距離を置きたくなったの? 私が知ってるウィルは、どこに行ったの?」
「そんなことないよ。俺は、オモチと話せて嬉しいと思っているよ。明日の夕方も少し会おうよ。明後日の夜に測定完了だよね。明後日は、オモチが好きな人と過ごせばいいからさ」
何だかウィルは、自分が選ばれることはないと思ってる? あっ、嫌なのかな。きっと私が告白する人は、今開発中のゲームに採用されてるんだよね?
「ウィルは、もう攻略対象をやりたくないから、私を遠ざけたいのかな?」
「は? 何の話?」
あれ? ウィルの表情が崩れた。ウィル王子じゃなくて、ウィルになってる。
「私のミッション30が変なのは、仮採用されたからだって。たぶん、私が告白する人は、開発中の20周年の大作に採用されるんじゃないかな? あっ、でも、ウィルはまだ、今の攻略対象の期間中だっけ」
「えっ? 何、それ。誰に聞いた?」
「ミッション画面に注意書きが出てきたよ。見る?」
そう尋ねると、ウィルは頷いた。なんだか焦った顔をしているように見える。私は、注意書きを表示して見せた。
長い説明を、ウィルは丁寧に読んでいる。途中で目を見開いていたから、知らなかったのかも。
「シエルさんは、これを読んだよな? 何と言っていた?」
ウィルは、いつものウィルに戻ってる。
「シエルさんじゃなくて、サリィさんが言ってたけど、恋と結婚は別物だって。まるでシエルさんが不利なような言い方だったけど、意味はわからない。そもそも、測定アプリが、私の何を測っているかもわからないし」
「俺も、測定アプリのことは、わからない。ただ、20周年の大作の話は、聞いたことがある。未開地にメイン舞台を作るらしいけど、かなり多くの攻略対象が必要になるらしいな」
「じゃあ、もし私がシエルさんに告白したら、彼はこの星にしばらく縛られることになるよね。だから、サリィさんは、シエルさんが選ばれないでほしいのかも」
「ちょ、待てよ。頭が混乱してきた。俺一人では無理だな。セルさんと相談してくれ」
ウィルは、頭を抱えてしまった。
「運営側は、もうすでに私の記録を持っているみたいだし、測定アプリが何に反応するかわからないから、いまさら相談しても無駄な気がするよ」
「確かに……。クソッ、あ、いや。はぁ……オモチと話していると、調子を乱されるな」
ウィルは、頭をぽりぽりと掻いている。ウィル王子らしくないよ。だけど、良かった。いつものウィルに戻って。
「ウィルは、そっちの方がいいよ。ウィル王子は、二次元だけでいい」
「チッ! ムカつくんだよ、オモチは。あっ、そろそろ交代の時間か。セルさんからチャットが来てるだろ?」
ウィルにそう言われて、チャットを開いた。来てる! セルさんからのチャットも初めて。
『オモチ、お茶でもするか?』




