79、ラグ塔のこと
何個かのおにぎりを食べ終えると、セルさんは、携帯機を見ていた。私がまだ食べているからかな。
緑茶を飲みたいけど、セルさんが出してくれた飲み物は、無糖の紅茶だった。慣れてくると、おにぎりに紅茶も悪くないと思えてきた。
セルさんは当然のように、あれこれと世話をしてくれる。彼から見て私は、まるでペットの子猫のような存在なのかな。そう考えると少し寂しい。
「オモチ、もう少し待てるか?」
「あ、はい」
「この後は、コールドパンに隣接するラグ塔に行く。悪役令嬢が、案内役に連絡をつけてくれたからな。コールドパンには、俺達だけでも行けるが、効率を考えれば、案内役がいる方がいい」
「待ち合わせの時間調整ですか」
「そういうことだ。先にラグ塔に行ってもいいが、まだ、さっきの奴らが転移屋にいるかもしれないからな」
セルさんは、本当に何から何まで、お世話してくれる。シャルルさんもだよね。シャルルさんは、彼女自身のミッションのためみたいだけど。
「ラグ塔って、初耳なんですけど、何という街にあるのですか?」
「ん? 街ではなく、巨大な塔があるだけだよ。他の星との出入り口になる塔だ。オモチも、この星に来たときには、ラグ塔に到着したはずだぜ」
えっ? 他の星との出入り口?
「暗い場所に着いた後は、船から降りるとアバターを身につけていて、よくわからない説明を受けましたが……」
「そこがラグ塔だ。多くの船が停泊している。また、オモチのような魔力のない星から来た人の身体を預かる場所でもある。主な役割は、人工星の門だけどな」
「そんな場所に行ってもいいんですか?」
私が素朴な疑問を口にすると、セルさんは首を傾げた。星の出入り口ってことは、警備は厳しいよね?
「すべての起点という方がわかりやすいか。塔への立ち入り制限はないよ。ただ、立ち入り禁止エリアは、たくさんある。また、この人工星のあらゆる場所へ繋がる転移魔法陣もあるんだよ。オモチも、その魔法陣を使って、始まりの宿に飛ばされたはずだぜ」
「案内人のキコリさんが使った魔法って、その魔法陣のチカラを利用したのですね。待ち合わせをする人は、案内人、あれ? 案内役?」
さっきセルさんは、待ち合わせは案内役って言ったっけ。案内人のことではないのかな。
「案内人ではないよ。奴らは運営側だからな。待ち合わせているのは、滞在者だ。案内役と言ったのが、紛らわしかったか」
セルさんは、また携帯機を見ていた。何もかも任せっきりで、何だか申し訳ない気持ちになる。
ふと、シエルさんが教えてくれたことを思い出した。未来から来たロッコ族の手伝いをさせるために、街で遊んでいるロッコロッコ星から来た人を、研究室に集めようとしてるんだっけ。
街にいるロッコロッコ星の人達は、この人工星の上書きが始まったことを知っていると、シエルさんは言っていた。でも以前、セルさんは、マンスリーミッションに失敗すると、1年間の研究室送りになると言ってたはず。
あっ、でも、あれから20日くらい経過したから、状況が変わったのかな。
シエルさんは、私には口止めをしなかった。私からセルさんやシャルルさんに話す可能性もあるのに。
「ん? オモチ、どうした?」
セルさんは、私の感情変化を敏感に察知してくれる。
「いえ、ちょっと聞いた話が気になっていて……」
「あぁ、そうだろうな。俺と一緒に行動する上では、やはり気になって当然だ」
ん? セルさんと行動するから何? 聞き返そうとしたけど、彼は何かを考えているように見えた。そして、私に視線を向けたときには、何かを覚悟していると感じた。
「俺が、18禁のゲームの攻略対象に選ばれた話は、オモチと初めて会った日にしたよな?」
「えっ? あ、はい。星に帰ろうとしたら、30日だけ街に行けと言われて、たまたまゲームに採用されたんでしたよね?」
突然、何? 人工星の上書きと関係あるの?
「あぁ、それで星に帰れなくなった。星に帰ろうとしたのは、その時に付き合っていた恋人に子供ができたためだ。人工星にいるより、ロッコロッコ星に戻る方が安心だと思った」
「えっ? アバターは……子供って、すぐに生まれるんですよね?」
「アース星の人ならそうなるな。俺の恋人は魔導士だったから、アバターでは子供はできない。俺達はアバターの着脱が可能だから、休みの日は、本来の姿で過ごしていたよ」
「開発の仕事をされていた頃の話ですね。休みがあるってことは」
「オモチは記憶力がいいな。あぁ、そうだ。恋人と街に移住したら、ゲームに採用されて、ロッコロッコ星に帰れなくなった」
セルさんは、遠い記憶を正確に思い出そうとしているみたい。彼が私に話そうとしてくれているのは、上書きの話ではなくて、もしかして……。
「黒魔導士セルシードの話は、俺と恋人の思い出から出来ている。ゲームでは、恋人はゲームの主人公として描かれるけどな」
「セルさんと恋人の……」
「あぁ、俺が殺した恋人だよ」
「えっと……どうして殺したんですか」
私は、反射的に尋ねてしまった。でもセルさんは、それを隠したいというより、話したいのだと感じる。
セルさんは、私を真っ直ぐに見た。
「今のオモチなら、わかるんじゃないか? 過激なファンは何をするかわからない。攻略対象は、つけ回されたり、関係を求められるくらいだが、攻略対象の恋人には、激しい嫉妬と敵意が向けられる。俺は、対応を間違えたんだよ」
「対応を間違えた?」
「あぁ、俺は、恋人に敵意が向けられることを避けようと考えた。彼女のお腹には俺の子がいたからな。だから……」
セルさんの目には、涙がにじんで……彼は、上を見上げた。まさか、ファンに殺された?




