81、ラグ塔での待ち合わせ
「そうか……。あっ、そろそろ行かないとな」
セルさんは芝生から立ち上がると、頭をフルフルと振っていた。気持ちを切り替えているのだと感じる。
私が立ち上がると、彼は私の腕を掴んで、看板通りに戻った。たぶん、また、人とぶつからない魔法を使っているのね。
私達は、近くの転移屋に行った。セルさんのファンが待ち構えているかと、ちょっと緊張する。だけど、他にお客さんは居なかった。
「ラグ塔の難民対策事務局前に頼む」
「えっと、クレームでしょうか? それなら、総合受付前の方が、効率が良いですが」
「いや、クレームではない。仕事だ」
「かしこまりました」
転移屋さんの魔導士は、怪訝な表情をしていたけど、セルさんが何かを見せると、あぁと小声で納得したような言葉を漏らした。よく聞こえなかったけど。
◇◇◇
「こちらは、ラグ塔、難民対策事務局前です。クレームでしたら、総合受付に先に行ってください」
転移先は、転移屋のような建物ではなかった。近代的なビルの中の店舗前のような感じ。巨大な塔の中だもんね。
でも、そんなにクレームが多いのか。難民対策ってことは、ウィル達のことを指すのかな。
「いや、ここで待ち合わせをしているだけだ」
セルさんは、周りを見回している。そして、案内役を見つけたのか、スタスタと歩いていく。私は置いていかれないように、慌ててついて行った。
知らない場所は、つい、キョロキョロしてしまうけど、今いる場所は、塔の2階みたい。床には、灰色のじゅうたんが敷かれているけど金属かな。壁も天井も金属に見える。
結構、歩いているけど、まだ端は見えない。案内役と待ち合わせている場所は、さっきの着地点ではないみたい。
大きな案内板が見えてきた。フロアの案内図かな。あれ? 案内板を見ている人って……。ええっ? どういうこと!? フード付きのパーカーを着た人がいる。
「待たせたか、悪い」
セルさんが声をかけると、彼は振り返った。そして、私の顔を見て、ホッとしたような笑みを浮かべた。
「いえ、早いくらいですよ。俺達が、案内役を務めます。彼女は、セルさんを探しに行ったようですが」
「すれ違ってしまったのかな。まぁ、ここで待てばいい。ここなら、変なファンも寄ってこないだろ」
「そうですね。ラグ塔では、ゲーム舞台の人には自由はありませんからね」
自由はない? あ、立ち入り禁止エリアがたくさんあるんだっけ。
「あーっ! もう来てる!」
後ろから悲鳴に近い声が聞こえた。振り返ると、突然、抱きつかれて驚いた。えっ? 泣いてる?
「ケイトさん、お久しぶりですね」
「うんうん、オモチさんが無事で良かったよぉ〜」
これは、娘さんの方かな?
「ご心配をおかけしました」
「うんうん、心配したぁ〜」
ケイトさんは、抱きついたまま離れない。そんなにも心配をかけてしまったのかな。
そっか、娘さんの感覚になっているなら、私は、パフェを一緒に食べたお姉さんだからか。きっと、心を許してくれていたのね。
「ケイト、ちゃんと挨拶しなさい」
ウィルに叱られて、ケイトさんは離れた。表情が引き締まっている。恋人の方のケイトさんに切り替わったかな。
「失礼いたしました。私は、ウィルのマネージャーをしているケイトと申します。セルさん、初めまして」
「あぁ、初めまして。気楽にしてくれ。急に無理をさせて悪かった。悪役令嬢のことだから、強引に予定を変えさせたのだろう?」
「シャルルさんには、いろいろとお世話になっていますし、オモチさんのミッションのことですから、当然、ご協力は惜しみません!」
ケイトさんは、途中で少し表情が変わった。私の名前を言うときは、娘さんの感覚が出てくるのかな。
「看板通りでしたか?」
ウィルは、セルさんには完璧な敬語なのね。
「あぁ、厄介だろ? だから、案内役を頼んだ」
看板通りが厄介なの? 私は二人の会話の意味がわからなかった。
「コールドパンの看板通りは、学習が必要な移民しか立ち入ることができない場所にあります。ビンゴで出ると、次のリセット待ちになりますよ」
「だよな。俺も行ったことはない。コールドパンの街は、入れるけどな」
移民と攻略対象とゲームの主人公だけだよね。あれ? ケイトさんは、この星で生まれたのに、大丈夫なのかな。
「そろそろ、時間ですね。行きましょうか」
ウィルは、先導するように歩き始めた。少し遅れて、セルさん、その後ろから、私とケイトさんが並んでついていく。
セルさんとウィルが同時に見えるなんて、不思議な光景だと思った。それに何だか、ウィルは、私を避けているように感じる。私には話しかけてこない。
◇◇◇
「こちら、近隣への転移魔法陣です」
「コールドパンの難民特区に行きたいのですが」
ウィルは、身分証のような物を提示している。
「同行者は、コールドパンの街への立ち入りは可能ですが、難民特区への立ち入り権限がありませんね」
「俺の娘とその友達です。彼は、娘の友達の保護者です」
ええっ? ま、まぁ、保護者とも言えるけど。
セルさんは、身分証を提示した。すると、魔導士は警戒したように見えた。
「ロッコロッコ星の魔導士が行くということは、何かの刑の執行でしょうか」
「いや、俺は付き添いだ。一応、知らない地域がないようにしたいという意図はある。そのうち、ロッコ族の世話をしないといけないからな。あぁ、口外するなよ? 彼らは何も知らない」
セルさんが、ロッコ族という言葉を出すと、魔導士は明らかに動揺している。
「わ、わかりました。難民特区へ繋ぎます。コールドパンの街には、転移屋がありませんよ?」
「知っている。この塔に隣接してるから、帰るときには、転移屋は要らないよ」
私達は、転移魔法の光に包まれた。




