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71、シエルさんは嘘つきだった

「シエルさんは、まだ……えっ?」


 突然、シエルさんの顔が近づいてきた。


「僕は、オモチのミッションがすべて完了したときに、返事を聞くことに決めたんだ。だから、今は聞かない」


 ちょ、ええっ? 近いよ! 近い近い近い! 少しでも動くと、唇が触れてしまう。


「シエルさん、近すぎませんか?」


「嫌? 素顔の僕とは初めてだから、困る?」


 ほんの少し、距離が開いた。シエルさんは、私を試しているのかな。


「えっと、ゲームの恋人になってしまいますよね?」


「うん、そうだね。僕がアバターを身につけてないから、オモチは魅了にかからないよね? この状態で試したかったんだよ」


 シエルさんは、私の目の奥を覗いているみたい。


「試すって、何を……んっ」


 唇が触れた。だけど、すぐに離れたから、3秒も経ってない。ゲームの恋人は、3秒のキスで成立するから、これでは24時間の恋人にはならないはず。



「今夜は、ここまでにしておくよ」


「えっ? 何……んっ?」


 シエルさんは、嘘つきだった。




 ◇◇◇



「あーあ、やっちゃったなぁ。まぁ、やめるつもりは、なかったんだけど〜」


 何度もキスを繰り返したシエルさんは、悪戯っ子のように微笑んだ。彼がアバターを身につけていたときには可愛いと思ったのに、今は、艶っぽく見えてしまう。街灯のせいだろうか。


「シエルさん、確信犯だったんですね」


「うん、まぁね。オモチの次のミッションは、ビンゴでしょ? ビンゴで一番失敗が多いのは時間切れだと、シャルルさんから聞いていたからね。これで、恋人は何回目かな? 時間の制約があるミッションで一番多いのが、5回恋人を作ろう、らしいよ」


「シエルさんは2回目ですね」


「そうだね。あとはウィルが1回と、ロッコロッコ星の魔導士が2回かな? ということは5回か。でも、オモチはデイリーミッションで、3回出ていたよね。5回で大丈夫かな?」


 セルさんのことを知ってる? あっ、シャルルさんから聞いたのかな。


「シエルさんは、私の次のミッションを失敗しないために……んっ」


 また、キスで口を塞がれた。もしかして、私のアバターが放つ魅了魔法に酔ってる? 顔を見ようとすると、キュッと抱きしめられた。まるで顔を見せたくないみたい。



「僕ね、オモチ以外とも、キスをしてみたんだ。オモチが療養中に、ゲームの恋人も作ってみた。だから、余計にわかったんだよ。僕は、オモチと結婚したいって」


「ええっ? シエルさん……」


「返事はまだ聞かない。オモチのミッションが完了して、オモチの気持ちが自由になるまで、聞かないよ。それに、無理強いはしない。オモチが他に好きな人がいたり、そんな気になれないなら、悔しいけど諦める覚悟はある。ウィルには負ける気はしないけどね」


 ウィルに、対抗心があるのかも。



「私以外の候補者は、たくさんいるんですよね?」


「まぁね。サリィさんがこの星で遊んでいる間は、僕も料理人の仕事があるから、出会いは多いけどね」


 さりげなくモテるアピール? じゃないよね。シエルさんは、事実を淡々と話しているだけだと思う。


「なぜ、私なんですか?」


「ん? そうだなぁ。やっぱり一番の理由は、趣味や食べ物の好みが合うからかな。イービー星のことを何も知らないことも、あるかもね」


 私がイービー星のことを知らないというより、彼を条件で見てないからだと言ってるのかな。彼は彼自身のことを知らないのに結婚したがる大勢の人に、嫌気がさしているみたいだもの。


 シエルさんと結婚すると、幸せになれるのかもしれない。とても良い人だし、趣味も合う。だけど……。




「オモチ、そろそろ宿屋に送って行くよ。明日の昼に、また投薬治療があるんだよね?」


「はい。あっ、ゲームの恋人は……」


「あと、もう一度くらい、ゲームの恋人ができるかな? 将来、バカなことをしてたなって、笑えるといいね」


 それって、アピール? だよね。返事が難しい。


「将来、ですか」


「ふっ、そのとき、一緒にいてもいなくても、僕は、ここでのことは、ずーっと覚えていると思うよ。特定の女性に固執するのは、初めての経験だからね。オモチの感覚とは違うかもしれないけど、それは種族差なんだよな」


 シエルさんなりに、好きを表現してくれてる。


「私も、ずっと覚えている気がします」


 私の返事がマズかったのか、シエルさんはまた遠い目をしている。種族差か。価値観というか、恋愛観や結婚観が違うけど、そのズレは埋まるものなのだろうか。




 ◇◆◇◆◇




 翌日の昼過ぎ、いつものように宿屋のチェックアウト後、地下室に行くと、薬師だけじゃなくて、白いローブを身につけた人もいた。


「オモチさん、今日で投薬治療は最後になります。こちらを飲んでもらいます」


 薬師から渡されたのは、片手では持てないほど大きなボトルだった。


「こんなに飲むんですか?」


「ええ、主人公特有の魅了魔法は消えてしまいますが、飲むこと自体は、身体に負担にはなりませんよ」


「魅了魔法が消えるんですか?」


「はい。あぁ、必要であれば、魅了魔法を使ってください」


 使ってください?


「もしかして、私は魔法が使えるようになるんですか?」


「はい、そうなります。下品な魅了魔法はない方が良いでしょう? それに、その方が再び襲われる可能性を減らせますので、運営も黙らせました」


 運営を黙らせた? 白いローブの人、強いな。


「わかりました。じゃあ飲みます」


「飲み飽きたら、お菓子もありますよ」


「あ、ありがとうございます」


 私は、とんでもなく大きなボトルの中身を、ストローで飲み始める。お腹がタプタプになっても、すぐに消えていくみたい。


 硬水っぽい飲みにくさがあるから、なかなか減らない。私は、お菓子を食べながら、何とか1時間以上かけて、飲み切った。


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