70、オモチが療養している間のこと
シエルさんに手を引かれる形で、宿屋のフロントの裏口から外へ出た。地下室へは、宿泊者以外でも、外から出入りできるのね。あ、病院なんだから当たり前か。
久しぶりの外は、少し違って見えた。すっかり夜だから、空気も少し冷たい。
「オモチ、久しぶりの外はどう? 僕も、自分の身体にまだ慣れなくて、変な感覚だけどね。少し歩こうか」
「はい。季節が進んだのか、少し空気が冷たいと感じます」
「あぁ、それは薬湯の効果だね。本当の気温がわかっている。アース星の人は、アバターに従順だと言われていたでしょ? 今のオモチは、アバターを従えている状態だよ」
ん? アバターを従えている? 意味がわからなくて、首を傾げる。あれ? すれ違う人達が、身体に何か膜のような光を纏っているように見えた。
「みんな、身体に何かを纏ってますか?」
「うん、纏ってるね。アバターだという証だよ。昼間は見えにくいけど、この時間なら、よく見える。僕には、それがないでしょ? アバターを身につけてない人と原始人は、何も纏ってないんだよ」
「原始人?」
「アバターから生まれた人、という方が正確かな。開発が量産しようとしている子供だよ。その子供は、自我が芽生える前なら、血縁者の魂が入ることがあるんだけどね」
あっ! ケイトさんのことだ。
「娘の身体に、母親の魂が同居することができるんですよね」
「そうみたいだね。子供が2〜3歳くらいまでなら、可能らしいよ。親の魂は、そのうち、子供の魂と融合して消えてしまうらしいから、幼くして親を失った子供への救済措置なんだろうね。出来なかった子育てをさせる意味もあるのかな」
「消えてしまった親の魂は、どうなるのですか」
「たぶん、子供の記憶の一部として一体化するんじゃないかな。誰か、知り合いでそういう人がいるの?」
本当に消えてしまうのね。いえ、融合だっけ。
「はい。ウィルのスタッフで、一緒にパフェを食べた人が、娘さんの身体に転生、いえ同居しているようです」
「そっか。ウィルの子供かな? 一部の攻略対象には、過激なファンもいるからね。オモチのことを、ウィルの恋人だと報じていた情報を読んだよ。ちょっと見過ごせない状態になってるね」
シエルさんは、どんな情報を読んだのかは教えてくれない。かなり過激なグループチャットもありそうだもんね。
「私が宿屋から動かなかったから、もう噂も消えたんじゃないですか?」
「いや、それはないな。気になるの?」
「一応、自分の状況を知っておきたいと思うのですが……」
私がそう答えると、シエルさんは少し考えているみたい。看板通りに入ると、その裏にある芝生に、私を連れて行った。セルさん以外の人と来るのは初めてだ。
「オモチ、ここには防音結界があるんだ。薄暗いけど、芝生だから冷たくないよ」
シエルさんは、芝生に座った。そっか、立っていると音を拾われることがあるんだっけ。私も、シエルさんの横に座る。
街灯の真下だから、結構明るい。シエルさんは、明るい場所を選んだみたい。あっ、暗い場所は、もうたくさんの人がいるからかな。
「オルフルさんが、オモチの状態の問い合わせを毎日受けていると言っていたよ」
「私の状態ですか? 誰が……」
「ルナシティの王城にいるバトラーという人からだ。ウィルが一番信頼している人じゃないかな」
「えっ? バトラーさん? なぜ、知られているのですか。私の怪我は、宿屋での事件だったし、携帯機の記録に残らない深夜でしたが」
「ウィルは、オモチのミッションを完了させようとしているみたいだからかな。アース星に帰らせてやりたいんだと聞いた」
聞いた?
「もしかして、シエルさんは、直接ウィルと会ったんですか?」
「うん、会ったよ。彼は、宿屋ノームにも何度か行ったみたいだね。僕でさえ、オモチには会えなかったから、彼も会わせてもらえなかったと思うけどね」
ウィルが、わざわざ来てくれたの!? 私は一瞬だけ嬉しいと思ったけど、すぐに心配の方が大きくなってきた。忙しい彼は無理をしていたはずだもの。
「どこで会ったんですか?」
「ファン会館に来たよ。大きなファン会館で公演をした後、わざわざオルフルさんを訪ねてきた。そのときに、少し話をしたんだ。ウィル自身は気づいてないようだけど、オモチのことが好きみたいだね」
「それは無いですよ。私と話すとムカつくって言ってましたし」
「だから、彼自身は気づいてないんだよ。僕が調べた範囲では、ウィルは、5年ほど前に恋人をファンに殺されてからは、素顔をファンには見せなくなったみたいだ。常に、ウィル王子を演じている。その後も何人か恋人ができたようだけど、皆、謎の死を遂げている。たぶん過激なファンに、殺されたんだよ」
シエルさんは、ウィルのことを調べたんだ。
「彼の娘さんは、彼のことを感情のない人形だと言っていました」
私がそう返すと、シエルさんは、軽く頷いた。
「オモチは、そこまで知っていたんだね。ウィルは、自分のことをファンに話したりしないよ。それに、これまで全く感情が動かなかった彼が、オモチと話しているとムカつくって言ったんだよね? 心を許しているということだ」
シエルさんは、少し遠い目をしている。だけど、なぜ、私にそんなことを教えるの?
「私は、ウィルとは、恋人のフリをしただけですよ」
「そうだね。ただ、彼にとって、オモチの存在は大きいみたいだな。オモチが刺されたことを知った日は、公演を休んでいる。動けなくなったらしいよ」
「シエルさんは、なぜそんなことを教えてくれるんですか?」
私に求婚したのに、もうやめたの?
「僕は、ウィルには負けるとは思ってないからだよ。それに、隠し事はしたくないからね」




